第12話 生きたいんだよ、俺は
兄の様子がおかしい――ルーナがそう思うようになったのは、一昨日辺りからだった。
きっかけは5日前。
自分の妹の名前を忘れていたり、時々言動がおかしかったり。
最初のうちは「元気だからいいか」と思っていたのだが……昨日見た兄の表情は忘れられそうにもなかった。
まるで、明日自分が死ぬかのような――そんな表情。
今日は何故か朝ごはんも食べず、部屋に引きこもっている。
なので、そんな兄を元気づけさせようと、ルーナは一人森の中へ入っていた。
――今日はプライ森林にあるマーマレの実を採ってこよう。お兄ちゃん、マーマレ大好きだからね。
プライ森林は低ランクモンスターばかりの場所。森の奥に行かない限り、ルーナでも危険じゃない。
だが……この時、彼女は知らなかった。
最近、プライ森林のモンスターが活発化しており、ギルドから注意勧告が出ていることを――。
***
――あれ?
ふと違和感を感じたのは、森に入って数時間後のこと。
――今日はアルミラージもウイングバードも見当たらないなぁ……?
そう……いつもならこの近辺にはモンスターがいるはず。だが、不思議なことに今日に限って一匹も見当らないのだ。
モンスターがいないこの状況。遠くから鳴き声も聞こえない。ただ、風が吹き抜ける音と、木の葉が揺れる音のみが周囲を支配していて、ルーナは逆に不気味に思えてきた。
――さっさと山菜を採って帰ろう。
目的地に辿り着き、マーマレの実を採取している……と。
「……え?」
巨大な影が差し込んできた。
見たこともない影。ミノタウロスより遥かに大きいし……とんでもない威圧感を感じる。
心なしか、急に周囲の温度が寒くなった気がした。
恐る恐る顔を上げてみると――
「な……なに……?」
そこにいたのは……見たこともないような、巨大なドラゴン。
全身から不気味な紫色の炎のようなものが吹き出している。
言うなれば――闇のドラゴン。
ギロリ、と黄金の瞳がルーナを捉えた。
「ひっ……!」
明らかにわかる強さ。今まで見てきたモンスターと比較にならない。
咄嗟に護身用のナイフを振り抜くが……。
「あっ!?」
あっさりと弾かれてしまい……そして。
「――ぁ゛あっ!?」
長い尻尾で、簡単に大木まで吹き飛ばされてしまった。
――ああ、私ここで死ぬんだ。
地面に経たりこみながら、ルーナは死を覚悟した。
――ああ……今日、今日だけは……お兄ちゃんに私の料理、食べてほしかったなのになぁ……。
幾度もの涙が頬を伝っていく。
だが、それとは関係なく、闇のドラゴンの口がルーナに近づき、そして――。
「――ギリギリ、セェーフっ!!」
「――!」
突然、ルーナの身体は横へ移動していた。
彼女自身の意思ではない。彼女を助けたのは……黒い複眼、赤いマント、不思議な鎧を来た男。
街でも見覚えのことない、格好をした謎の人物だが……さっきの声には聞き覚えがある。
「お……お兄ちゃん……?」
「――逃げろ!」
なぜ家にいたはずの兄がここにいるのか。その格好はなんなのか。
訊きたいことは山ほどあるが――そんなこと訊いている暇はなかった。
「逃げるんだ、早く!」
鬼気迫る兄の言葉。
「お兄ちゃんは……? お兄ちゃんは、どうするの……?」
「……俺はこいつを倒す」
「――! ダメ! 絶対ダメだよ! 死んじゃう!」
「大丈夫、死なないよ。だから早く」
「……!」
ショウが明らかに無理していることぐらい、ルーナにはお見通しだった。
ユニークスキルを持たない万年Fランクの冒険者。そんな兄がこのモンスターに敵うはずがない。
それでもショウはルーナを守りたかった。
「…………」
兄の覚悟に……ルーナは意を決し、立ち上がる。
「……今日の夕飯! 待っているから! 絶対帰ってきてね!」
「おう」
――死亡フラグって言うんだぜ、それ。
思わず苦笑しつつ、去っていくルーナの背中に見守っていく。
「さて、と」
今一度、グリムドラゴンと向き合う。
結局、ルーナが森林に行かないという運命は変えられなかった。
本来のルートならば、勇者となったスカイと疎遠になり、寂しさを埋めるようにしてクエストに励むショウを元気づけさせようと山菜を採りに行くのだが……部屋に籠っていても、結果は同じ。
――グリムドラゴンとは出会ってしまった、アルダートも説得できなかった……じゃあ。
「俺一人で戦うしかない……か」
意を決し、赤いマフラーをはためかせ自在の鎧を纏ったショウはグリムドラゴンへ構えを取る。
ショウが部屋に籠っていた理由。それは『とあるアイテム』を作っていたからだ。
懐から取り出したのは……以前、アルダートに根元から折られた柄のみの剣。ただし、柄にレバーのようなものが取り付けられている改造剣。
名付けてエネルギー剣。
ショウがレバーを握り続けると……途端に白いエネルギー体が剣の形をかたどっていく。
エネルギーのみで象られた刃で攻撃する武器――『コア・デュライヴ』の構造を真似てクラフトした、オリジナル武器である。
「――ぅおいしょぉっ!」
チャージされた一閃は、グリムドラゴンの皮膚を傷つけた。
……だが、これでは足りない。
「――!」
グリムドラゴンはギロリとショウを睨むと、長い尾で振り払ってくる。
慌ててバックステップで回避。
――やっぱパワーが足りねえか。
やはり、ショウ一人では勝てない。
しかし……だからこそのテイマー職。
ショウは周囲に右手をかざし……。
「……うそん」
――モンスター、いないんだけど……?
