第4話 一年生 6月
学校帰り、電車の乗り換えのために梅田を歩いていると、リカを見かけた。
なんとなく、由衣夏の方から話しかけた。
「よっ」
と、言うと、リカは、
「おう、お前もこっちか」
と言う。
リカの口調がまったく女っぽくないので、なんだか気兼ねなく話せた。
女っぽいタイプだと、ちょっとした失言ですぐに機嫌を損ねたり、わけのわからないことでいつまでもネチネチ言われて、女友だちって面倒だと思う時があったので一緒にいるとそれだけで気を遣わされてしんどいのだが、リカといると、ぜんぜん女と一緒にいる気にならなかった。
かと言って、男といるような気分になるわけでもない。
リカは黄色に近いほど茶色い長い髪に、太いフレームのメガネ。
太めの体型にオシャレとも言えないカジュアルなファッションを着ていて、何かのオタクだろうなあという風貌に思えたが、尋ねるのはやめておいた。
あの金髪のおかげで、この人混みでも見つけることができたんだなあ。
もしかしたら、リカはハーフとかかもしれない。
「お前もこっちやったん?」
「そうや。こっからまだまだよ。往復3時間くらいかかってるねん」
そう答えると、リカが3時間!?と声をあげた。
「うちって、そこまでして入りたいような学校か?」
「うん。レズちゃうけど、男のおらん学校に行きたかってん。
男おったらめんどくさい、て思ってたけど、おらんでもめんどくさいんやな。
そこは誤算やったわ。
うちって制服ないし、服自由やん?
べつに隠れて何かするわけちゃうけど、制服着てたらそれだけで見張られてるみたいで息苦しいなって思ってたから」
「ああ、わかる。それはあるな」
ナオミの退学の件が、相手が悪いとは言え少しだけ気になっていたから、話を聞いてみたかった。
リカの一言が騒ぎの火に油を注いだようなところもあったが、退学するということは今さらだが、けっこう大きな事件だったと思う。
リカはクラス委員だから、担任ともいろいろやり取りをしただろう。
もしかしたら、ナオミの家族から事情を聞かれたりしたかもしれない。
「ナオミ、家に呼びに行ったんやろ?
そん時、どうやったん?」
リカはああ、と、そんな面倒なこともあったな〜という顔をして、
「いっぺんだけ家行って、学校来うへんのか?て聞いたら、行かんて言うから、わかったって帰ってきただけ」
聞いてみたら、ずいぶんあっさり引き下がったことに驚いた。
それだけで終わりになった、と言うことは、担任もあまり生徒の面倒事に関わりたくない、と思っていたのだな。
もしかしたらナオミが親に何も話さなかったのかもしれない。
それは自分の非を認めたと言うことか。
親に自分のしたことが知られると、無理やりわたしに謝らされるかもしれない、と思ったのだろう。
リカも担任に頼まれたから、形だけ行っただけのようだ。
出席番号だけで選ばれて、やりたくもないクラス委員をさせられてるんだものな。
担任やナオミの親も交えての話し合いにならなくてよかった。
「なんや、あいつのこと、気になるんか?」
とリカが聞くので、
「いや、あの時のことであんたに迷惑かけたかな、って思っただけやから」
そう答えると、
「わし、いっぺん家行っただけやし、すぐ帰ったし。気にしてへんで」
と言ってくれた。
互いに関心がないので、ならええねん、じゃあ、とあっさり別れた。
由衣夏は中間テストも開けたので夏休みに向けて、アルバイトでも探そうかと考えていた。
私立の高校に通っている子は、高校生だというのにハイブランドの財布やバッグを持っている子がちらほらいた。
特に内部進学者に多かった。
ミミはクラスメイトの持ち物を目ざとく見つけ、あの子よりいいものが持ちたいと電話で両親にねだったようで、すぐにヴィトンのバッグが届き、持ち歩いていた。
羨ましいくらい娘に甘い親だ。
バッグの優劣など、お気楽な悩みだ。
由衣夏は、ハイブランドとまではいかなくても、中学校の時と同じ財布を持っている自分が子どもっぽく思えて恥ずかしかったので、新しいものが欲しかった。
