第11話 侯爵邸へ

 翌朝。私が目を開けると、目の前には見たことがない色の天井が広がっていた。

 ……いや、違う。今現在、私イェニーは住み慣れた孤児院を出て、私の双子の姉だというシェリーと共に私の父母だという人物のもとに行くところだった。


 そして、現在私がいるのは、高級宿の一室だ。もちろん、まだふかふかのベッドの中である。


 普段ならもう少し早く目を覚ましていたと思う。しかし、旅の疲れからなのか、今日はもう日が昇り始めている時間だった。これが孤児院なら、今からでも散歩に行くところだが、あいにく行くあてもない。


 それ以前に、今日はベスから部屋を勝手に出ないことをお願いされていたので、彼女が来るまではゆっくりだ。

 ちなみに呼び鈴は廊下側の壁にある紐を引いて鳴らす仕組みらしい。とはいえ、わざわざ呼ぶほどのこともない。


 そうして外の景色を眺めている内に、戸が叩かれた。そのままベスに入ってもらうと、その腕には着替えと思しきものが抱えられていた。


「イェニー様、おはようございます。もう起きていらっしゃったのですね」

「あ、おはようございます、ベス」

「お召し物をお持ちしました。早速ですがお着替えいたしましょう」


 そう言うと、ベスはあっという間に私を着替えさせていく。着替えが終わるとそのまま髪を梳いてくれた。

 これで三度目だな、などと考えていると、朝食を一階の食堂で食べるか否かを問われた。昨日ほど疲れていなかった私の答えは「はい」だ。


 今日の服は落ち着いた青のワンピース型の衣装だった。前身頃はボタンで留められており、一見シンプルな見た目をしている。

 しかし、襟周りは花をモチーフにした白いレースで飾られていて、黒いリボンが首元の中央についていた。

 さらに、スカートの裾周りにはフリルの上から紺色のリボンが所々につけられており、一見シンプルに見えるが、よくよく見れば可愛いデザインだ。


 昨日のよりも今日の方が個人的には好みだ。

 しかし、やはりというか、ベスの話を聞く限りこれはお忍びの服装らしい。ちなみに、昨日の服装は旅装としては少し豪華めなのだとか。


 理由を聞けば、シェリーの望みだったようだ。それはさておき。


「おはよう、イェニー。昨日はぐっすり眠れた?」

「うん、おはよう」


 着替えを終えた私は、シェリーと共に食堂に向かっていた。

 右側を歩くシェリーは、今日も私の服と色違いのものを着ている。私の着ているものが落ち着いた青なら、彼女のドレスは落ち着いた緑といったところだろうか。

 普通なら、年配の方が着ていそうな色だ。にもかかわらず、決して衰えているようには見えず、かえって品のよさがにじみ出ていた。さすがお貴族様というだけはある。


 シェリーは馬車の中といい、事あるごとに不足や心配事がないかを尋ねてくる。

 しかし正直なところ、現在の心配事といえば父母が受け入れてくれるかという点と孤児院のみんなの今後についての二点であった。


「お父様もお母様もイェニーのことを待っているのだから、大丈夫よ。それに、孤児院のことについては、一応領内は全部補助金を配っているのだけれど……そういった意味ではなかったわよね。お父様に要相談といったところかしら?」


 そうして色々と話しているうちに私たちは食堂、もとい特別室の前についた。ベスがドアを開けて先に中に入る。

 すると、中から私たちの到着を告げる大きな声が聞こえた。


 目の前の扉が開かれる。中には正面に白い服に背の高い白い帽子をかぶった大柄の男性がいた。

 その左右にはそれぞれ、入口のカウンターにいた人と同じ服装の男性が一人ずついて、三人は揃って綺麗なお辞儀をした。


 貴族が利用するほどの宿というだけはあり、客室同様、部屋の隅から隅まで綺麗に整えられていた。

 壁は腰のあたりまでは黒みがかった木で作られており、そこから上は白い漆喰しっくい塗りになっている。


 部屋中央のテーブルには、白い布がかけられている。

 ちょうどそのテーブルの上、天井からはいかにもお貴族様の館にありそうな照明が吊るされており、多くの蝋燭ろうそくが燃えていた。

 後でシェリーに教えてもらったところ、シャンデリアと呼ぶそうだ。それはさておき。


 私たちは大柄な男性に勧められるまま、テーブルの席に隣り合うように着いた。

 すると待ってましたとばかりに、料理が到着する。


 昨日に引き続き、今日のメニューも豪華だ。新鮮な葉物野菜のサラダには、鶏肉を蒸したものが載せられており、その上からはやはりというかソースがかけられていた。

 スープは豆にイモにニンジンに、といったように具材が豊富で。そして、パンは夕食と同じ白パン。デザートは今日もヨーグルトだ。


「どうかしら?」

「どうって……」

「ここの料理の味はどう?」

「おいしいで──」

「?」

「……おいしいと思う」

「当然よ。このような食事を提供してくれる宿はほとんどないもの」

「そうなんだ」


 食事中に、今日の旅程を告げられた。話を聞く限り、不測の事態が起こらなければ、今日の夕方には目的地、つまりリチェット侯爵領の領都に到着するらしい。


 昨日から領地を越えたという話は聞かないから、あの村は領内にあるのだろうけれど……ではそこまで遠くないのかといえば。これは馬車を使っているからそう感じるだけで、隣村に比べればずっと遠いのだろう。

 シェリーいわく、王様の住む都にもタウンハウスと呼ばれる家があるらしく、そっちはこれから向かう本邸から馬車で一週間かかるのだとか。


 食事を終えると、すでに馬車の準備はできていたらしく、速やかに出発のすることになった。


 昨日はほとんど森の中だったが、今日は雄大な山々に挟まれた、開けた渓谷を川沿いに進んでいく。山の頂上付近には、まだ少し冬の雪が解け残っているようだ。

 時々遠くに見える麦畑があの村を思い起こさせる。まだ昨日のことだというのにちょっと恋しい。


 一度の昼休憩。それが終われば、再びすぐに、馬車は私たちを乗せて動き出す。そして日が沈むよりも少し前の時間帯、わたくしたちはリチェット侯爵領の領都にたどり着いたのであった。

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