第5話 「猫カフェで恋しちゃおうねこんかつ☆」

ねこんかつ会場「キャット×キャット」は、お洒落な猫カフェだった。


今回の婚活パーティのキャッチコピーは


「猫カフェで恋しちゃおうねこんかつ☆」


どこに句読点を付ければいいのかまったくわからない。


恐る恐るその猫カフェの透明な扉を開けると、赤いルージュの印象的な女性が、私に軽くお辞儀をしながら声を掛けた。


「お名前、お伺いしてもよろしいですか?」


「幸田ミチルです。」


受付の女性は名簿をチェックするとにっこりと笑い、番号の書かれたバッチを手渡してきた。


「はい。承っております。どうぞ、中へ。そのバッチは胸にお付け下さいね。」


私のバッチの番号は7番だった。ラッキーセブンで、ちょっと嬉しい。


受付カウンターの横には、マグカップやポストカードなどの可愛い猫グッズが置いてある。


どれもリーズナブルな値段で、帰りに買って帰ろう、と思った。


部屋の中には、もう数人の男女が、気ままに動き歩く猫達に熱い視線を送っていた。


真紀からの情報によると、男性が25歳から35歳まで、女性が20歳から30歳まで、そして猫及び動物好きな人、というのが今回のねこんかつの参加条件だという。


店内は白い壁に猫達が飛び乗る棚板やキャットタワーが設置され、本棚には猫の写真集が飾られている。


猫達はざっと見たところ十数匹といったところだろうか。


黒猫、白猫、三毛猫、マリモと同じミックスなど、多種多様な猫達がソファの下や椅子の上など所かまわず闊歩していて、思わず目が吸い寄せられる。


「可愛い・・・♡」


思わずそんな言葉が飛び出てしまい、あわてて口を手の平で塞いだ。


猫カフェは初めてではないけれど、これだけ多くの猫を愛でる機会はそうそうないので、やっぱりテンションが上がってしまう。


私が肩をすくめながらひっそりとソファに座ると、隣に座っていたショートカットでふくよかな女性がひそひそ声で話しかけてきた。


「・・・もしかして緊張してます?」


「あ、はい。少し。」


私はそう言って愛想笑いをしてみせた。


「婚活パーティ、初めて?」


「はい。恥ずかしながら。」


「私はもう10回目かな。男性が年収800万以上限定とか医者や弁護士限定婚活パーティとかBBQ婚活とか女性ぽっちゃり限定婚活とか、もう色々参加したわ。でも中々いい人に出会えなくて。」


「そういうものですか。」


たしかにこういったご縁は頑張ったからといって、すぐに実を結ぶわけではないのかもしれない。


「私、甘城貴美子。よろしくね。」


「私は・・・幸田ミチルです。よろしくお願いします。」


偽名を使うのは心苦しいけれど、今日ばかりは仕方がない。


しばらくすると人が集まりだし、全ての椅子が埋まった。


「あ、そろそろ始まるみたい。」


ソファに女性10人、テーブルの向かいの椅子に座る男性10人。


これが本日の参加者全員みたいだ。


男性陣を見渡してみると、猫好きという先入観があるからか、どの人もどことなく優し気に見える。


仕切り役のスタッフが、おもむろに声を張り上げた。


「えー皆さま!お時間が来ましたので、『猫カフェで恋しちゃおうねこんかつ☆』を始めたいと思います!ワタクシ司会の山岸と申します。よろしくお願いします。」


参加者がカジュアルな服装ばかりの中、一人グレーのスーツを着た山岸さんが、にこやかに参加者の顔を見渡した。


「では順番に軽く自己紹介して頂きましょうか。一番右端の方からどうぞ!」


私の前に座っている銀縁眼鏡の男性が立ち上がり、名前と年齢、趣味、そして愛猫の紹介などを話して再び椅子に腰かけた。


他の参加者からの拍手が鳴り響く。


一人また一人男性が立ち上がり、自己紹介を述べていく。


趣味が読書や映画鑑賞といった、インドア派の男性が多く、ほとんどの人が猫を飼っている。


一番左の人は遠くて顔がよく見えないけれど、白いTシャツに少し丈の短いゆったりしたボトムス、そして黒いカーディガンを羽織っただけなのに、スタイルの良さが他の男性に比べて際立っていた。


そして男性陣のラストに一番左の男性が立ち上がり、こちらを向いた。


「っ!!」


その顔を確認した私は、驚きのあまり目を見開いた。


「和木坂要といいます。年齢は32歳。趣味は旅行とフットサル。ケンケンというエキゾチックショートヘアを飼っています。よろしくお願いします。」


低く響くボイス、職場での厳しい顔つきは隠れ、優しいまなざしで猫達を眺めながら挨拶をする和木坂課長の姿がそこにはあった。


和木坂課長は軽くお辞儀をすると、再びゆっくりと椅子に座った。


え・・・・・・?


は・・・・・・?


ど、ど、どうして、こんな所に和木坂課長が?!


和木坂課長ってゲイじゃなかったの?


和木坂課長が婚活?


ていうか私、何でこんな格好で来ちゃったんだろう!


私の、バカバカバカ!!


私のこと臼井ちさってバレてる?


いや、逆にバレた方がいいの?


それでこれを機にお近づきになっちゃう?


あーー!!頭がパニックでどうしたらいいかわからない!!


そうこうしているうちに隣に座っていた甘城さんが、さっきより高い声で自己紹介を始めた。


「甘城貴美子です。29歳のアラサーです。趣味はスイーツ巡りと編み物です。家では黒猫のみこりんを飼っています。どうぞよろしくお願いします!」


甘城さんは自己紹介を終え、ストンと座ると、身動きせずに呆然としている私の肩を揺すった。


「幸田さん!アナタの番よ!」


「あ、はい・・・。」


私は慌てて椅子から立ち上がり、直立不動になった。


「え・・・と、幸田ミチルです。25歳です。趣味はレトロ雑貨収集とカメラです。家ではマリモというミックスを飼ってます。よろしくお願いします。」


私は早口でそうまくし立てお辞儀をすると、すぐさま席に座り、チラリと和木坂課長の方を見た。


すると和木坂課長も私の方を見ていて、一瞬目が合った。


バ・・・バレた?


しかし和木坂課長はすぐに目を逸らし、目の前に座る女性と談笑をし始めた。


他の女性と仲良さげに話す姿をつぶさに見て、胸がチクリと痛む。


でも今日私は、このねこんかつで、誰ともマッチングなんて出来ないのだ。


もちろん和木坂課長とも。


だって私はこの場限定の「幸田ミチル」なのだから。


なんで今日に限って、こんな偶然が起こるの?


そんなことって、ある?


「ね。一番最後に挨拶した男性、めっちゃ格好良くない?私狙っちゃおうかな?」


「い、い、いいんじゃないですか?」


いや、全然良くなーーい!


「それではフリータイムでーす。お好きに移動してくださいね。猫ちゃんと戯れながら、気になるお相手とおしゃべりを楽しんで下さい。もちろん猫ちゃんの写真撮影もOKですよ!」


その合図とともに参加者達は椅子から立ち上がり、猫を触りに行ったり、意中のお相手の近くへポジションを取りに動き始めた。


またもや和木坂課長をチラ見すると、早速女性陣に取り囲まれている。


その輪の中にうっとりと和木坂課長をみつめる甘城さんの姿も混じっていた。



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