第9話 一年生 11月
文化祭のシーズンだ。
うちのクラスは、フェアトレードの紅茶とチョコレートを販売する、と決まっていた。
最初は、学校一の美女の紘美をヒロインにして演劇をしたらどうか、という案が出た。
アイデアは、ひとりずつ白い紙に名前を書かずに記入し、箱が回ってきて、そこに投入する。
誰が何を書いたかわからないようにするシステムだ。
学園祭当日は、生徒が各自入場チケットを振り分けられ、誰でも呼ぶことができた。他校の友達や彼氏も呼べる。
お店をしたい子が多かった。
店なら、彼氏が来た時に、当番の時間を代わってもらう事もできるからだ。
そんな中に、紘美をヒロインにして劇をする、というアイデアがあって、由衣夏はそれはぜひ見てみたい、と思った。
紘美本人は、無表情な顔をしていた。
投票枚数が少なかったことと、演劇は練習や衣装などの準備が大変なことで却下された。
お店も、何かを調理して売る、となると検便などしなくてはいけなくなるそうで、面倒なことを避けると、フェアトレードで仕入れた輸入品を販売する、と言うのが一番楽な上に対面もいい、との判断が下された。
一年生のうちから、こんなにやる気がなくていいのだろうか。
これがクラスカラーというやつだろう。
やりたくもないのに、熱い一部のメンツにクラス全員がいやでも付き合わされるような雰囲気のA組を見ると、このクラスでよかった、と思った。
品物は担任が仕入れてくれるそうだ。
生徒は売り子をするだけで、店番も2人もいれば大丈夫そうだ。
由衣夏のうちは家族も来ないと言うので、中学校の友だちを呼んでもチケットが余ったから、クラスメイトにあげてしまった。
決定後、由衣夏は紘美のところへ行って、
「やっぱりなーって、一番楽そうなんに決まったなあ。
せっかくやから野々宮さんが舞台に立ってるの、見たかったわ。
劇とか見ないから何がええかわからんけど、ジュリエットとかさあ。
絶対綺麗やと思うわ」
とか言っていたら、ミミがどこからかやってきて、紘美に向かって、
「由衣夏なんか、こっちから誘ってやってもなんもできんような意気地なしじゃけんね」
と言った。
何を言い出すのかとギョッとしていたら、紘美が、
「わたしも断られたよ」
と、あっさり言う。
由衣夏はやめてくれ〜と心の中で思っていた。
周りの子たちは、しんとしていたが、聞き耳を立てているのがわかる。
紘美のひと言は、わたしの賛美へのお礼?
なんだかこれって、わたしが女子を2人も振ったようになってないか?
しかもそのうちひとりは、紘美だ。
でも、以前みんなの前で紘美に告白したことを覚えている子もいるだろう。
それなら、なぜ何もしなかったのか、と思われているだろう。
そこで、
「わたしは、結婚するまで誰ともしない主義なだけです!」
と、言っておいた。
はあ、どうなることやら。
そう言うと、ミミは頷いて引き下がった。
今のやりとりから察するに、どうやらミミがダイエットしたりして、ライバル視している相手は紘美だったように思う。
すごいな、勝算がある、と思ってるその自信に驚いた。
由衣夏の目には、ミミがどれだけ痩せたとしても、ミミは紘美には絶対に勝てない、と思っていた。
しかし、ミミみたいな言動をしていれば、数だけならたくさんの男を手に入れることができるのかもしれない。
もちろん、紘美の周りの男たちとはランクが違うだろうが。
由衣夏は紘美が部屋をもらっていることを誰にも話していなかったから、ミミが知ったら驚いて、負けを認めるだろうと思った。
しかし、そこまでして紘美の肩をもつつもりもなかった。
紘美が2学期から何か考え込んでいるように見えるのが気になっていた。
夏休み明けから、長かった髪を切って、あごの下あたりのワンレンボブに綺麗に切り揃えていた。
それもそれで似合っているが、元から可愛いタイプではなく綺麗なタイプの紘美だったので、クールで理知的な雰囲気が加わり、さらに頑なそうで近寄りがたい雰囲気を強めていた。
中学時代エスだった由衣夏には、性的なことなしに女子に好きとか言うのは特におかしな事でもなかったのだが、紘美にはそんな経験はなさそうだ。
取り巻きの男連中に囲まれて、お姫様、女王様、だったんだろうと思う。
もしかしたら、あの日、由衣夏に迫った事で、紘美はセクシャリティに揺らぎを感じ始めたのかもしれない。
しかし、その話題を持ち出すのは難しい。
紘美は、考えてから話すタイプで、紗栄子と一緒にいるときのような軽い会話のノリで話せない。
プライドも高いから、冗談のつもりで言っても、すごく怒って根に持たれそうな気がしていた。
ミミとはまた違った意味で、扱いが難しい。
ミミはきゃんきゃん騒がしく、すぐに怒るが、なんだかんだ言いつつ許してくれるし、母性的なところがあって、困っているとそっと助け舟を出してくれるような面倒見のいいところもあった。
それは、由衣夏に気があるからかもしれないが。
まあいいや、あれ以上大ごとにならないで終わってくれて、助かった。
「野々宮さんは、来年も文系?」
「うん、そうやで」
「そっか、わたしも文系だから、来年からも、よろしくね」
と言ったら、ふふっと笑ってくれた。
いいんだ、これくらいで、わたしは十分幸せだ。
理系に行くメンツは、クラスで目立たない地味なグループから数名出ただけだった。
その中には、数学のわからないところを教えてくれた子がいて、困る度に助けを求めていたなあ、と思っていた。
由衣夏は挨拶がてら、
「理系クラス行くって?
