第17話 二年生 7月
バイトが終わって店を出ると、クラクションを鳴らされた。
もしや自に向けられたものか?と思い、駐車場に停まっている車を見るとゲンの車だった。
手を振りながら、窓から中を覗き込む。
「乗ってくか?」
「うん、うち、ここから近いけど、ついでだから送ってよ」
友だちの彼氏だと思うと、変な緊張もせずに済んだ。
「お前さ、オレけっこうこの道走ってるけど、しょっちゅうお前がバイトしてんの見かけるぜ。そんなに働いてどうすんだよ」
「いや、夏に友だちがライブやるって言うから、その軍資金稼ごうって思ってるだけ。あとは服欲しいなとか」
「お前、バンドやってる友だちがいんのか」
「うん、コンサートで知り合ったんだ。
ゲンもバンドとか興味あるの?」
「前にやってたことがあるけど、オレはこんな性格だから、ケンカしちまってすぐ解散したんだ」
「ふうん、わたしと話してる時は、そんなに問題なさそうに思うけど」
「そうか?」
「ん〜、わたしが女だからかな。男同士だと違うんだろうね」
「そいつのライブ、良かったらオレも一緒に連れてってくんねえか?」
「うん、聞いてみるよ。
いいって言うんじゃないかな。
ところで、ゲンって何歳なの?
学生?」
「19。今んところ大学生」
「ふうん、大人っぽく見えるね。もっと年上かなって思ってた」
「まあ、今週中に20になるけどな」
「あ、そうなんだ、もうすぐ誕生日なんだね」
「酒も飲めるようになるぜ」
「はあ、お酒とか飲みたいんだね」
「家じゃ飲んでるけど、外じゃマズイだろ」
「わたしはお酒とか飲まないから、よくわかんない。
お正月にちょっと飲むけど、美味しいと思わないし。
なんで大人って、わざわざあんなに美味しくないものを飲んで酔っ払いたいんだろう。
ねえ、紘美とはどこで出会ったの?」
「ナンパ」
すごい、勇気ある、と思ったが、失礼かもしれないから言わなかった。
「ナンパかあ・・・」
由衣夏はナンパなど、されたこともなかった。
しかし、礼次郎と知り合ったのは、あれもナンパに入るのだろうか。
まあでも、紘美のような美女が歩いていたら、あの時礼次郎を見た時の自分のような気持ちになって、ダメ元でも話しかけてしまうかもしれない。
自分は運よく紘美とクラスメイトだが、違っていたらどうしていただろう。
そういえば紘美に告白した時も、クラス全員の前で言ってしまったなあ。
自分はもしかしたら、イノシシのように突進するタイプなのかもしれない。
ミミを押していくタイプだなどと笑えない。
自分こそ、突進タイプなんだ。
そう思うと笑えてきた。
視線を感じて、ゲンを見た。
「なに?」
「いやあ、女性は山の天気のようにコロコロ変わるんだなあと思ってな。
思いつめたような顔をしている、と思ったら、急に笑い出すんだ」
そう言って微笑みながら由衣夏を見てくる。
由衣夏はゲンに可愛いと思われているような気がして嬉しくなったが、いかん、これは女好きの手口だ、と気を引き締めた。
ゲンのような男は、女であれば基本的に全部可愛いと思っている。
由衣夏は自分が思っているより、すぐになんでも表情に出てしまっているのかもしれないと思って、焦った。
「この前さ、お前が紘美の顔が好きって、あれ、なんだよ」
「え? そのまんまだけど?」
「オレには意味がわかんねえんだけど」
「顔が綺麗だな〜って、ランチの時とか見てると、いつものご飯が倍ほど美味しいなあって思ってるだけ」
ゲンにはさっぱりわからないようで、首を傾げていた。
本当に聞きたいことは気づいていたので、由衣夏のほうから言ってやった。
「べつにわたし、レズってわけちゃうよ。
でも多分、めっちゃ面食いなんだと思う。
告白とかされて、いい人でも、顔が好きじゃないと無理って思った。
わざわざブスとか好きにならへんやん」
ゲンは黙って聞いている。
ピンときていないんだろう。
「たとえばさ、すごい好みの顔の人がいて、その人が男だったらどうする?」
ゲンはまだ黙っている。
「そういう体験ないわけね。
わたしと紘美ってのは、今言ったそれなの」
ようやく頷いた。
「顔がいいって、すごいね。
わたし、去年みんなの前で、紘美に好きだーって告白しちゃった。
でもこの前は失敗して、顔だけ、って怒らせちゃってん。
もう、どうしよう」
やっとゲンが吹き出して、
「なんだそりゃ」
「根に持ってるよ〜。
こないだ3人でいた時、わたしの顔が好きやねん、てあんたに言うんだもん」
「紘美って、芸能界とか行かないのかなあ?
