第16話 二年生 6月
その日は珍しく教室を紘美と一緒に出た。
いつも紘美は音楽好きなグループと一緒にいるんだが、由衣夏が教室を出ようとしていたら、一緒に出よう、と言って来たのだ。
どうしたのかな、と思っていたら、校舎の外の道路脇にゲンの車が停まっていた。
おや、と思っていると、紘美が車に向かって走っていった。
「お迎え?」
「うん。由衣夏ちゃん、ちょっと待ってて」
と言われるので待っていると、
「駅まで乗せてくれるって。
一緒に乗り」
と言ってくれた。
どこの駅までかはわからないが、由衣夏はありがたく後部座席に座った。
「こんにちは。よろしくお願いします」
先に礼を言っておくと、
「おう」
とゲンは機嫌よく返事をした。
助手席には紘美が座る。
ふたりはどんな会話をするのかなあと思っていたが、話し声が小さくて聞こえなかった。
「ええっ、それ、どういうことだよ?」
と、ゲンが驚いた声を出した。
「この子は、わたしの顔が好きやねん。な」
と言いながら、紘美は由衣夏を振り返る。
顔だけ発言を根に持ってるのか。
由衣夏は黙って座っていた。
紘美の顔が好きなのは、本当のことだったし。
それに礼次郎も顔が綺麗だ。
つまり、自分はものすごい面食いなんだろう。
気づいてなかったが、どうやらそのようだ。
面食いのアセクシャルなんて、芸能人の追っかけになるしか未来がなさそうで悲しくなった。
「わたし、めっちゃくちゃ面食いやねん」
と、面倒が起きる前に素直に言っておいた。
「今から晩ごはん行こ言うてるけど、一緒に行かん?
この人はいっつもラーメンばっかりやで」
と、紘美が言う。
京都のあのお店か。
あれならもう行ったしな、と思って、由衣夏は家に帰らなきゃいけないから、最寄駅で降ろしてほしい、と行った。
「えー、ほんまに行かへんの?」
と紘美が言うが、人様のデートにくっついていくのはお邪魔虫みたいでイヤだし、帰ることにした。
ふたりでもう何度も同じコースを繰り返しているんだろう、紘美の口調に飽きが感じられた。
マンネリカップルのためのカンフル剤みたいに扱われるのも面白くない。
もしかしたら、ふたりにとってはこれはデートじゃないのかもしれない。
遊び相手のひとりとスケジュールがあったから、一緒に過ごすだけ・・・のような。
それで、ふたりとも、とっくに肉体関係はあるんだろう。
どちらも貞操観念の低そうなタイプに思えた。
それに、紘美に貫通式の続きを言い出されても困る。
そうなった場合、相手はゲンなんだろう。
選べるなら、レイちゃんのがいい。
由衣夏はそう思って車を降りた。
虚しい気持ちになりながら、スマホを見ると、礼次郎からメッセージが届いていた。
また会いたい、と言ってくれている。
嬉しい、やっと気持ちが暖まった。
礼次郎の誘いのない休日は、ぜんぶアルバイトにあてた。
オシャレがしたかったし、夏の礼次郎のライブの資金も作りたかった。
夏は大学のオープンキャンパスにも参加してみるつもりだったから、忙しくなりそうだ。
この頃、由衣夏は自分でトラウマを乗り越えるために、心理学をもっと学びたい、と思い始めていた。
将来カウンセラーになるとか、そこまでは考えていなかったが、大学に進学すれば、書店の本を読む以上のことが学べるはずだ。
進学する気持ちはあるが、両親が許してくれるかどうかも、わからない。
今のうちに自分でも稼いで、なるべく進学できるようにしたいと思っていた。
そう思ってアルバイトに励んでいたのだが、由衣夏がシフトに入っている時間帯にイタズラ電話がかかってくるようになった。
コンビニのアルバイトを、そんな仕事しても意味がない、とか、もっと稼げる仕事を教えてやろうか、とか、ニヤニヤ笑いながら電話をしているような気味の悪い男の声だった。
由衣夏は返事をせず、毎回無言ですぐに切った。
正直、もっと稼ぎたいとは思ったが、そんな仕事って水商売とかじゃないんだろうか。
由衣夏は紘美じゃあるまいし、自分の顔では雇ってもらえないだろうと思っていた。
紘美だったら、きっとナンバーワンとかなれるだろうな。
いや、取り巻きが使ってください、ってお金を貢いでくれるのかも。
と、いろんなことを妄想する。
紘美はゲンと何度もラーメン屋デートをしているようだから、気は合っているんだろう。
外見で比べると、紘美の方が有利に見えた。
これは、ゲンが振られて終わるかな、と由衣夏は想像した。
由衣夏はギャンブルには興味はないが、一緒に賭けをして楽しめる友だちがいないことを悔やんだ。
むこうも由衣夏を暇つぶしに使おうと思ったんだから、こちらも暇つぶしに、あのふたりの勝負の行方を楽しませてもらってもいいじゃないか。
今のところ、紘美が優位だが、これからゲンが社長になって成功したり、俳優になって有名になったら、優劣は入れ替わる可能性があるのだ。
そういえばゲンは幾つで、何をしている人なんだろう?