やっぱりなあ。
これからわからんことがあった時、不安やわあ。
今から次は誰を頼ればいいのか、今からめっちゃ探してるし」
「はははっ。
好きじゃないことでも、自分でやろうとしたら出来るよ」
と言ってくれた。
文系クラスと言え、大学受験の際には5科目が必要となることもあるし、苦手な数学からは逃れられないのだ。
どうやら、自分は好きなこと以外、やる気が出ないようだ。
だから、何か好きなことを見つけて、それを頑張ることが性格に合っている、と思うが、とくに今のところ好きなことは思いつかない。
本を読むことは好きだが、活字中毒のように文字さえ書かれていれば何でもいいわけでもなかった。
小説も読むが、どちらかというとエッセイや、ノンフィクションの方が面白いと思っていた。
だからって国文学部って安直すぎるしな。
紗栄子などは、ライブやコンサートにしょっちゅう行って楽しそうにしている。
みんなで一緒になってわーってやってるの、楽しいのになあ、と言うが、好きでもない歌手のライブに行ってもわーっとなれるものだろうか。
まあそんなことを悩んでいる暇もなく、期末試験がやってくるのだろう。
ふう・・・とため息をついて、ひとりでぼんやりしていると、
「何かお悩み?」
別のグループの活発そうな女子が話しかけてきた。
「さっきの、結婚するまでは誰ともしないって」
「うん、そのつもりでいるけど」
「と言うことは、あんたはバイセクシャルかもしれへん、てわけやね」
と言われて驚いた。
きょとんとした顔をしていたようだ。
「あれ、知らない?
男も女も、どっちも好きな人もおるんやで」
正直言って、知らなかった。
「ノーマルと同性愛しかないって思ってた?」
楽しくてたまらないような顔をして話してくる。
もっと詳しく聞きたかったが、中村リカがつかつかと来て、
「こらあ、お前ら、その話はすんな!
もめた時に面倒な目に遭うんは、ワシやねんぞ!」
と言って止められた。
なるほど、リカがクラス内で、レズとかの話題を禁止していたのか。
退学事件は、確かにわたしも困った。
活発な女子は、手をひらひらと振りながら、リカにはいはい、わかってるって、ごめんごめん、と言いながら、わたしに小さな声で、
「悩んでたら何でも教えたげるから、いつでも聞いて」
と、言ってくれた。
しかし、噂好きの野次馬と言うか、口が軽そうで、あの子に話すとすぐにクラス全員に話されてしまいそうだ。
暇つぶしに面白がっている連中を楽しませるつもりなんてない。
自分で調べることにして、黙っておいた。
性的なことを嫌悪していたから、ネットで検索すらしたことがなかった。
ネットで調べるくらいなら、大丈夫だろう。
そう思って、帰り道、ひとりになるとすぐにスマホで調べた。
あの子が言う通り、バイセクシャルどころではなく、ものすごく細かく種類があった。
由衣夏は、自分はアセクシャルなのかなあ、と思った。
でも元々は違っていて、レイプ未遂の事件からそうなったのだから、後天的なアセクシャル、と思う。
でも結婚はしたいんだけどなあ。
枯れたイケメンとか、いないだろうか。
そう思っていると、またリカが歩いているのを見つけた。
すぐに見つけることができる金髪だ。
「今日はごめんな」
と言って話しかけると、
「ああ、もうあんなんワシ、かなわんわ」
と、言う。
「そんなん言うてるけど、ミミのことネコや、とか言って、なんか詳しそうやん」
「そりゃワシ、内部やもん。
ずっと女ばっかりの中におるんやから、色んなやつおったで。
ネコは卒業したらすぐ結婚しよるから、気にせんでええで」
と言う。
たしかに、ミミは気持ちよくなりたいだけ、みたいなことを言っていた。
気持ちよくなれれば、男でも女でもいい、ってわけか。
つまり、ミミは受け身専門のバイセクシャル、なんだな。
そんなことを考えて女子校に進学を選んでいなかったから、こんな悩みができるとは予想外だった。
由衣夏は、一番の疑問を口にしてみた。
「なあ、なんでさあ、わたし、する方と思われてんのやろ」
「ええ?
それは、さあ・・・」
と、リカにもわからないようだ。
きっとミミと一緒にいたせいだろうなあ。
ついてしまったレッテルを剥がすのは、大変そうだ。
違うと言えば言うほど勘ぐられそうだし、クラスメイトはそこまでわたしに興味もないだろう。
開き直るか、気にしない、しかないように思えた。
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