第2話 一年生 4月
由衣夏が入学した高校は、一学年約80名の生徒を出席番号順に真ん中で分け、あ行からた行までがAクラス、な行からわ行がBクラスとされ、卒業までの3年間、クラス替えが行われることはない。
ちょっと変わっているのかもしれないが、そう決められていた。
幼稚園からある私立の女子高等学校で、学年の半数が内部進学者、半数が外部受験の入学者だ。
もちろん、生徒は女子ばかり。
内部進学でも、成績のふるわないものは高等部へ進学できず、外部を受験することになる、それなりに厳しい進学校だ。
由衣夏は高等部からの外部入学者だ。
苗字が林のため、B組に分けられた。
この学校は私立だが、制服がないので、そこが自由に思えて進学する決め手になった。
いちおうあるのだが、着ても着なくてもいいのだ。
入学式後のクラスのオリエンテーションで、担任の口から出席番号1番の者がクラス委員と発表された。
B組1番の中村リカは、その場でえ〜っと大きな不満の声をあげたため、自己紹介する前に、皆から顔を覚えられてしまった。
「紹介前に誰だかみんなに知られてしまったようですが、中村さん、自己紹介をお願いします」
担任がそう言って、リカに自己紹介を促した。
クスクス笑い声の中、リカは椅子から立ち上がった。
「はい、な行なのに1番になるとは思ってもみませんでした、中村リカです。
内部進学ですが、外部の人とも仲良くしたいと思ってますので、これから3年間、よろしくお願いします・・・って、わたし、3年も委員っすか〜?」
と、担任を仰ぐと、担任は申し訳なさそうに笑いながら、
「ご不満でしょうが、言いたいことがあれば、校長か理事長にお願いします。
くれぐれも私には・・・。そんな権限ありませんので」
頼りない答えに、リカはため息をついて着席した。
そのやりとりを見て、リカはわかりやすい性格のようで、この子が委員だとやりやすそうだ、と由衣夏は思った。
その後、ひとりずつ順番に名前と自宅の場所などを簡単に言って自己紹介をした。
どうやら自分と出席番号が近い子たちは、外部進学者が続いているみたいだ。
内部進学の子は内部の子たちで固まってしまうだろうから、近くの子が内部の子ばかりだと友だちが作れないかもしれない、と不安に感じていたが、これなら大丈夫そうだと安心した。
由衣夏は後ろの席から、背中をつつかれたので振り返った。
菱田ミミが、舌ったらずの甲高い声で、
「うち、広島から引っ越してきたんじゃ」
という。
「こっちに誰も知ってる人がおらんけん、仲ようして」
首を傾げて、甘えるように頼んでくるので、由衣夏は自分も外部入学でこの学校に知り合いはいないから、こちらこそよろしく、と言った。
ミミは、ぱあっと笑顔になり、
「良かったあ。
電車とかもわからんけん、不安じゃったんよ」
電車ぐらいなら大丈夫だから、なんでも聞いて、と返事をした。
話によると、両親は海外にいて、ミミは今は寮に入っているそうだ。
でも、門限が厳しくて部屋も狭いから、近所の地理がわかってきたらすぐに一人暮らしをするつもりでいるという。
由衣夏も一人暮らしをしたかったが、親が許してくれなかった。
通学に1時間以上かかるが、それでも女子校に通いたかった。
ミミは自分の後ろの席の、藤野紗栄子にも話かけていたようで、すぐに3人は打ち解けることができた。
由衣夏は少し引っ込み思案なところがあったので、ミミの社交性に助けられていた。
はじめは3人でランチをしていたが、紗栄子が野々宮紘美と帰りの方角が同じで、通学中によく顔を合わせるそうで、すぐにランチの輪に紘美が加わった。
由衣夏は紘美の顔を見た時、芸能人ってこんななのかな、と思った。
完璧なパーツが、完璧なパーツに配置されていた。
由衣夏の思う、完璧な美、がそこにあった。
一緒にランチができるんだ、と思うと胸が弾んだ。
そして出席番号が離れているが、成瀬ジュリが、ミミと同じ体操部だそうで、また増えた。
そんな風に5人という割り切るのが難しい人数だったが、すぐに成瀬ジュリが部活をサボって放課後に男子校との合コンばかり行くようになったので、放課後に寄り道する時などは4人で行動することが増えていった。
4人ではあるが、さらにふたつに分かれており、それはおのずと、自宅の方角が同じの紗栄子と紘美、由衣夏とミミ、という風に分かれるようになった。
