第11話 寿命はあと1日

「あの……ショウさん、大丈夫ですか?」


 ショウの様子は明らかにおかしかった。

 いつもの陽気な雰囲気とは打って代わり、神妙な面持ちとなっている。


「あぁ……大丈夫だよ」


 なんて言ってはいるが……明らかに嘘だということは、普段の彼を見ているアリアからすればわかりきったことだった。


「……今日はこのクエスト受ける。よろしくな」

「あっ……あの、ショウさん!」

「ん?」

「その……お、お気をつけて!」

「……ありがとな」


 アリアの呼び掛けにショウは力なく微笑むと、そのままギルドを出ていった。


「よっ、アリア」


 と、そんなショウとすれ違うようにやって来たのはスカイ、リーリア、シアの三人組。


「だーかーらー! 私が炎系魔法でドカンとやるから、あんたは大人しくしていればいいのよ!」

「ふん、スカイに色目使ってるのはバレバレなんですよ! どうせ自分のことしか考えてない女狐は黙っていればいいのです!」

「なんですってぇ!?」

「ちょっと止めないか二人とも。喧嘩はよくないって」

「「あなたのせいでしょうがっ!!」」

「……なんでぇ?」


 いつもならスカイの唐変木っぷりに「またこの人は」と苦笑するアリアだったが……今日はとてもそんな気分にはなれなかった。


「あの……スカイさん」

「ん?」

「ショウさん、なんかいつもと違う雰囲気だったんですけど……何か知りませんか?」


 気にかけるアリアに、スカイは「んー?」と首を捻る。


「いや……わかんね」

「……そう、ですか」

「まあ、あいつのことだ。なんか変なもんでも食べたんだろ」


 大したことじゃないという風にスカイは軽くスルーする。


 この時、ショウがいればこう考えていただろう――『それ、対象がヒロインだと気にかけるくせに』と。



***



「……今日も来たのか? ハッ。無駄足だってのに、ご苦労なこった」

「…………」


 死亡フラグが成立するまであと1日。

 ショウは例により、アルダートの元までやってきていた。


「何度言っても無駄だぜ? 俺はお前なんかに協力しない」

「……だから、協力させるために今ここへ戦いに来てんだよ」

「やれるもんならやってみな」


 挑戦的な彼にアルダートはニヤリと笑う。

 だが、ショウは内心焦っていた。とにかく時間がないのだ。


 ――このまま、死にたくない。


 死亡フラグを回避するには、やはりアルダートの力が必要だ。ただ、今の彼のままではグリムドラゴンには勝てない。


 なので、キャプチャーする必要がある……のだが。


「おら、どうしたぁ!? もっとかかってこいやっ!」

「こ、のぉっ……!」


 モブキャラであるが故に、ステータスはそこまで高くない。


 序盤では手に入れられない装備を使っても、アルダートに勝てる気がしないのだ。


「大体よぉ、なんでお前はグリムドラゴンってのを倒したいんだ?」

「……死ぬんだ。俺は明日あいつを倒さなければ、俺は死ぬ」

「……ハッ! 占い師か、てめぇはよぉ!」

「いいや、なんだ。これはなんだ」


 本当にそうとしか言いようがない。


 明日、妹のルーナは薬草を摘みに、このプライ森林にやってくる。

 比較的安全だと言われているのである程度の歳であれば、一人で森の中に入っても何も言われない。

 だが……スカイが緑神龍を倒したせいでパワーバランスが不安定となり、結果的にグリムドラゴンが棲み着いているという状況になっているのだ。

 そしてルーナはグリムドラゴンにたまたま出会ってしまう。

 が、そこに居合わせたショウが彼女を逃がす。


 ルーナはなんとか街まで戻れるが……ショウは勝てるはずもなく、無惨に死ぬ――これが『せかおわ』でのシナリオ。


 『ルーナが森に行く』、『グリムドラゴンと遭遇する』ということが確定事項であるのなら……ショウはルーナを庇い、グリムドラゴンを倒すしか生きる術はない。


「俺は妹のために死ぬ。でも死にたくないから、お前に力を借りたいんだ」

「ハッ、んなもん知らねぇな! 俺には関係ねぇ。大体よぉ、俺は『家族の為に』とか、そういう理由が大っ嫌いなんだよなぁ。家族なんて所詮は赤の他人。愛とか絆とかよぉ……虫唾がっ! 走るんだよっ!!」


