第15話 二年生 5月

礼次郎は、レイ、と言う名前で音楽活動していた。

スペルは、REI でも、LEI でもなく、RAY だった。

REI とかLEI は、同じ名前の人がいっぱいいるんだそうだ。

若く見えたが、すでに22歳で、由衣夏より6つも年上だった。

次のライブは夏ごろの予定だそうで、今はボイストレーニングとアルバイトをしているそうだ。

由衣夏は、歌が上手いのも大事だろうが、顔がいいって大事なんだなあとつくづく思った。

紘美といい、一目で人を惹きつけることができるって、すごいことだ。

自分があんなに積極的に人の名前を聞くなんて、生まれて初めてだった。

レイが女の子だったら、きゃー痴漢ーとか言われたかもしれなかった。

大阪城ホールを満員にする、と言う壮大な夢を持っている人。

由衣夏の夢は、トラウマを乗り越えて、老後の孤独死の恐怖から脱出すること、その程度だった。

自分にも、何か叶えたい夢でもあれば、こんなトラウマなんてちっぽけでどうでも良く思えたかもしれないなあと思うが、無理やり作るものでもないのだから、と考えて自分をなだめた。


学校の帰りに梅田を歩いていると、レイが立っていた。

相変わらず、異国の美少女のような風貌だ。

「あれえ、レイちゃん? 何してるん」

駆け寄ると、レイは持っていた一本の赤いバラを、由衣夏にポンと手渡した。

「帰り道にここ、毎日通るって言ってたやろ。

 待ってたら会えるかな、て思ってん」

由衣夏はバラを受け取りながら、感激していた。

生まれて初めて、男の子から花をもらった。

一輪だけだが、相手はこんなに素敵な礼次郎だ。

赤というには色が濃くて、黒に近いような暗褐色をしている。

花びらがベルベットのように艶やかだ。

礼次郎のセンスなんだろう。

「ぼく、梅田に好きなカフェあるねんけど、時間あったら一緒に行こ」

と誘ってくれたので、もちろんついて行く。

そこは梅田から少し新地の方へ歩いたところの、ビルの高層階にあった。

白と黒のタイルの床が大人っぽい。

観葉植物のグリーンがあちこちに置かれていて、まるで外国のようで、ゆったりとくつろげそうな空間が広がっていた。

窓の外は、大阪の街並みを一望できた。

なんてお洒落なんだろう。

由衣夏は自分の服装が子どもっぽく、お店にそぐわないんじゃないかと、おどおどしてしまった。

ソファに座ると、

「ぼくはチーズケーキのセットにしよっかな」

「わたし、紅茶だけ。アイスティーにする」

「ええの? ここのケーキ、美味しいねんで」

「ん〜、ひとくちだけくれる?

 学校の友だちとデザートバイキングにしょっちゅう行くから、控えんとデブルもん」

「ああ、そんなん行くんや。

 女子校やと、そんなん好きやろうね」

「みんなすごいよ、こないだ12個食べたって言ってた」

「えっ、ぼくも甘いもん好きやけど、12個はないなあ」

レイが驚いて白目を見せた。

「ワンホール以上よなあ」

「・・・すげえ。

 女の子って、好きやからって、そんだけも食べれるんや」

さすがに12個は、甘党のレイでも絶句するようだ。

よかった、目の前で食べまくる姿を見せなくて。

気をつけねば、女子に夢を抱いてる男子も多いのだから、ドン引きさせたら恋は終わる。

レイの前にフルーツや赤いソースが添えられた、小洒落たチーズケーキが届いた。

お洒落なお店は、盛り付けも素敵だった。

「あっ、可愛い」

「好きなだけ、食べてくれてええよ」

そう言って、ケーキのお皿を由衣夏の方に押し出してくれた。

そう言われても、本当に太りたくなかったので、ひとくちだけいただいた。

「ん、美味しい」

「な、言うたとおりやろ」

礼を言って、お皿を返す。

学校のことや、他愛のない話をしていて気づいたが、礼次郎は考え事をするとき、目玉を上に向ける。

その時、たまに白目をむくのだ。

ふだんの美少女ぶりが一気に崩れ、由衣夏はおかしくてたまらなかった。

「もう、ちょっとそれ、ひどいから」

と言って笑い転げていると、礼次郎はえっ、なになに?と言ってさらに白目をむいてみせる。

「もう〜、やめて〜!

