第3話 一年生 5月
ゴールデンウィーク明けのある時、あの日の出来事をすっかり忘れて、ミミと2人で並んで座っていると、後ろの席の子に背中をつつかれたので振り向いた。
小柄で色黒の地味な子が真顔で座って、こちらを見ていた。
たしか七瀬ナオミだったか。
ナオミの隣にはクラス委員の中村リカが両腕を頭の後ろで組んで座っている。
出席番号が前後なので、一緒にいるんだろう。
ナオミが由衣夏に手を見せてほしい、と言ってきたので、由衣夏は手相占いでもしてくれるのかと思い右手を見せた。
ナオミは由衣夏の手を両手でつかんで、しげしげと眺めていたが、そのうち定規を取り出して指の長さを測り始めた。
さすがに由衣夏も気味が悪いと思い、
「ちょっとそれ、何やってんの?」
と聞いたら、説明をせず、
「レズかどうか確かめてんのよ。
あんたたちレズでしょ」
と、睨みつけてこられた。
由衣夏にとっては、思いも寄らない言葉だった。
何を根拠に勝手に決めつけているんだ、と腹が立ってきた。
もしそうだったとしても、なぜ睨まれねばならないのだ?
ナオミの隣で中村リカが、
「ミミなんかどっから見ても、ネコやもんなあ」
と退屈そうに呟いた。
根拠のない決めつけに、由衣夏はイライラしてきた。
たしかに、ミミはそうかもしれない。
ミミがそうだとしても、なぜ一緒にいるだけで、わたしまでレズだと決めつけてくるんだろう。
おそらくミミが寮にいた時に何かあったんだろう。
ミミは急に一人暮らしをはじめたし、由衣夏はその理由をはっきりと知らされていない。
ミミの性格的に、自己中なわがままで揉め事を起こしたのかもしれない。
そして、それは性的なことだったのかもしれない。
寮にいる生徒から、ミミのことを何か聞いたのだろう。
だから、こいつらはこんなに自信満々なのだ。
それならば、わたしじゃなく、ミミに言えばいいのに。
いくら友だちでも、これ以上巻き添えを食わされるのはごめんだ。
リカの言葉を聞きつけ、ひとりの女子生徒が
「ええっ、レズ?
そんなのがこのクラスにいるの?」
と、騒ぎ始めた。
西野カオリだ。
ああ、騒ぎが大きくなりそうだ。
もう、カンベンしてよ。
由衣夏は入学して間もないのに、わけのわからない言いがかりをつけられ、ウンザリしていた。
七瀬ナオミが睨む後ろで、そんな人が同じクラスにいるとは思わなかったと西野カオリが騒ぐ。
リカとミミは黙ってじっと様子を伺っている。
ナオミが睨みながら、
「なんとか言ったらどうなの、このレズ!」
間髪入れずにカオリが叫ぶ、
「いやあっ、気持ち悪い!
レズやなんて!
ぜったいわたしのことを好きにならないでよ!」
由衣夏の我慢の尾が切れた。
「やかましい!
お前らは黙って聞いとったら勝手に決めつけやがって!
友だちが仲良くしてるの見つけたら、いちいちレズだとお前らは思うんか!
わたしはそんなん見ても、レズやなんて思ったことないわ。
いちいちそう思うお前の方が怪しいんちゃうんか!
女見るたびに、あれもレズかな、これもレズかな、って仲間探してるみたいにしか思えへんで。
もしわたしがそうやったとしても、お前みたいなやつなんか視界にも入ってへんわ。
お前らなんか一生相手にせえへんから安心せい!」
一気に怒鳴り散らした。
ナオミが目を見開いて黙った。
カオリもおとなしくなった。
由衣夏はそう大した特徴のない、どっちかと言うとブスだと思っていたレベルの女に、絶対に好きにならないで、なんて言われたことにも腹が立っていた。
どのツラを下げて、わたしがお前らレベルを相手にすると思ってるんだ。
どこからそんな根拠のない自信が湧いてきているんだ。
レズだったら女ならなんでもいいとでも思っているのか。
バカにするのもほどがある。
わたしから好かれることなどありえない、そうその場にいる全員に思い知らせておきたかった。
この女には敵わない、そう思わせることのできる女は、この学年には1人しかいない。
そこで、すっくと立ち上がり、足早に紘美の正面に立ち、
「野々宮さん、わたしが好きなのは、あなたです。
あなた以外には興味はありません。
もっときちんと伝えたかったけれど、こんな風に伝えることになってしまったことを、許してください。
気持ち悪い、と思ってくれても構いません。
付き合ってもらいたい、なんておこがましいことを考えていません。
あなたを見ることだけを、どうか許してください」
一息に言い切った。
紘美は黙って最後まで、由衣夏の目を見つめながら聞き、ゆっくりと、
「はい」
とだけ言った。
「ありがとう」
礼を言って、由衣夏はさっさと席に戻った。
紘美にかなうと思うようなヤツがいればかかってこい。
そんなヤツはいないだろう。
これで卒業までの平和は守られた、由衣夏はそう思っていた。
その後、間を置かずに次の授業の先生が入ってきたので、そのままその話は終わった。
と、思っていた。
ナオミが翌日から、学校に来なくなったのだ。
リカが担任から何かを頼まれたようで、由衣夏に、
「呼びに行くからお前も一緒に来てくれや」
と頼んできた。
リカの男みたいな口調から、こいつこそがレズじゃないのか、とちらりと思った。
由衣夏は、なぜ自分が出向いてやらねばならないんだ、と思って同行を断った。
学校に来づらいのはわかるが、最初に言いがかりをつけてきたのはナオミの方なのだから、ナオミがわたしに謝るのが筋ではないのか。
そういうと、リカは困ったように、
「そうやねん。
お前の言うてることは正しい。
わしもそう思てるねんけど、お前も許したってくれよ」
と、家族か彼氏のように言う。
親でも彼氏でも友だちでもない由衣夏は、謝ってもらいもしていないのに、許すことなどできない、といって断った。
きちんと謝るなら、わたしも嫌がらせなど何もしないと約束する。
この程度で学校に来ないなら、あの子にとって、学校はその程度のものだっただけだ。
どうしても学校に来たければ、わたしに謝ればいい。
リカの言うように、すぐに許すと相手をつけ上がらせるだけで、本人のためにならないし、リカ、お前もバカにされるだけだぞ。
そう言うと、リカは頷いてひとりでナオミの家に向かったが、ナオミは学校に来ることはなく、そのまま退学していった。
みな、由衣夏の言うことが正しい、と思ってくれたようで、誰も由衣夏を責める生徒はいなかった。
なぜだかわからないが、委員のリカが由衣夏のいないところで何かクラスメイトにお触れを出したのかも知れない。
この事件以降、レズのことが話題にされることはなかった。
由衣夏は、助かった、これで卒業までの平和が守られた、と喜んでいた。
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