第2話 よくある展開じゃん、これ

「――お兄ちゃんっ、お兄ちゃんってば!」

「あ、あぁ……?」


 誰かから呼ばれる声が聞こえ、男は目を覚ました。


 知らない天井……というか文明が廃れたかのようなウッドハウス、そして目の前には水色髪の超絶美少女。


「もうっ、いつまで寝てるの! 今日もプライ森林に行くんでしょ?」

「んぇ? え?」


 頭が追いつかない。

 確か自分はさっき何者かに殺されたはず。それが聞いたこともない森林に行く予定があると言われる。何もかも情報不足でまったく理解できない。



 起き上がってみると……家賃5万円の見慣れた1Kもベッドとタンスのみという、まったく別の部屋に変わっていた。


 そして何より……男に妹なんていない。親戚を含めても、自分を『お兄ちゃん』だなんて呼んでくる人物なんて、心当たりが無いのだ。


 今一度、自分を呼んだ少女の顔をよくよく見てみる。水色髪のショートカット、パッチリとした碧眼、見た目は中学生くらい。


 ――あれ?


 現実の知り合いに、水色の髪をした女の子なんて一人もいないが……この顔には、なんだか見覚えがあった。


「もしかして……ルーナ?」

「……え? なに? 記憶障害になっちゃったの? こんな可愛い妹の顔を忘れちゃったの? 大丈夫? 教会行く?」


 間違いない、何度も見たこの顔。

 『せかふく』の序盤にやられるキャラ、ショウの妹……ルーナだ。


 ――え? どういうこと?


「ほら、さっさと起きる! 今日も冒険者として頑張るんでしょ?」


 と言われ、差し出された装備も……どこかで見覚えがある。


 ルーナ、『お兄ちゃん』、そしてこの装備。


 様々な情報から、一つの推論が導き出された。


「俺……もしかして、ショウ?」

「やっぱりこの兄、もうダメだよう!」



***



「……うーむ。やっぱり『せかふく』の世界だな」


 目の前にそびえ立つギルドを見て、男――ショウは頭を抱えた。


 ここまで酷似しているのなら、もう断言していいだろう。


 今いるのはゲーム内で何度も見た王都、オーディ。どうやら殺されたと思ったら……『世界に幸福を、』のキャラクターであるショウに転生しているようだ。


 決してありえないことだが……起こってしまういるのだから、深く考えても仕方がない。


「……【ログアウト】」


 ふと試しに呟いてみるが……反応なし。この世界が今の彼にとって、現実世界となっているようだ。


 ――困ったなぁ。会社にも連絡取れないし、光熱費もまだ払ってないし、冷蔵庫にあるプリンも食べられないし……って? ん?


「あれ、別に困ることなんてない、よな? やりたくない仕事しなくていいし、嫌な上司にペコペコする必要もないし、サービス残業もしなくていい。好きな時に休めて好きな時に働ける……あれ、最高の世界じゃないか?」


