第37話 死ぬ覚悟

「…………………………え?」


 何が起こったのかわからなかった。

 見えない何かが耳元を掠めて、急に左腕の感覚がなくなったかと思いきや……すぐ傍でポトリと何かが落ちたのだ。


 床に視線を落とすと……目に入ったのは見慣れた左腕。


「えっ……えぁっ、あぁっ……!?」


 シアはようやく気がつく。自分の左腕がないことに。


 切断面から真っ赤な血が溢れ出てきて、ようやく痛みがシアの身を襲った。


「あ――あああぁぁっ!? あああぁぁあぁぁあああっ!!」


 彼女の悲鳴が洞窟内に響き渡る。


「――思ったより、遅かったね」

「――!?」


 そんな中、後ろから姿を現したのは……色黒の少年。


「き、君は……!」

「デカルト……」


 そう……今回の依頼をお願いしたはずの少年、デカルトである。


「な、なんで君がここに……!?」

「あれ、まだ分かんないのかな?リザードキングを倒したのは

「なっ……!?」

「う、嘘……!」


 信じられなかった。

 どこからどう見ても、非力な普通の少年。リザードキングを単体で倒せるはずがない。


 倒せる方法があるとしたら――ただ一つ。


「……何が目的だ?」

「最初から言ってるでしょ、敵討ちだって。リザードキングと――君たち三人のね」


 デカルトは氷のように冷たい目線でスカイたちを指さす。


「敵討ち……? 俺たちがなにをしたと――」

「ヘビウム山岳」

「――っ」


 デカルトとポツリと放った地名を聞いた瞬間……スカイの肩がビクリと震える。


「リザードキングにお父さんが殺された時……?」

「……え?」


 ショウが思わず声をあげてしまう。


 衝撃の事実だった。てっきりスカイ達が戻ってきたことにより、デカルトの父親は不運にも死んだと思っていたのだが……?


「あんなことしておいて、忘れたとは言わせないよ?」

「マジ……?」


 言葉を失い、スカイを見つめた。

 勇者らしくない振る舞いに驚いたのではない。【勇者の加護】というチート能力を持ちながら、リザードキング相手から逃げたことに驚いているのだ。


「……なぜ、そのことを知っている?」

「教えてくれたんだよ、親切な人がね。君たちの最悪な行いを」

「教えてくれた……だと?」


 ――どういうことだ?


 デカルトの証言が正しいのであれば、その人物もまた勇者達と一緒にその場にいたということだ。

 しかし……スカイたちの反応を見るには心当たりのある人物は思い当たらないらしい。


 ――じゃあ誰が?


「……君がどういう目的で行動してるかはわからない。僕を手を出すのも別に構わない……けど」


 ギラリとスカイが敵意を剥き出しにする。


「俺の大切な仲間に手を出したな? 絶対許さない」

「…………」


 ――あーはいはい、いるいる今みたいな台詞言うやつ……特にネットにな。『俺たちには何とでも言っていいが、○○ちゃんには~』的な、一部の界隈に湧いてるやつら。でもあれ、結局は正義の味方ごっこに過ぎないんだよねぇ……推しを守る騎士様の気分で、周りから褒められたい気持ちが透けて見える見える。


 スカイの台詞に、ショウは心の中で毒を吐いていた。


「腕一本くらい騒がないでよ。君たちは僕のお父さんを殺したと同然だ」

「まだ知らないようだから教えてあげるけどな。冒険者っていうのは、死と隣り合わせの仕事なんだ」

「…………」

「いつ死んだっておかしくないし、俺たちも必死なんだ……君のお父さんだって、それくらい覚悟の上だろう」

「あ、そ」


 デカルトはつまらなそうな顔をし、懐から取り出したのは……。


「じゃあ――今から君たちが死ぬのも、覚悟してるってことだよね?」

「それは……!?」

「――!」


 キラリと光る藍色のコア。


 果たしてショウの嫌な予感は当たった。


「やめろ! それを使うな!」

「――!?」

『シャドウスケルトン!』


 必死に叫んで止めようとするショウだが……既に起動されていた。


 デカルトはコアを自分の体に押し付けると……コアが怪しげな光を放ち、彼の体に取り込まれる。


「う――あああああぁぁぁっ!!」


 すると、彼の身体は全身影のような体となり、頭蓋骨だけが浮き出たような存在へと変化した。


「ば――化け物め!」


 仲間の片腕を落とされた怒りに任せ、スカイは何も考えずに突っ込んでいく。


「ちょっ……!? ストップストップ!」

「【クイックスラッシュ】!」


 目にも止まらぬ速さで肉迫し、剣を振りかざす……が。


「……なにそれ? 今ので攻撃したつもり?」

「なっ……!?」


 全くダメージが与えられてない。


 それもそのはず。シャドウスケルトンは幻影のモンスター。物理攻撃は効かないのだ。


「こんなに弱いんじゃ――リザードキングから逃げ出すのも納得だな」


 スカイの剣を真っ向から受け止めたデカルト……いや、シャドウスケルトンの魔人は、手から影の大鎌を出現させた。


「ちっ……」

『ナイトキャット!』


 エネルギー剣にナイトキャットのコアを差し込むと、剣が鞭のようにしなる。

 鞭を放ちスカイの片腕に巻き付けると、思いっきり引っ張った。


「なっ――!?」

「……!」


 鎌に当たる前に、デュアルによって引っ張り上げられる。


「おいガキ。バリアを張れ」

「う、腕が……シアの腕がぁ……!」

「……はぁ。こりゃ駄目だな、使いもんにならん」


 呼び掛けに応じず呻いているシアを見て、アルダートはわざとらしいため息をついた。


「お、お前……さっきの声……!」

「あ? んなこと、どうだっていいんだよ! いったん引くぞ!」


 何か言いたげなスカイの背中を叩き、無理矢理にでも体を動かせる。


「おらっ!」


 一閃。


 デュアルが狙ったのはシャドウスケルトンそのものではなく……天井。


 デュアルの攻撃により、鋭い鞭によって砕けた岩がシャドウスケルトンを襲った。


「今のうちだ!」

「――!」


 攻撃したわけではない、ただの目くらまし程度。


 だが……今はそれで充分だ。物理攻撃が効かない以上、一度逃げるしかないのだから。

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