第29話 プライ森林に集まる、よくないもの

「……で? なんで俺も行くことになったんだ?」


 『プライ森林の調査』……なんとも退屈そうなクエスト内容にアルダー卜が不満げな声を漏らす。


「今日は戦わねぇんだろ? 俺、つまんねーんだけど。帰っていい?」

「待って待って帰らないで。この二人って状況が嫌なんだよ」

「あ? じゃあ、なんであいつ誘ったんだよ?」

「別に誘ったつもりじゃなかったんだよ!」


 なお、この間の二人の会話は全て小声で話しているので、フレンディアには聞こえていない……はず。


「面白い方なのですね、ショウさんって」


 そんな中、気づいてるのかないのかフレンディアはクスクスと笑う。


「しゃべるスライムさんと仲良し、欲望に素直な生き方、そして……先程のアリアさんという方への態度」

「……わかっててやってたんかよ、あれ」

「面白くてつい」


 自覚してやっているのなら、尚更タチが悪い。


「それでどうでしょう?」

「どうでしょう、とは」

「ショウさんは私のおっぱいを目的に組んでくださったんですよね? 見るだけで満足ですか? 特別に――触ってもいいんですよ?」


 と、彼女は谷間を大きく露出した胸をわざとらしく見せつけてくる。


「……いやいい。アル、代わりに触ってもいいぞ」

「どれ」


 ――どれ、じゃねえんだよなぁ……。


 躊躇なく触るアルダートに心の中でツッコミを入れる。


「……ふむ」


 手の形となってフレンディアの胸に触れていたアルダートは、やがて残念そうに身体を元に戻した。


「なんていうか微妙だな……触ってもなんとも思わん。それに俺の体の方が柔らかい」


 ――なんで競い合っているんだお前は。


「それよりさ。フレンディアはどうしてこの森が気になったんだ?」


 フレンディアといえばゴーストテイマーと呼ばれるゴーストの専門家。

 だが……この森には、ゴースト系統のモンスターは存在しないはずだ。


「ふむ」


 フレンディアは顎に手を当てると、唐突に語り出す。


「二人は幽霊という存在を信じますか?」

「あ? ゴーストのことか?」

「いえ、ゴーストは実体があるモンスターのこと。幽霊は人やモンスターだった存在……謂わば魂。実体のないものです」

「は?」

「あー……例えば俺が死んだとして、肉体は滅んでも魂だけは残るようなもの。それが幽霊だ」

「よくわかんねぇが、そんなのがいるのか? まあ、いるって誰かが言うんならいるんだろ」

「……俺もいると思ってるよ、幽霊」


 ――この世界においてはな。


 『せかふく』の設定上、幽霊というデータは存在する。その証拠に、このフレンディアの力を使ってアルマルガスと会話するイベントが発生するのだ。


 二人の回答に、『ならば話が早い』とフレンディアは微笑む。


「幽霊というものはどこにでもいるものです。渓谷、洞窟、街……まあ、だいたいこういう森林の方が多いのですが。最近このプライ森林に良くないものが集まってきているんです」