車を持っていると言うことは、18歳以上だろう。
貫通式の集まりで見たゲンは、一番若くて学生に見えたから、もしかすると大学生かもしれない。
それにしては女子校の帰りに待ち伏せをしているなんて、大学の勉強はまったくしていないようだ。
紗栄子がゲンのことを知っていたら、いろんな話ができるのになあ。
まあ今は仕方ない、ひとりで想像して楽しもう。
最近、由衣夏は学校ではジュリと話すことが増えた。
ミミが転入生の日村ユウとべったり一緒にいるようになってしまい、ジュリの居場所がなくなったのだ。
日村ユウは、ミミと同じ広島出身だから、話も合うんだろう。
ミミは特定の誰かを気にいると、その子と四六時中べったりひっついてしまい、3人以上で過ごすことができないところがあった。
誰ともべったりせず、満遍なくニュートラルに友だちづきあいをする子の方が多いから、どうにかなるが。
ジュリは彼氏からどうにかして顔を痩せろ、と言われているそうだ。
体は骨だけみたいにガリガリに痩せているのに、顔だけがまん丸で、アンパンマン、と影で言われていた。
誰に聞いたか忘れてしまったが、過食嘔吐をすると顔だけが浮腫んでパンパンに腫れるそうだ。
ジュリからは何も聞いていないが、わざわざその話題をすることはなかった。
そういえばケーキバイキングとか、ジュリが来たことがなかったなあ、と思っていた。
心理学の話をしたら、ジュリも興味を持ちそうだと思ったが、過食嘔吐を打ち明けられても困るし、自分のレイプ未遂を話すつもりもなかった。
ジュリがなぜあれほど、他の学校との合コンにばかりせいを出していたのかもわからなかった。
彼氏ができたら彼氏とばかり付き合って、休み時間とランチタイム以外、ジュリと一緒に過ごしたことはなかった。
もしかすると、ミミから迫られて、どうにかして早く彼氏を作ろうと頑張ったのかもしれない。
が、由衣夏はジュリとそんなに仲良くなりたいと思っていなかったので、当たり障りなく接していた。
日村ユウは、ニキビがひどいようで、肌が汚かった。
そのせいか、どこかオドオドしたような態度で、いつもミミの言うなりになっていた。
それがミミには良かったんだろう、ユウとべったり過ごしている。
ふたりが会話をしている近くを通った時、ミミが何か難癖をつけ、ユウがひたすらごめんごめんと謝っているのを見た。
ユウも転校してきたばかりだから、ミミがいてくれて助かっているだろう。
まんざら嫌そうには見えなかったので、放っておくことにした。
由衣夏が休日はアルバイトをしているし、ジュリも彼氏とデートだし、ユウとばかりいても退屈なのだろう、ミミは近所のパン屋でアルバイトを始めだした。
それには驚いたが、バイト先に男子学生がいて、その男子と話しているのが楽しいらしい。
これは、もしかするとミミに彼氏ができるかもしれない。
そうなってくれれば、また迫って来られたらどうしよう、とか、他の女子と話しているとじっとりした視線を送ってこられてめんどくさい、とか、余計なことを考えなくて済む。
パン屋でバイトをする男子なんて、なんとなくひ弱そうだが、ミミの性格には下僕のような性格の男の子が合うだろう。
授業の準備をしていると、ユウが寄ってきた。
ミミはひとりでトイレにでも行ったのだろう。
「もう〜助けて〜、どないしたらええん?
あいつ、たまにめんどくさい〜」
由衣夏はちょっと笑いながら、
「ミミ? テキトーに流しとけば?」
「ええ〜? それだけ?
うち、家も近いんよ、去年も一緒のグループだったんじゃろ?」
「まあそうだけど、わたしは特にベタベタせえへんかったし」
「うちに来とる、うちに来とるんよ」
「まあでも、助かってるところもあるやろ?」
「そりゃあるけど、めんどくさい〜〜〜。
うちだって他の人とも喋りたいし、ひとりになりたい時もあるんじゃけえ」
「パン屋のバイトで彼氏ができたら変わるんちゃう?
それまでの我慢やな。
気に入ってるみたいやし、多分すぐ付き合うと思うで」
と言って笑っておいた。
「なんでわかるん?」
「あの子は自分からぐいっと押していくから」
と、由衣夏は真顔でユウの顔を見て言った。
「そうなん?
ぶりっ子じゃけ、待つタイプと思ったわ」
真顔のまま首を左右に振る。
「え、そうなん? なんでそんな詳しいん」
ユウは興味が湧いたようだ。
「ん、なんとなく」
「え〜? なんかあったん?
あったんやろ。
そうとしか思えん。聞かして〜。仲間に入れて〜」
「さー、ま、そのうち」
「え〜、めっちゃ気になる〜」
そうこう言っているうちに次の授業の教師が来た。
由衣夏の言ったとおり、ミミはパン屋の男子とすぐに付き合いだした。
誰も聞かないが、ミミが自分からランチタイムに彼氏ができたんじゃ、とカミングアウトした。
ユウが小さい声で、ほんまじゃ〜言ったとおりじゃ、と驚いていた。
由衣夏は、ミミのわかりやすいところは嫌いじゃない、と思った。
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