第20話 二年生 10月
シャネルのココマドモアゼル。
由衣夏がハワイで選んだ香水だ。
名前もビジュアルも香りも、ぜんぶ気に入っている。
大人に憧れて、ちょっとだけ背伸びがしたい、今の由衣夏にはぴったりかもしれないと思っていた。
学校の帰りに、こっそりつけるようにしていた。
ユウはボディケアが楽しくなったようだ。
「うちも彼氏ほしいけえね。
頑張るよー」
ジュリが合コンによく行っていた話をしたら、連れて行ってもらおうと早速聞きに行っていた。
でもバイト先で知り合うのが一番いいと思う、一緒に働いていると、どんな人かわかるし、とも言ったら、それならアルバイトもやる、と張り切りだした。
放課後、最近ユウとミミとべったりしていないな、と思っていたが、やはりミミはパン屋の男子と付き合い始めたそうだ。
ユウから聞くと、思ったとおり、ミミの方から迫ったらしい。
「押し迫りよったんよ。
もう、すごい〜、あんなん、うちにはできん〜」
と、自分のことのように恥ずかしそうに身をよじって言う。
どうやら、ミミからセキララに詳しい話を聞かされているのだろう。
良かった、ミミと自分が何も起こらなくて。
何かあったら、こうして「誰にも言わんでよ〜」と言いながら、セキララに話を広められていた事だろう。
ユウには、自分もミミから迫られたことは話していない。
きっと何も知らないんだろう。
そう思いながらユウを見ていると、怪訝に思われたようだ。
「ん、楽だな、と思って。
あんたと話してると、楽だわ」
そう言うと、ユウは喜んでくれた。
一時期、ジュリが狂ったように合コン三昧だったことが、ミミと何かあったのかもしれないと思わせるが、ユウにジュリの事を聞いてみても、
「あいつは男が好きなんよ〜。
男に狂っとるんよ。
男のためとは言え、ダイエットって、あれ、やりすぎじゃ」
ミミの話は出てこなかった。
ユウは、ミミが女とも大丈夫なことは、気づいていないようだ。
わざわざ話して、なぜ知ってるか疑われるのもイヤだし、ミミから恨まれるのもめんどくさいから、このまま黙っておくことにした。
ユウの話を聞いていると、ジュリはやっぱり男に言われてダイエットを頑張っているみたいだ。
でも、吐いている限り、顔のむくみは取れないと思う。
「過食嘔吐って知ってる?
食べた後、太りたくないから吐くねんて。
それしたら、副作用で顔がむくんでパンパンになるねんて」
ユウにそう言うと、すぐにジュリのことだと気づいたらしく、
「ええ〜、そこまでして?
食べたものをワザワザ吐いてまで、付き合いたいんじゃねえ。
よっぽどええ男なんやねえ」
と言っていた。
ダイエットと言えば、ハワイから帰ってから、紘美がどんどん痩せていってるのが気になっていた。
紘美もちょっと痩せたと思わない?と聞いたら、
「ああ、そう言えば。
みんなすごいねえ、男のために、頑張るんやねえ。
恋愛って、たいへんじゃねえ」
それでも彼氏が欲しいんでしょ、と言うと、まあね、と照れ笑いをしていた。
以前、自分が顔だけって言ったせいかもしれない、と思って、ついユウにその話をしてしまったら、のけ反って笑いながら、
「それ、あかんよ〜。
一番言ったらあかんやつじゃん」
「そうなんやけど、うっかり言ってしまってん。
て、そう思う、てことは、あんたもわたしと同じ意見てことやね」
そう言うとユウはうっ、と言葉に詰まって、でも否定はしなかった。
「こわ〜、うち、そんなん言ってしもうたら、もう学校来れん。
怖すぎるわ」
「ん〜、あの子は大人やから、今んとこ大丈夫」
「あ、まあ、たしかにみんなの中では落ち着いとるな」
「だからかな〜て思って」
「あ、痩せたんが?