 吐き捨てるように叫ぶアルダート。

 一見、血も涙もない彼の態度だが……その理由を、ショウは知っている。


「……知ってるよ。お前、家族って言葉、大嫌いだもんな」


 諭すようなショウの言葉に、アルダートの動きがピタリと止まる。


「あ? てめぇが何を知ってるっていうんだ?」

「お前は錬金術師によって人工的に作られたモンスター。っていう半端者のな」

「――っ」


 そう……彼は魔王ギルダートと伝説の錬金術師アルマルダスの遺伝子から人工的に生み出されたモンスター。それがアルダートである。


 アルマルダスが何をしたかったのかわからない。『魔王討伐の為の最終兵器』とされているが……結局ストーリーでは本編が終わった後に登場する裏ボス。どういう目的で生んだのかは、今となっては不明だ。


 半人間半モンスターだから人間として認められず、またモンスターとしても認められず。両サイドから敵扱いされ、化け物扱いされている。


 生まれた時から母親の温もりを知らない。彼はずっと孤独にこの洞窟に閉じ込められて生きてきたのだ。そんな彼にとって、家族など赤の他人同然。


「お前は人間が道を踏み間違えたことによって生まれてきたが……それでも生を受けた。お前が今、ここで生きていること自体は間違いじゃない」

「……何が言いたい?」

「アルダート……お前は今、なんの生きている?」

「はんっ、たった一つさ――復讐よ。モンスターだろうが人間だろうが関係ねぇ。俺に敵対するやつは全員ブチ殺してやる。ただそれだけのことよ」

「あぁ、なるほどな……でも、このままじゃ失敗に終わるぞ、それ」

「なに?」


 だが、ショウは知っている。


 彼もまた、ということを。


「確実に起こることなんだ。いつになるかわからないが……このままだと、お前は魔王と勇者の手によって殺される」


 裏ボスは確実に倒される。助ける手段などなく、魔王が自分の息子との決別として無惨に殺されていく。


 ある意味、二人は似た者同士なのだ。


「だからさ、俺と手を組まないか? お前も絶対死ぬ運命を変えてみないか?」

「…………」


 アルダートは差し伸ばされたショウの手をじっと見つめる。


「――ハッ、バカバカしい。もし本当に俺が死ぬんだったら、それは俺の手で変える。てめぇには関係ないだろうが」

「……!」


 だが、アルダートは断った。

 それどころか、彼は「そうだ」と悪魔の笑みを浮かべ。


「お前さ、死にたくないんだろ? だったらさ――あるじゃねぇか、助かる方法。

「なっ――!?」


 あまりにも――あまりにも残酷な提案に、ショウの目が見開かれた。


「妹? そんなもの関係ねぇだろ。妹を逃すからお前は死ぬんだろ? なら、簡単なことじゃねえか。見捨てればいい。それに、この近くに勇者様がいるんだろう? なら、そいつに倒してもらえばいい。お前は知らないふりをして、逃げればいいんだ。これは殺人なんかじゃない。たまたま森にいなくて、たまたま妹がいて、たまたまドラゴンに襲われた……それだけ、たったそれだけだ」

「……俺は」

「生きたいんだろ? なら……手段を選んでいる場合じゃねえってことくらい、お前もわかってるだろ? そうすれば、俺は無理に力を貸さずに済むし、お前は平穏に生き延びることができる。それでいいんじゃねえか?」

「…………」


 アルダートの言葉に、思わず黙り込む。


「明日よーく考えな。勝てない俺を無謀にキャプチャーしようとするか、非力なお前が妹を庇って、くだらないことで死ぬか。妹を見殺しにして幸せに生きて抜くか――賢い選択をな」



***



「……お兄ちゃん? 顔色悪いよ?」


 ――その日の夜。


 森林から帰ってきたショウの顔を、ルーナが心配そうにのぞき込んでくる。


「あー……いや、大丈夫、だ」

「……もしかして、今日のご飯おいしくなかった?」

「いや! いやいやいや! そんなことない、そんなことないって! ルーナの料理は世界一旨いからっ!」


 なんて言うが……実際のところ、食事が喉に通らない。


 明日はいよいよ運命の日。だというのに……準備が、まだ整ってない。


 ショウが死ぬか、ルーナが死ぬか。


 ――『賢い選択』……か。


 思い返されるはアルダートから言われた台詞。


 ――死にたくない。死にたくないんだ、俺は。


 死ぬ痛みを知ってるから。あんな気分を味わうのは二度と御免なのだ。


 ――だからこそ……だからこそ、俺は。


「……考えるまでもなかったな」


 ショウは小さく息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る