第10話 一年生 12月

期末テストもどうにか終わり、クリスマスもアルバイトで、バイト先のコンビニで余ったケーキをもらって帰ったくらいだった。

不思議なことに、母はとても喜んだ。

ピエール・エルメでもなんでもない、普通のケーキなのに。

由衣夏はバイト先で何時間もずっとジングルベルを聞いていたので、帰宅してまでクリスマスに付き合うのはうんざりしていたので、さっさとお風呂に入って自室にこもり、ケーキは食べなかった。

恋人もいないと、クリスマスなどは他人事だ。

年末年始はバイト料が加算されるので、アルバイトしようと思っていた。

店長からお年玉がもらえる、と言う先輩の噂も聞いていたので、由衣夏はバイトする方が楽しみだった。

年が明けたところで、何がめでたいんだか。

由衣夏は世間のイベントに付き合う気は、まったくなかった。

クラスメイトは彼氏とデートしたり、パーティしたりしてるのかな。

ミミは終業式のその日に広島へ帰った。

家族で派手に過ごすのだろう。


27日だった。

紘美から電話がかかってきた。

「今からみんなであの部屋に集まって面白いことすんねん。

 絶対きて!

 めーっちゃ面白いから!

 もうみんな集まってきてるから。

 早くきて」

と、やけにはしゃいだ声で、言いたいことだけ伝えるとすぐに切られた。

由衣夏は、みんなであの部屋で鍋パーティでもするのかな、くらいに思って、バイトもなかったので出かけることにした。

手ぶらでいいのかなあ、と思ったが、クラスメイトだし、急な呼び出しだし、着いてから何か足りなければその時考えればいいや、と思った。

部屋のインターフォンを押しても返事がなかったので、ドアを開けてみたら、鍵がかかっていなかった。

「おじゃましま〜す」

と小さな声で言って、そっと中へ入った。

すると中には、知らない男の人たちが何人もいた。

フローリングの床に座っている者もいれば、立ってる人もいる。

服装はカジュアルだが社会人だろう、学生には見えない。

由衣夏の知らない人ばかりだった。

みんなって、紗栄子とかジュンがいるものと思っていた。

それに、中学の時の事件以来、由衣夏はわざわざ大人の男性のそばに行きたくなかったから、廊下の隅で様子を伺った。

輪の中心に紘美がソファに足を組んで座っていて、隣には地味でおとなしそうな女の子が座っている。

わりと可愛らしい女の子だが、同じ学校の子ではなかった。

なにが始まるんだろう?と言うような顔をしてキョロキョロと見回している。

「紘美ちゃぁん、俺ら呼び出して今から何するん?」

男の一人が聞いた。

紘美はニンマリと微笑みながら、

「まあ待ちいや、もうちょっと集まってからや。

 楽しみに待っとき」

と言って悠然とソファに座っている。

なんとなく、何かの親玉みたいな不遜な雰囲気だった。

この部屋の主なのだから、そうなるのか。

いつもの紘美と違って、どこか荒んだようなはすっぱな話し方だ。

由衣夏は、紘美のいつもと違った様子に、なんとなく声をかけそびれ、人の輪から少し離れた一番後ろの、出入り口に近い所の壁にもたれて立って様子を見ることにした。

その間にも、次々と男たちが部屋に入ってくる。

一人だけ学生と思えるような若い男の子が入って来て、由衣夏の隣に立った。

15人、20人・・・もっといるだろうか。

部屋にいる人間の中で、女性は、紘美と、おとなしくソファに座っている子と由衣夏の3人だけだった。

テーブルに鍋の用意など何もなく、ほんとに一体これはなんだろう?と思っていると、紘美が笑顔ですっと立ち上がり、

「ま、こんなもんやろ、そろそろええかな」

と、言って、隣に座っている女の子を立たせた。

そして、おもむろに、

「今から、貫通式をしま〜す!

 この子は、正真正銘の処女やで」

と、言いだした。

・・・なんと言うことを始めるのだ。

由衣夏は驚いた。

今から大勢が見ている目の前で、あの女の子を誰かに抱かせる気でいるのだ。

女の子はぽかんとした顔をしている。

紘美がその子の腕をしっかりと掴んでいるが、女の子はその場に硬直していて、逃げる素振りは見えなかった。

男性陣には、へえ〜と言って手を叩いている者もいた。

「あ〜っはっは!