 呼吸困難で死ぬぅ!」

ふたりで笑い転げる。


カフェの帰り道、並んで歩いていると、

「ぼく、君とふたりっきりになりたい、て思ってるねん」

と言って、手をつないできた。

由衣夏は素直に話すことにした。

「うん、わたしもレイちゃんのこと好きやし、ふたりになりたい。

 でも、エッチなことはできへんで」

礼次郎が一瞬黙る。

「できへん・・・?

 なんやろう。

 したくない、やなくて、できへん、て言うのが気になるねんけど」

「間違ってないよ。

 したくても、できへんねん。

 いや、したくないんかな」

「どう言うこと?」

ええっと・・・と口ごもると、

「まあええわ、せえへんでもええよ。

 とりあえず、ふたりきりになろか」

由衣夏は頷いて、小さな声で伝える。

「うん。

 あのね、キスはできると思う」

礼次郎はクスッと笑って、由衣夏の手を引いて歩き出した。


ラブホテル、なのだろう。

部屋の中は想像していたより綺麗だった。

「ゲームもできるし、カラオケもあるで。

 ドラマも観れるけど、ドラマなんか見だしたら、それ見終わるまでここでテレビ見るんか。わざわざここ来てそんなやつらもおるんか」

と、室内の設備を調べて、あれこれコメントをしている。

「ぼくゲームめっちゃ好き」

「ドラクエとか冒険するやつやったら子どもの頃やったことある。

 でもあのなんか格闘系の、いろんなボタンを素早く押すやつは無理ー」

「あれは慣れやねんけどなあ」

ふたりでテレビの前に並んで座る。

礼次郎はゲームの電源を入れ、あれこれ遊び始めた。

由衣夏はゲームをする礼次郎の横顔をじっと眺め、礼次郎がこちらを向いた瞬間に軽く唇を合わせた。

「ほら、できた」

「君、あんなん言うたわりに、積極的やねえ」

「えへへ、でもこれ以上はしたことないねん」

「ああ」

「なんて言うかな、性欲みたいなもんが、気持ちわるい、て思ってしまうねん」

そう言って、中学時代のレイプ未遂の話をした。

「そんなん、悪いんはその先生やん。

 君はなんも悪くないのに」

「そうやねんけど、好きになっても、なんか気持ちわるいって思ってしまうねん。なんでやろうね。そこが自分でもわからんねん。」

「一緒の布団で寝るとか、お風呂とかは入れるん?」

「布団はええけど、裸見られるんは恥ずかしいねんけど」

礼次郎は笑って、

「そうやな、まあ、いきなり裸ってな」

「ヌーディストビーチとか行ったら、平気になるんかな?」

「ヌーディストビーチ?

 温泉の混浴とかじゃあかん?」

「なんやろう、あんまりリアルさが無いシチュエーションの方が、逆に受け入れやすいんかな〜って思ってん」

「逆にって」

礼次郎のツボにハマったらしい。

なんの逆なん、と言って笑っている。

紗栄子といい、由衣夏のトラウマを楽しそうに笑い転げて聞いてくれる相手って、話しているとこちらも気が楽になる。

そんなに気にするほど、大げさな重々しい病気じゃ無いんだ、という気持ちになれる。

なんとなく、タイミングよく、ちょっとその気になれば、ひょいっと軽やかに越えれるんじゃないか、と思わせてくれるのだ。

「レイちゃん、裸になりたかったら、なってもええで」

と言って上着の袖を引っ張ったら、

「そんなんあかん。

 ぼくだけやねんて、ズルい」

「わかった、オヤジっぽいエロ臭さが苦手やねんわ」

「えっ、ぼく?」

と、礼次郎が慌てる。

「違うよ、レイプ犯の先生やん。

 エッチなこと、イコール、あの時のキモい親父、て図式が勝手に呼び出されるようになってしまってんねん」

「はあ、まあ、思い出してまうんやな」

「うん、でもエロく無いエッチなことなら大丈夫かもって思うけど、そんなんある?」

「そんなんって、どんなん」

「ん〜、ん〜・・・機械的な・・・?」

「もう、ぼくにはぜんぜんわからへん」

礼次郎が首を左右に振る。

由衣夏がはっと思いつき、人差し指を礼次郎の鼻の前に立てて告げる。

「ほら、あれよ!

 スターウォーズのC3POとかR2D2とやったらできるんちゃう?

 会ったことないけど」

礼次郎が吹き出して、ゲラゲラと笑いながら床を転がる。

「地球に来てくれるまで待つ気?

 自分で作るところから始めなあかんやん」

そんなアホな話をしていたら、2時間があっという間にすぎた。

由衣夏は夕食までに家に帰るから、と言って、梅田でお別れした。



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