 男はいとも容易く順応した。


「もともと彼女も友達もいないし、家族とも疎遠だし。冷蔵庫にあるプリンだけが心残りだけど……あとは大したダメージないな。あっはっは!」


 他の人が聞いたらなんだかかわいそうな目で見てくるだろうが……そんなこと、男は気にしない。


 ――で、だ。ここはどこだかわかったが……ゲーム内容的にいつなのかがわからない。


 もちろんカレンダーなんて置いてあるはずもない。そもそもこのゲームに日付なんてあった覚えがない。


 しかし、それでは困るのだ。だって、このキャラは……


「――よっ、ショウ」


 と。

 本気で悩んでいたところに、後ろから爽やかな声をかけられる。

 振り返ると黒髪のイケメンがキメ顔をしながらショウの肩を叩いていた。


 ――あれ、こいつ……。


「……誰?」

「おいおい。幼馴染みの顔忘れんなよ」

「あ、あぁー! 幼馴染みね、幼馴染み! …………えーっと……?」

「スカイだよ、スカイ! ……え、マジで忘れちゃったの? 教会行くか?」

「あぁそうそう、スカイ! うん、どっからどう見てもスカイだ!」


 どの記憶を繰り返してもこんなキャラいなかったよな――と首を傾げていたが、幼馴染と名前を名乗ったことで合点がいった。


 ――プリセット勇者か、こいつ。


 『せかふく』の主人公は、最初に見た目を変えることができる。

 だが今いる青年は、何もカスタマイズしてない主人公。名前も入力しなければ、自動的に『スカイ』となるのだ。


「お前、大丈夫か……? いつもと様子が違うぞ……?」

「いやいやいや! いつもこんなんだよ!」

「え、そう……?」

「そ、そうそうそう! そうだって! で、今日はどうしたんだ!?」


 これ以上深掘りされるのはマズいと、慌てて話題転換する。


「俺もクエスト受けに来たんだよ。なんか良いのあったか?」

「あぁ、そゆこと……いや、俺も今から入るところだったんだ」

「なら、一緒に受けようぜ」

「もちろん! ……ん?」


 ――あれ、この会話は……。


「まあ、ユニークスキルを思ってない底辺Fランク冒険者の俺たちが受けられるクエストなんて限られてるけどな」

「ハハッ……」


 ――いや、お前は恩恵を受けられるんだけどね。それも超絶チートの。


 今後の展開がわかっているので、スカイの何気ない発言にもイラっときてしまう。


「よう、アリア」

「あっ、スカイさん! それとショウさんも、おはようございます!」


 スカイを見た瞬間、ピンク髪の受付嬢……アリアがパッと顔を明るくさせた。


 ――あー、ギルドの受付嬢。そういえばこの子もスカイの攻略対象だったな。


「今日はどんなクエストを受けますか?」

「えっと……そうだな……」

「二人ならいくつか同時にこなせそうだぞ。どうするよ?」

「うーん、今日は……」

「――ハハハッ! おいおい、何ちんたら選んでるんだよ? てめぇらが受け入れられるクエストなんて、毎回決まってんだろ? 薬草集めしかできない、このド底辺のFランク冒険者どもがっ」


 と、横槍を投げてくるのは……。


「お、おぉ! かませ役のギルスくん! ギルスくんじゃん!」

「ちょっ……!?」

「ショ、ショウさん!?」

「……んだと、てめぇ」


 ――あ、やっべ。


 薄紫のロン毛男はAランク冒険者のギルス。

 実力は確かなのだが……いつも二人に威張り散らしている男。【勇者の加護】を得た主人公に最初にボコられる、かませポジションだ。


 その後も、何かと彼の評価は下がるばかり。新種のモンスターにはコテンパンにされ、街がモンスターの襲撃に遭った時は一早く逃げ。


 終盤に至っては、我先にと魔王城に挑むものの……あっさり殺されてしまうという、見せ場が何処にもないネタキャラである。


 実力ある者には従順なくせに、他の奴には威張り散らす。だが結果は出せてないことから、プレイヤーの間では『ワンちゃん』だの『子犬』だの……男キャラの中では、一番の人気を誇っている。


「もういっぺん言ってみろや」

「あー、いや! ギルス、ギルスさん! Aランクという高ランク冒険者、新種へ一番に突っ込んでいく挑戦者、逃げる速度はまるで電光石火! ……のぉ、ギルスさんじゃないですか! いやぁ、ギルスさん、今日も最高っすね!」

「……ぷふっ」

「おい馬鹿!」

「……よっぽど喧嘩売りてぇようだな?」


 ――あ、あるぇ?


 フォローしたつもりがフォローになってなかった。あと、後ろでアリアがこっそり吹き出していた。


 こめかみの血管をピクピクさせながら、怒りに燃えるギルス。


 今にも掴みかかりそうな、その時。


「――君がスカイくんだね?」


 ローブを深く被った人物が、三人の間に割り込んできた。


「なんだてめぇ!」


 怒りに任せて、ギルスが拳を振りかぶるが。


「君には話してない」

「なっ……!?」


 ギルスの腕を軽く掴むと、そのまま捻りあげた。


「ぎ、ぎゃぁあ!?」


 ――はい、かませポイント1つ目……じゃなくて、この人は。


「王宮騎士団団長のメルサさん……?」

「いかにも。私がメルサだよ」


 ローブを取って現れたのは、金髪のストレートロングの女性だった。

 床に倒れこんだギルスには目もくれず、スカイの方を見る。


「スカイくん、君には今から王宮に来てほしい」

「えっ、今から?」

「そっ、今から」

「……俺一人でか?」

「うん、王様からの命令は君一人だけを連れてくることだからね」

「お、王様!? ……でも、うーん」

「いや、行ってこいよ」


 行くかどうか戸惑っているスカイの背中を、ショウが後押しする。


「王様命令だろ? お前、それ断ったら、王様に喧嘩売るようなものだぜ? バカなの?」

「……いや、さっきギルスに喧嘩売ってたお前に言われたくないんだが」


 ちなみに、アリアの肩はまだ小刻みに震えていた。


「……まぁでも、お前からそう言うなら」

「おう、また今度一緒にクエスト受けようぜ!」


 そう、これは最重要イベント。スカイが【勇者の加護】を受け、『せかふく』のストーリーが始まるのだ。


 ――さて。


 スカイの背中が見えなくなるまで見送り、状況を整理する。


 ――これで時間軸がわかった。今日、スカイは【勇者の加護】を得る。ということは、ゲームの話が始まるのも、ここから。ってことは、次の俺の出番は明日までないってことか。うーむ、どうしようかな……。


 なんて暢気な思考をしていたが……ハッと気がついたことが一つ。





 ――あれ? てことはさ……。



「俺……

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