あんなに綺麗なんだから、向いてると思うねんけど。
でもその話したらイヤな顔すんねん。
何か聞いてる?」
ゲンは何も知らないようだ。
それから好きな顔の芸能人の話をして、家に着いた。
礼次郎にゲンがライブに来たがっている話をすると、
「友だちの彼氏とふたりで一緒に見に来る?
それで、友だちは来へんわけね?」
それは変だ、と思ったようだ思ったようだが、礼次郎と由衣夏の関係も彼と彼女とは言えなかったので、怒れないようだ。
「ようわからんけど、まあええわ」
礼次郎と何度か会っているが、キス以降の進展はない。
相変わらずラブホテルには行くが、肩を並べてゲームをしながらダラダラとおしゃべりをしている。
無理に進めてこようとしてこないので、それは助かっているが、いつもホテルで、礼次郎の家には連れていってくれたことはなかった。
由衣夏はなんとなく気づいていたが、礼次郎は誰か女の人と一緒に住んでいるんではないだろうか。
礼次郎ほどのルックスなのだから、しかもバンド活動などをしているなら、ファンがいるだろう。
由衣夏ですら、もし自分が一人暮らしのをしていたら、同居を申し出たと思う。
それもあって、他の男とライブに来ることを怒れないのもあるんだろう。
礼次郎の周囲にいる他の女性も、自分と同じように思っても不思議はない。
そんな風に思うと、胸がチリチリとしたが、自分は礼次郎と肉体関係は持てないし、その負い目があるので確かめることができない。
確かめたところで、誰と住もうが礼次郎の自由だし、知ったからと言って、礼次郎に会いたかった。
それなら曖昧な方がいい。
礼次郎も、ゲンも、女の人が何人もいるんだろう。
由衣夏とはこういう付き合い方をして、他の事は別の人とすればいい、そう思っているから無理に求められたりしないんだ。
それは嬉しいが、ちょっと淋しい。
朝、登校中に乗り換えの駅のベンチで、礼次郎が横になって眠っているのを見たことがあった。
細い体で、ぐったりと横たわっている姿を見て、
これは・・・食べてないんだろうなあ・・・と直感したので、売店でパンとおにぎりとお茶を買って、礼次郎に渡した。
礼次郎はありがとうと言って受け取った。
由衣夏は学校に行くので、すぐにその場を去った。
バンド中心に生きていて、ボイストレーニングのレッスンや、練習に明け暮れているんだろう。
自分も一緒にレッスンに通いたい、と思って調べたが、レッスン代は数万円もかかり、入会金も必要で、由衣夏には続けることは難しそうだった。
曲を作ったりしているのかもしれない。
そうしたら、けっこう忙しいんじゃないかな。
残りのわずかな時間にアルバイトをしている程度だろうから、収入は由衣夏とさほど変わらないのかもしれない。
ライブをするにもお金がかかるんだろう。
やりたいことをやるにも、お金ってかかるんだな。
由衣夏も、大学に進学して心理学を学びたいが、それもお金がかかっちゃうし。
同じクラスの裕福な家の子が羨ましいな、と思った。
一人暮らしをさせてもらえて、ハイブランドのバッグを持ち、進学先の授業料を心配することもない。
そうしたら、今、礼次郎と一緒に暮らしているのはわたしだったのに。
しかし、考えてもどうにもならないのだから、虚しさばかりがつのった。
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