「良くないもの……」

「謂わば悪霊といった類ですね。最近この森でなにか変わったことはありませんでしたか?」

「変わったこと……」


 心当たりは――たくさんある。

緑神龍が倒されたこと。それによりやってきたグリムドラゴンも倒されたこと。


 ……そして。


「……アルが復活したこと」

「うん? 俺か?」


 本来アルダートは、まだ復活していないはずなのだ。それをショウが復活させてしまった。


「なるほど、そのスライム……アルダートさんは封印されていたのですね。見た感じ、そこまで強くなさそうですが……」

「おいてめぇ、俺をなめるなよ? その気になれば……てめぇなんて、一瞬で食っちまえるんだからな?」

「あらあら」


 殺気立つアルダートに、なぜかフレンディアは嬉しそうな声を上げる。


「しかし、心当たりがあるなら話が早いですね。そこまで案内してもらってよろしいでしょうか?」

「……わかった」


 もし仮にそれが原因だとすれば――ショウにも責任があると感じていた。


「悪霊は悪い存在に思われがちですが……元は同じ種族です。そういった迷える子羊たちを導くのが、わたくしの役目なのですよ」

「ふーん?」


 歩くこと数分。三人はプライ森林の最深部へ繋がる洞窟の前に立つ。


「……この先だ」

「あぁ、少々お待ちを」


 フレンディアは二人の前に立つと――パンッと手を叩いた。


「出番ですよ」

「――」


 その瞬間……フレンディアの背後から、人の形をした白い靄が現れた。


「なんだこいつ? ……ゴースト?」

「あぁ、紹介が遅れました。こちらはフララ。わたくしが使役しているモンスターで――

「へぇー、お前は人間なのに妹はモンスターなのか」

「いや、死んでるって意味だよ」


 高度のボケなのか天然なのかよくわかんないアルダートショウが一応補足を入れる。


「探索お願いしますね、フララ」

「――」


 フララと呼ばれたゴーストは、フレンディアの指示に従い洞窟の中へと入っていく。



数分後……戻ってきたゴーストは顔をフレンディアの耳元に近づけた。


「――」

「ふむふむ……」

「ん? あいつ……俺と同じで喋れんのか?」

「いや、喋れないよ。会話ができるのは――フレンディアのユニークスキルだ」


 普通ならゴーストと会話することはできないのだが……フレンディアだけは話すことができる。


「あいつのユニークスキルは【対話】。意志疎通ができる相手なら、モンスターや植物とも会話ができるスキルだ」

「ふぅん……それ、強いか?」

「戦闘面において直接的な強さには結びつかないよ。ただ、あいつのユニークスキルには『相手は必ず話に応じる』という付与がある。敵であっても、一度は話し合いの場に参加し、意思表明をしてくれるって点はかなり、いや超強いし有能だ。その後戦うことになっても、な」

「よくわかんねぇが……なんか詳しすぎないかショウ? あいつと会ったことあるの?」

「あー……まあ……」

「……ま、言いにくいことなら別にいいんだがよ。興味ないし」


 ――言いにくいというか、理解してくれないだろうというか……。


「あー……これはダメですわね」


 と、フララの報告を聴き終えたフレンディアはあっけらかんとして告げる。


「ダメ……ってなにがだ?」

「本当は悪霊たちが集まる前に対処したかったのですが……もうダメです。かなりの数が集まってきていて、今にも暴走しそうってことですわ」

「うそん」


 淡々と報告するフレンディアにショウの顔がさっと青ざめる。


「あ? 集まってきたから、なんだってんだよ?」


 状況をいまいち理解して居ないアルダートが首を捻ると、フレンディアが優しく解説をしてくれた。


「悪霊のやっかいなところは人やモンスターに取り憑くという習性があることです。更に厄介なことに、悪霊に取り憑かれた対象物のパワーは何倍にも膨れ上がります」

「ほう、それで?」

「今この洞窟に集まっている悪霊は……ざっと100体以上。つまり――」

「――!」


 と。

 洞窟の中から何かが押し寄せてくるような気配を感じる。


「――その悪霊たちに取りつかれたモンスターたち100体が、今から私たちに襲いかかってきます」


 彼女の宣言通り……黒い靄を纏ったモンスターたちが一気に三人へ向かってきていた。


「あらあら、これは大変」

「……!」


 その割には、大して大変じゃなさそうな態度のフレンディア。


「おいおいおい……マジかよ、これ全部相手するのかよ! ――アル!」

「……なぁーんだ、ちゃんと戦えるじゃねぇか。ついてきて、正解だったな!」


 ショウがコア・デュライヴを装着すると、アルダートは嬉しそうにコアへ変化した。


『スライム!』

「「変身!」」

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