第4話 「別人になってしまおう!」

日曜日の朝。


布団で惰眠を貪っていると、スマホから「ダースベーダーのテーマ」の着信音が流れた。


久々に真紀からの電話だ。


私は寝ぼけまなこで、のそのそと布団から手を伸ばしてスマホを掴み、横になったままそれを顔の前に掲げた。


「もしもし。」


「あーもしもし?ちさ?元気ィ?」


友人である泉真紀の能天気な声が聞こえてきた。


真紀からの電話は100%頼み事がある時だ。


真紀とは小学生時代からの腐れ縁で、お互いの黒歴史を知り尽くしている仲だ。


真紀の元彼はバーテンダー、売れないバンドマン、小劇場の舞台俳優、と付き合ってはいけない3Bと言われる人種全てを網羅している。


地元ではそこそこ有名な食品メーカーの社長の娘であるお金持ちの真紀は、男に貢いで飽きたら次に乗り換える、ということを繰り返している。


私と同様に男運があるとは言えないけれど、私が男性から別れを告げられるのに対して、真紀はいつも自分から男性をフッている。


結果は同じだけれど、フるのとフラれるのでは、ダメージが全然違うだろう。


真紀は小中学校では私と同じグループだったのに、高校デビューをして一気に陽キャになった。


そしてルックスも私とは対照的な派手顔の、コケティッシュな美人に成長した。


「ご用件はなんでしょうか?」


「おっ。話が早いわね。ていうか、久々の友からの電話に、それはなくない?もうちょっとフレンドリーに話せないわけ?」


「何の用?私、まだ眠いんだけど。」


「はいはい。じゃあ本題に入るけど、アンタ、彼氏出来た?まだフリーだよね?」


「知ってるでしょ?もう3年ほどフリーです。」


「じゃあさ、私の代わりに婚活パーティに参加してみない?」


「は?婚活パーティ?」


「うん。知り合いが婚活パーティを主催する会社に勤めているんだけど、来週の日曜日に行う予定の婚活パーティの人数が足りないらしくって、参加出来そうな人いないかなって頼まれちゃったんだよね。どう?興味ない?」


「・・・・・・ない。昨夜、私は一生独身でいようと決意したばかりだから。」


そう誓って昨夜は、発泡酒と白ワインをしこたま飲んだから、今朝は二日酔いで頭が痛い。


「なに、イケメン課長にフラれたの?」


「うるさいなあ。ほっといてよ。」


これ以上、私の心の傷口を広げないで欲しい。


「ちさにピッタリな婚活パーティなんだけどなあ。」


「ピッタリ?」


「なんと!猫好き限定のねこんかつパーティ!」


「ねこんかつ?」


「そう。猫好きな男女が猫カフェで婚活するわけ。そこにいる猫達の写真を撮り合ったり、お互いが飼っている猫の話をしたり、楽しいらしいよ?ちさ、猫好きでしょ?」


なるほど。猫と婚活を合わせてねこんかつ、か。


「うーん。猫は好きだけど・・・。」


正直、気が乗らない。


猫を介在するとはいえ、男を物色するパーティなんて、今はまだ行く元気がない。


どうせ私なんて、ロクな男と出会えるわけがないんだから。


「今回はパスさせてください。」


「そんなこと言わずにさ!彼も困っているんだよね。」


「彼?」


「うん。合コンで知り合ったんだけど、いまその彼とイイ感じなの。ここでポイント稼いでおきたいじゃん。」


はーん。今真紀が狙っているのは、婚活会社勤務のその彼ってことか。


だから自分は参加出来ないわけね。


「それにね。そのねこんかつの参加者全員に、キャットフードがたんまりお土産に貰えるらしいよ?」


んん?キャットフードのお土産・・・だと?


「それってちゃ〇チュール?」


「いや、そこまでは知らないけど。」


「・・・・・・。」


「別に婚活目当てじゃなくても、猫好きな人達と猫の話を楽しくする、っていうスタンスで行けばいいんじゃない?それでお土産も貰えるなんてさ。ちなみに参加料金は無料でいいって。」


「でもそれって真剣に婚活しに来ている人に失礼なのでは?」


「軽い気持ちで参加している人だってけっこう多いと思うよ?どうせ休みの日も家でゴロゴロしているだけなんでしょ?気晴らしに参加してみなよ。」


結局真紀の巧みな話術に乗せられて、サクラでいいのならと、ねこんかつに参加することになってしまった。


男性とマッチングする気はさらさらないので、偽名で参加することを真紀に約束させた。


どんな偽名にしようと考えあぐね、思いついた名前は


「幸田ミチル」


幸せが満ち溢れている、という意味を込めた。


ちょっと安直かもしれないけれど、けっこういい名前だと思う。


慌ただしく一週間が過ぎ、とうとうねこんかつの日がやってきた。


真紀からラインで送られて来た詳細にはこう書いてある。


開催地は恵比寿にある猫カフェ「キャット×キャット」


集合時間は午前11時。


それにしても、髪型、メイク、服に靴・・・ああ、考えるのが面倒くさい。


鏡に映る、青白い顔に黒く長い髪の幸薄そうな女・・・これが私。


・・・そうだ。どうせ偽名なのだから、姿形も別人になってしまおう。


ウスイサチを捨て、生まれ変わるのだ。


そう思いついた私は、別人になるべく、化粧品を鏡の前にずらりと並べた。


まず青白い顔をカバーすべく、血色が良く見えるピンク系の下地クリームを塗り、そのあと明るい色のファンデーションを上塗りする。


うん。血色が良くなった。ちょっと厚塗りだけど。


ブラウンの眉マスカラで、太眉メイクを施す。


うーん。ちょっと眉毛太過ぎ?


淡いピンク色のアイシャドウを瞼の上に乗せ、目のきわに思い切りアイラインをひき、いつもより目をパッチリと見せるようにする。


そしてベージュピンクのチークを頬にポンポンと乗せる。


ん?チーク濃すぎる?


いつもは薄く塗るだけのリップクリームも、濃いピンク色のつやリップをしっかりと塗り、唇をプルプルにする。


「ここをこうして・・・ここをもっとぬりぬりして・・・・・・出来た!」


これでだいぶ「ウスイサチ」からは遠のいた。


このフェイスにいつもの度の強い眼鏡をかけ、長い髪を2本に結わく。


下北沢の古着屋で購入した、グレーのゆったりとしたAラインワンピースに丸いカゴのバックを持てば、なんちゃって森ガールの完成だ。


ベレー帽をかぶって一眼レフのお洒落カメラを首からぶら下げれば、こだわりの強いサブカル女子にも見えるかもしれない。


「ウスイサチ」から「幸田ミチル」へ変身した自分を再び鏡でみつめる。


・・・ん?この人誰?


と自分でもツッコミを入れたくなるくらい、変身前のウスイサチは跡形もなく消えていた。


このメイク術なら、ざわちんにも負けないだろう。


ちょっと化粧が濃すぎるかもだけど・・・まあ、いいか。


別人になるのなら、これくらい思い切ったメイクをしなくちゃね。


どうせ男性とマッチングする気なんてさらさらないし。


スマホで時間を確認すると、もう10時を回っている。


いくらサクラだとしても遅刻はルール違反だよね。


私は火の元の点検をし、部屋の鍵を持つと、急いで玄関の扉を開けた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る