由衣夏はミミが最初はずっとジュリとべったり一緒にいたので、何があったのかと気になっていたが、
「ジュリは合コンばっか行くけ、ぜんぜん遊んでくれんのよ。
もうジュリなんかイヤじゃ」
と、ミミが文句を言っていた。
ジュリは休日もデート三昧なようだ。
平日は部活があるが、土日はひとりで寮にいて、ミミは寂しかったのだろう。
由衣夏は通学で往復3時間ほどかかってしまうため、部活などする気になれなかった。
合コンはちょっと気になったが、由衣夏の両親は真面目で厳しい。
両親にバレると、そんなことをさせるために私立に進学させたんじゃない、と転校させられるかもしれないから、軽々しく合コンなどには行けなかった。
そんなわけで、由衣夏はミミと一緒にいることが多かった。
由衣夏は中学の時、エスというか、休み時間に女友だちと手を繋いでトイレに行ったり、交換日記やお手紙をするのが普通だった。
周りにもそんな子が数名いた。
でもバレンタインは好きな男の子にチョコレートを渡したりしていた。
高校生になったから、手をつないで歩くことはしなくなったが。
だからミミとふたりで一緒にいることに何の違和感も持っていなかった。
ミミは4月のうちに一人暮らしを始めた。
本当に宣言どおりに始めたので、由衣夏は驚いた。
もっとゆっくり探さなくて良かったの?と聞いたら、ミミは寮の連中とは気が合わないから、どんな部屋でもいいからすぐに出たかったんだと言った。
何があったのかはわからないが、その頃には由衣夏もミミがわがままな性格だとわかっていたし、愚痴を聞くのもイヤだったから、そうなんだ〜と流しておいた。
そのくせ、ひとりで寂しいから泊まりに来てくれ、と言う。
寂しいなら寮に入れば賑やかで良かったんじゃないのか、と思うが、気の合わない人と一緒にいるのは苦痛だったそうだ。
パジャマパーティーみたいなものは、久しぶりだったから、由衣夏はミミの家に泊まりに行くことにした。
ミミは、ものすごく喜んでくれた。
晩ごはんとか料理をするのは面倒だったから、外のレストランでパスタを食べ、ケーキを手土産にミミの部屋へ行った。
部屋に入ると、すぐにミミはシャワーを浴びると言う。
由衣夏はテレビを見ながら待って、ミミの後に続いて自分もシャワーを借りた。
2人で小さなテーブルでケーキを食べていると、突然ミミが、
「あんた、そんなんじゃけ、モテないじゃろ」
と言い出した。
由衣夏には確かに、彼氏はいないので、うん、と返事をしたら、
「触らせてあげてもええよ。
うちも気持ちよくなりたいけえ」
と言われた。
由衣夏は、一瞬何を言われているか、わからなかった。
どうやらこれは、誘惑されている?
それにしては、態度が上から目線で、高飛車だ。
つまり、これはバカにされているのだ、と思ったので、由衣夏は無視することに決めた。
こちらからは指一本たりとも触らない。
何かしてきたら、思いっきりはねのけてやろう、と思った。
しかし、困った。
これから3年間も同じ教室で過ごさなくてはいけない相手なのだ。
出席番号は後ろだし。
紘美レベルの美人に言われるならともかく、ミミ程度の女ににこのまま何かしたら、触らせてやったんだ、と卒業まで偉そうにされるんじゃないだろうか。
それは絶対にイヤだった。
触ってもらいたいなら、可愛らしく胸にすがって抱いてくれ、とお願いしてくるなら考えてやってもいいが。
いや、それでも自分は、触ったりできない。
由衣夏はそのことについては何も返事をせず、歯磨きをして寝ることにした。
ミミのうちにはシングルベッドがひとつしかなかったため、一緒の布団に入ったが、ずっと背中を向けていた。
まだ肌寒いから、バスタオルにくるまって硬い床の上で寝るなんて、ちょっとイヤだったのだ。
ミミの方から触ってくることはなかった。
朝、駅で別れる時に、
「何もせんのなら、なんで一緒の布団で寝たん?
あんたが自分から、よう言わんから、こっちから言ってやっただけなんじゃからね」
とミミに聞かれたが、答えず帰った。
寒そうだし、床はイヤだったから、とは言いづらかった。
翌日、学校で顔を合わせたが、その日のことはお互いに何も言わなかった。
互いに、なかったことにしたのだ。
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