わたしは顔だけじゃない、て証拠に?」
と言いながら、笑い出す。
「まあ、言ったんはだいぶ前やから、違うかな」
「ああ、そんな前なら違うわ。
やっぱり男よ。
みんな年ごろじゃけえ、色気づいとるんよ」
「・・・気持ち悪い」
思わず呟くと、机を叩いて笑われた。
「あかんよ!あんたはその考えじゃあ、彼氏できんよ!」
「だって、なんか動物みたいやん」
「そうやね〜、人間てね〜、言うても動物じゃね。
機械にはなれんよね」
「そうよなあ」
そうすると、わたしはどうなるんだろう。
わたしだって、動物だもんな。
自分だって動物のくせに、動物が嫌い、気持ち悪い、て、おかしな話だ。
そんなある日、紗栄子と帰り道に会った時、
「由衣夏ちゃん、めっちゃええ匂いする。
それなんかつけてんの?」
と聞いてきたので、ハワイで買った香水のことを教えた。
紗栄子も気に入ったようで、同じものを自分も使ってもいいかと聞くので、紗栄子となら同じでも良かったから、ぜんぜんかまわないよと言った。
聞いてきた相手がミミだったら、お揃いの香水などを使うと、やっぱりふたりは付き合ってるんじゃないか、とか変な噂になるだろうが、紗栄子にはずっと彼氏がいるのをクラスメイトは知っているのだ。
ついでにそれとなく、紘美が痩せたのは彼氏と何かあったのかと聞いてみた。
「たしかに細くなったけど、なんでとか聞いてへんわ。
彼氏・・・うーん、彼氏かあ」
と、どの男が彼氏なのだろう、と言う反応をしていたので、相変わらず多数の男連中と遊んでいるようだ。
結局のところ、理由はわからなかったが、紘美がランチの後に錠剤を飲んでいるのを見たので、なんの薬か聞いてみたら、腸の働きを良くする薬だと言っていた。
便秘が解消して、スリムになったのかもしれないが、それ以上のことはわからなかった。
礼次郎と会えたので、修学旅行の話をした。
「ハワイ?
高校の修学旅行でハワイ行くん?」
と言って驚いていた。
そしてハワイで香水を買ったのだ、と言って香りをどう思うか聞いてみた。
「あ、これな。
人気あるやつやろ、使ってる人、たまにいるわ」
という、なんともパッとしない反応だった。
「ええやん、きみが自分が好きなん使ってたら、それでええやんか。
ぼくはあんまり鼻が良くないから、いいとか悪いとか、ようわからんねん」
たしかに、礼次郎にオレはこの香りが好きだ、と香水を持ってこられても、その香りが気に入らなければ使う気にはならない。
でもできれば、いい香りだとか、似合ってるとか言われたかった。
人気の香りは、使ってる人が多いみたいだから、この香水イコール由衣夏、と思ってもらうのも難しそうだ。
ちょっとガッカリしたが、否定されたわけではないのだ。
それからゲンに会ったか聞かれた。
あのライブ以降、ぜんぜん会ってない、とこたえた。
友だちを迎えに学校には来てるかもしれないけど、何か用があるなら友だちに伝えてあげるけど、と言うと、特に用はない、と言うので、ゲンとの仲を心配されたんだとわかり、嬉しかった。
どうでも良かったら、こんな質問もされないだろう。
修学旅行で、クラスメイトがマスカラとか化粧品をたくさん買っていて、同い年なのに驚いた話もした。
「へえ〜・・・。
よかった、きみがそんな子らに影響受けなくて」
と言うので、綺麗にお化粧をした可愛い子の方がモテるんじゃないか、と聞いてみたら、礼次郎は首を左右に振る。
「ぼくはそんな子、あんまり好きと違う。
きみは、今のままでええ。
ぼくは、それがええって思ってるねん」
と、言ってくれるので、由衣夏は嬉しくて抱きついた。
でも由衣夏は知っている。
礼次郎とホテルで一緒にゲームをしていても、夕方に必ずニュースを見る。
その時、画面にはいつも同じ女子アナが写っている。
その女子アナこそが、礼次郎の好みのタイプなのだと。
清楚でおとなしそうな可愛らしいタイプの女子アナだった。
だから派手に化粧をした女の子は好みではないのは納得できた。
礼次郎は音楽が成功して有名になったら、この女子アナと同じ世界の人になる。
そうしたら、礼次郎はこの人と出会うだろう。
そうしたら・・・そうしたら・・・。
でも、まだ何年もずっと先のことだろう。
そしてその時も、礼次郎は自分と一緒にいるかわからないし、自分だってほかに誰か好きな人がいるかもしれないのだ。
「レイちゃんって、ひとりでもする?」
礼次郎がゲームの手を止めて由衣夏の顔を見る。
「えっ、なにいきなり聞くん?」
由衣夏が性的なものに嫌悪感を持っているのを知っているので、驚いているのだろう。
「レイちゃん、男の人やから、男の人はみんなひとりでもするって聞くから。
別にええねん、みんなそうなんかなぁって思ってるだけ」
「そりゃ、まあ・・・」
「ええねん、してええねん」
その時、誰を思ってしているの?
わたしじゃなくて、あのアナウンサー?
由衣夏はそれ以上なにも言わず、礼次郎の背中に抱きついていた。
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