 おもしろい、おもしろい!」

紘美はそう言って笑いだした。

隣の女の子は、呆然としたままだ。

しかし、由衣夏も処女だ。

ここに自分が来ているのがバレると、次は由衣夏を餌食にされるかもしれない、と言う恐怖が頭をよぎった。

ゾッとした。

その時、隣に立っていた若い男子が舌打ちをして、

「なんだそれ。

 オレはこんなのキライだぜ」

と言って、さっさと玄関の方へ歩き出した。

由衣夏は彼の勢いにつられるように、後に続いで部屋の外へ出た。

あの女の子があの後どうなるのか気になったが、助けに入るのは無謀すぎる。

男子の後についてエレベーターホールに向かいながら、

「びっくりした、何あれ?

 いつもあんなことやってんの?」

「知らねえよ、オレ、いきなり呼び出されただけだから」

「あたしもやけど、あれ、あの後どうなんのかな?」

「さあ、紘美が自分で呼んだんだから、自分でどうにかすんだろ」

と、あっさり割り切っているようだ。

そうだ、人のことより、自分の身を守らねば。

この男子が帰ってくれて助かった。

あの女の子は、恐怖で硬直しているように見えた。

わたしも、見ているだけで怖かった。

この男子が帰ってくれなかったら、わたしは自分から帰るタイミングを見つけられなかったかもしれなかった。

そうしたら、今もまだあの部屋にいて、あの子の後で、次にわたしが何かされたかもしれないんだ。

考えると手が震えてきた。

男子はちょっと感心したように、

「しかし、あいつは電話一本であれだけの人数を集めれるんだな。

 お前にそれができるか?」

と聞いてきた。

首を左右に振る。

男子はそこが悔しいようだ。

「あの部屋も、自由に使ってくださいって男の人にもらったみたいだよ」

ついでに教えてやると、さらに悔しそうな顔をした。

由衣夏はそんなことより、後ろから誰かが追いかけてきてないかとか、そっちの方が気になった。

「びっくりした、あんなの、怖い。

 あの女の子が、自殺でもしたらどうするつもりなんやろう」

そう言うと、男子は黙って由衣夏をじっと見て、

「家まで、ってのは無理だけど、駅までだったら送ってやってもいいよ。

 オレ、車だから」

と言ってくれたが、駅までの道はそう遠くないので歩いて帰ることにした。

ひとりで電車に揺られながら、呆然とした。

同じクラスの、同い年の女の子が、男性から自由な部屋を提供され、電話一本で大人の男を20人近くもすぐに呼び出せるのだ。

男だけでなく、女も。

顔が美しい、とそれだけで出来ることが違うのだ。

その差をまざまざと見せつけられた。

しかし、それよりも、あの女の子が自分じゃなくて良かった。

あの子がわたしより先に来ていなかったら、もしかしたらわたしがあのポジションだったのかもしれない。

そして、今から好きでもない初めて会った知らない男に、20人に見られながら裸にされて抱かれる・・・。

そう思うと、なんとも言えない気持ちがこみ上げてきた。

残酷だ。

紘美は、なんのためにあんなことをしたのだろう。

自分の力を見せつけたい、知らしめたい、って思ったのかな。

あれだけの人数を集めておいて、どんな後始末をつけるんだろう。

冗談よ、今からみんなでどこかへ行ってパーティしよう、どこか知らない?とか言えば終わるのだろうか?

急に呼び出してそれはないだろう、と襲われたりしないんだろうか。

もしかすると、紘美はあの全員と寝たのかもしれない、と思った。

ぜんぜんかっこよくない人もいた。

むしろダサい男も。

紘美は今まで何も話してくれないが、芸能活動をすすめるとイヤな顔をした。

その時に何かあったんだろう、と思う。

何かわからないが。

もしかしたら、今日のような目に、紘美自身が遭ったことがある?

その可能性もあるが、聞いても話してくれないだろう。

あれが、おもしろいのか?

由衣夏には、その時の紘美の様子が、とても楽しそうに思えなかった。








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