予期せぬ事態。
そうグリムドラゴンが出現した影響により、野生のモンスターが何処にも見当たらないのだ。
これでは――勝つことができない!
「――っ!」
と。
グリムドラゴンが何か溜める動作に入る。
――まずい!
避ける暇などない。
グリムドラゴンの吐かれた紫のブレスがショウを襲う。
「ぐっ――ぅぅぅううっ!!」
普通なら一瞬で消し炭になるところを……装備のおかげで、なんとか耐えきる。
……だが、次の攻撃が来ていることには気がつかなかった。
「――がっ!?」
ドラゴンの鋭い振り払い。いくら鎧とマフラーで強化されているとはいえ、防御の体勢に入ったショウの体は簡単に持ち上がり、吹き飛んでしまう。
――くそっ……俺一人じゃ勝てないのか!?
やはり死ぬ運命のモブキャラ。戦闘力はそこまで高くない。
だが……彼はまだ諦めない。
――考えろ、考えろ!
――生きたいんだろ! 死にたくないんだろ! なら、次の手を考えるんだ!
必死に生存する手段を模索する。
だが、いくら考えたところで、ショウ一人では――
「なんで来たんだよお前」
「――!!」
と。
もうすっかり聞き慣れた声が頭上から聞こえてきた。
この声の主は……間違いない。3日も聞いていれば、間違えようがない。
「ア、アルダート……!」
「……あの空間から抜けると、人間態を維持できなくなるんだよ。だから、外に出たくなかったんだ」
彼の言う通り……今木の上にいる姿は、どこからどう見ても普通のスライムだった。
「っていうか、言っただろうが。死にたくなきゃここに来るなって。妹を見捨てろって。生きたいんじゃねえのかよ、お前は。なんで来たんだ?」
「……」
アルダートの指摘は確かだ。家に籠り、騒ぎを聞きつけた勇者がグリムドラゴンを倒すまで大人しく待っておけばいい。そうすれば、死ぬ運命から逃れられる。
「――ははっ」
だが、ショウは。
それを理解した上で――敢えて、そうしなかったのだ。
「そりゃ、生きてるって言わねえよ」
「は?」
「お前さ……『生きる』ってどんな時だと思う?」
ショウはゆっくりと立ち上がる。
「この世を認識している時か? 何も考えず、食べて寝ている時か? ただ呼吸をしている時か? ……違うね、全然違う」
そんなもの――生きてるだなんて言えない。
「生きるってのはな――生きるってのは、行動することなんだよ」
「……………」
ショウの言葉をアルダートは黙って聞き続ける。
「ルーナはさ、俺のことを想ってこの森に入ったんだ。それが良くないことだったとしても、タイミングが悪かったとしても、ギルドからの注意勧告を知らなかったとしても……! こんなにも想ってくれる妹のことを! 見捨てるわけねえだろうが!」
そう、彼の中で『大切な妹を見殺しにする』だなんて選択肢は――最初から入っていない!
「そんなの死んでるのと同じだ! ルーナも助けて、こいつにも勝つ! 俺が生きる道は最初からそれしかねえんだ!」
「………………はぁあー」
覚悟を決めたショウの横顔を見て…………アルダートは長い息を吐くと、木から飛び降りた。
「お前、バカだろ。全部手に入れるなんて強欲にも程がある」
「…………」
「――だが。欲の強いやつは嫌いじゃねぇ」
「………………えっ?」
「気に入った。手、貸してやるよ」
アルダートはそう言うと、たちまち青い光を放った。
身体をモンスターのコアの姿に変化させたアルダートは、コア・デュライヴの可動域がある右部分の窪みに嵌まり込む。
『スライム!』
「……!!」
何をどうすればいいか――直感で理解したショウは意を決し、左右の可動部を思いっきり押し込んだ。
瞬間。
「――っ」
変化の鎧の上から、青いクリアパーツが覆い被さって行く。真っ黒い複眼が……赤く色づいていく。
「――おらぁっ!」
迫り来るグリムドラゴンの攻撃を跳ね返した時――そこにいたのは、赤いマフラーを
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