第11話樹の仕事と陽葵ちゃんのお父さん

俺は陽葵ちゃんを抱きしめてムードが上がって来て。キ、キスしちゃうのかな? とドキドキしていると突然!


『ぴぴっ、ぴぴっ、ぴぴっ!!』


突然、俺のスマホからアラームが鳴った。いけね、時間だ!


「ちょっと、ごめん。陽葵ちゃん。仕事なんだ」


「仕事?」


「ああ、すぐに済むから!」


俺は焦った。俺の今の仕事……それは……小説家。


俺は国語で100点取った時から、心の中から両親を消した。


代わりに小説を読むようになった。そして、いつしか自分でも書くようになった。


小説投稿サイト『なんでだろう』で、


高校生になって、アルバイト三昧だった。お金もなく、将来の為のお金を貯めるのに、切り詰めた生活をしていた。


でも、そんなお金に余裕のない俺にとって、小説を書くのが唯一の娯楽だった。


楽しく毎日寝る間も惜しんで書いた作品群、もちろん、最初から読まれた訳じゃない。


少しずつ成長して、そして遂に、一通のメールがサイト内に来た。PCのメールにも。


俺のweb小説は高校1年生の終わりに書籍になった。そして、もちろんコミカライズも。


俺の今のアルバイトは小説家なんだ。


最新話の投稿を終えると、陽葵ちゃんが信じられないものを見るような顔で俺を見た。


「う、嘘……先輩が神作者の『しいくがかり』様やったなんて!」


えっ? 俺、そんな有名? それとも、偶然にも俺のファン?


陽葵ちゃんに俺の正体がバレてしまったけど、いいや、別にそれ程隠す必要もない。


でも、小説のことはあまり話せない。契約内容とか、書籍化情報とか、アニメ化情報なんか、出版社から硬く口止めされている。


あわあわする陽葵ちゃんにこのことは口止めする。


しかし、俺は以前から気になっていたことを陽葵ちゃんに聞いた。


「ねえ、陽葵ちゃんのお父さんは本当に陽葵ちゃんのこと興味ないんだろうか?」


「なかばい。お姉さん達と違うて成績悪かし、何も話しかけてくれん……1月に一度だけ食事に連れて行ってくるーけど、義務感みたいで……何も会話も盛り上がらんし」


1か月に一度食事に? え? ほんとに興味なたら、そんなことしない筈だ。


陽葵ちゃんは実のお母さんを子供の頃亡くしている。


お父さんとお姉さんだけが本当の家族。


だから、お母さんの愛情を知らず、お父さんは多忙で陽葵ちゃんに興味がない。


でも、お父さんは本当の陽葵ちゃんに興味がないの?


俺は試してみようと思った。


「ねえ、お父さんに好きって言ったことある?」


「……なか。お母さんが亡くなってからお父さんは仕事ばっかりに夢中で、そげんタイミングが無うて」


「陽葵ちゃん今の気持ちなんて、口に出さないとわからないものだよ。陽葵ちゃんは俺のこと好きだって言ってくれたけど、お父さんに言ったことあるかな?」


「……言うたことはないですけど、お父さんに好きって言われたこともなか。やけん」


「……陽葵ちゃん。一度はっきり言った方がいいよ。お父さんのこと好きなんだろう?」


陽葵ちゃんは下を向いて目に涙がたまる。


「えも、もし、好きって言っても無視されたら? 陽葵そげなこと嫌です!」

「でも、お父さんだって、口に出して言わないとわからないし、聞かないと、お父さんの気持ちなんてわからないだろう?」


「―――――!!!!」


投稿の時間は夜の19:14だ。


いくらなんでも、こんな時間まで女の子が外にいていい筈がない。


でも俺は陽葵ちゃんに言った。


「今すぐお父さんに電話かけて。遅いから迎えに来てって言ってみて、それとお父さんのこと大好きって」


「そ、そんなぁ! お父さんは大きな会社ん社長で……陽葵ん為にそんな……」


「お父さんが何を最優先するかはお父さん次第だ。一度でもそんな我儘言ったことある?」


「な、無か。そげなこと悪くて……」


「電話して、今すぐ」


陽葵ちゃんは俺の言葉にうなずくと、震える手でお父さんに電話した。


何度かコールした、もう5コール位は、そして6コールめで。


「えっ……?」


陽葵ちゃんは思わずそう呟いてしまった。


それほど信じられなかったのだろう。


『もしもし。どうしたんだ? 陽葵?』


お父さんの声が聞こえてきた。


「お、お父さん、ごめんさい。突然電話なんてして、迷惑だよね?」


『何を言ってるんだ。娘からの電話を迷惑だなんて思う親が何処にいる?』


「えっ!?」


すれ違った想い。多分、陽葵ちゃんとお父さんはすれ違っただけだ。


『それで、どうしたんだ?』


「あっ、その……」


陽葵ちゃんはまごまごと言い淀んだ。目線が狼狽えていて、俺と目が合う。


俺はコクリと頷いた。


「う、うち、お父さんのことが大好き! お父さんは陽葵んことどう思うとーと?」


『陽葵! お前、今、私のことを好きだと! わ、私はてっきり陽葵に嫌われているとばかり。そうだ、陽葵のことはな。私は陽葵のことが大好きだ。愛している、親として当然だ』


「お、お父さん!」


陽葵ちゃんの目から涙が溢れる。


「陽葵んこと、愛しとってくれたと?」


『父親が娘を愛するのは、当たり前だろ?』


「――っ!」


「お、お父さん!」


『ん? ど、どうしたんだ陽葵? なぜ泣いているんだ?』


「えっ、あ、ごめんさい……」


『どうしたんだ? 何か面倒ごとにでも巻き込まれたか? 大丈夫だ、私に任せろ。今すぐそちらへ行くからな!』


「えっ?」


『おい、君、今夜の四菱重工の会長との会食は君に任せる。はぁ? 重大なプロジェクト? どうでもいい、お前に任せる、失敗しても責任は問わん』


「ちょ、お、お父さん! 待って! 私は大丈夫やけん!」


『本当か? 何か困ったことがあったんじゃ?』


「ううん。ただ、お父さんに好きって言いたかっただけ」


『……そうか、ありがとう。私もお前にもっと愛情を注げたら……でもどうやったらいいかわからなくてな。お前から好きって言ってくれて、涙が出そうになったぞ』


「お父さん、ごめんさい。陽葵、ずっとお父さんに嫌われとーて思うとった」


『私の方こそすまない、駄目な父親だ。娘に愛情を感じてもらえないなんて』


「今日はごめんさい。嬉しかったけど、いきなり電話なんてして……」


『いや、大丈夫だ、まあ、秘書の目が自動販売機と喧嘩しているヤツみたいに変わったようだが、陽葵に好きって言ってもらえたんだ。また、電話して欲しい。それに、直接言ってくれるともっと嬉しいぞ』


「お父さんも陽葵のこと愛しとーって言ってね」


『これは一本取られたな。ああ、もちろんだ。愛している』


「じゃあ、お父さん、忙しかて思うけん、これで」


『ああ、また気が向いたら電話もしてくれよ』


「うん」


こうして、陽葵ちゃんとお父さんのわだかまりは解けた。

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