公立の高校に進学してほしいと言う両親に無理を言って私立に通わせてもらっているような身の上だったから、由衣夏は自分で稼ぐしかなかった。
外部入学者で、公立に落ちて来ている子もいた。
そう言う子と話していると由衣夏は似たような境遇の人もいるんだ、と感じることができ、少しだけ気持ちが楽になった。
奨学金を借りないでいれるだけでも良かった方だった。
中には学費をアルバイトをして稼いでいるような子もいた。
6月にもなると、クラス内もはっきりとグループ分けができていた。
が、中学生時代と違って、グループの友だちだけとべったりしているというわけではなく、みんな気軽にいろんなグループと交流している。
由衣夏はナオミの退学事件以来、ちょっとみんなから敬遠されているような気配を感じていた。
あまり他のグループとは仲良くはなかったが、だからと言って拒絶されているわけでもなかった。
通学の電車で会うと誰とでも会話はする。
ナオミに怒っている姿を見て、性格がキツイとか思われたのかもしれない。
まあ、今さら仕方がない。
あそこまで怒らせた相手も悪い。
普段の由衣夏はどちらかと言うとおとなしいタイプだ。
だから見くびられて、あんなことを言われたのだから、結果的にはよかったのかもしれない。
女子校に進学したいと言った時、母親は女の世界は大変だ、男と女の両方がいてこの世界ができているんだ、と説得してきた。
中学の時に由衣夏があんな目にあったと言うのに、自分の娘の気持ちも知らず、よくそんなことを言うものだ。
まさか忘れたわけでもあるまい。
未遂だったからと言って、なかったことにはならないのだ。
いくら親と言えど、自分の身に起きた出来事ではないから、他人事のようなところがあるのかもしれないな。
そういえば事件当時も、あまり親身になってくれた覚えがなかった。
由衣夏はその会話以降、母に胸の内をさらけ出すように話すことはなくなった。
中学生までは、なんでも母に話していたのになあ。
これが大人になる、と言うことかな。
困り事が起きたとき、母に相談すると、母の時代の考え方で解決策を提案されるが、素直にその通りにすると、いつの時代の考え方だと、クラスの笑い者になってしまうことがあった。
母に相談するより、自分で考えた方がマトモだと思える解決法が頭に浮かぶようになってきたのだから、仕方がない。
金銭面でも、頼れなかった。
弟もいるから、大学に進学するとなると、奨学金を借りることになるかもしれないなあ、と由衣夏は冷静に考えていた。
自宅までの電車で過ごす長い時間、明るいことを考えられない。
電車が田舎に向けて進むにつれて、乗っている人の雰囲気が変わっていく。
やはり地元の子と比べると、今の学校のクラスメイトたちは都会的でおしゃれな子が多いと思う。
公立に進学していたら、地元のダサいセンスが当たり前になっていたんだろう。
同じ中学校の友だちと会うと、ああ、やっぱりなんか私立の子と比べるとダサいな、と思ってしまっていた。
ヘアピンの留め方から違っていた。
そもそも、あんなヘアピンを選ばない。
売っている商品から違うのだろうか。
靴下も、スカートの丈も、全部が違っているように思う。
それだけでも、都会の私立に進学して良かった、と思えた。
由衣夏は、クラスメイトから見下された理由のひとつに、自分がダサいことがある、と気づいていた。
ハイブランドは買えなくても、ダサいからは脱出しなくてはいけない、と思っていた。
ミミがあんなに上から目線で誘ってきたのも、ナオミやカオリから見下されたのも、全部自分がイマイチだからなのだ。
由衣夏も相手をイマイチだと思っていたが、お互い様だったのだ。
イマイチな者同士が、自分を棚に上げてお互いにディスりあっていたのだ。
なんとも滑稽だ。
そう考えると、紘美の優しさが胸に沁みた。
バカにせず、今もランチを一緒に食べてくれている。
由衣夏はとりあえず全身が映せる姿見を買って、家を出る前は靴を含め全身をチェックすることにした。
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