第30話:閑話・勇者の動向4

異世界召喚から71日目:


 勇者ラントこと赤居嵐羽も全くのバカではない。

 露骨に待遇が変わったら、それも酒池肉林の勇者の立場から、監視されている罪人の立場になったら分かる。


 さすがに部屋はこれまで通り勇者用の豪華絢爛な部屋だった。

 囚人用の牢屋に移動させたら暴れる事くらいファイフ王国側も分かっている。

 勇者に少々ケガさせるくらいはかまわないが、死なせるような事は許されない。


 役立たずの勇者には、次の勇者召喚の生贄になってもらわなければいけない。

 だから、食事が囚人用の粗末なモノになり、飲み物もワインなどの高級なアルコールから井戸水に変わっていた。


 自分が用済みになった事を悟った赤居嵐羽は、自分が死刑同然の追放にしろと命じた男の事を思い出していた。

 次に同じような目に会うのは自分だと激しい恐怖に襲われた。


 元々勇者の部屋は外からだけ鍵がかけられる軟禁部屋だった。

 だが、囚人用部屋とは大きく違う所があった。

 ドアに食事だけ入れる為の小窓がついていないのだ。


 表向き歓待している勇者の部屋に、囚人部屋用の小窓などつけられなかった。

 だから、カビの生えたパンと水同然のスープを部屋の中に入れるには、ドアを開けなければいけなかった。


 ドーン!


 赤居嵐羽は食事を届けに来た下女に体当たりして逃げた。

 全スキルがこの世界の平均を下回っていても、最下級の待遇しか受けられない下女よりは高かった。


 下女を突き飛ばして部屋から逃げ出した赤居嵐羽はダンジョンに向かった。

 城の外に出た事もない赤居嵐羽に逃げられるところなど限られていたのだ。


 幸か不幸か、ファイフ王国側が勇者召喚用のモンスターを集めていたので、城内にあるダンジョンは何時でも入れる状態になっていた。

 警備の兵士もダンジョンの方を警戒して、自分達の城の方に背中を向けていた。


 抵抗されて赤居嵐羽を殺してしまう事を恐れたファイフ王国側は、武器や防具を奪わすに幽閉していた。


 赤居嵐羽が弱すぎて、武器や防具を持った状態でも軽く勝てると思っていたから、下手に抵抗されるよりは武器や防具をそのままにしていた方が良いと判断していた。

 だが今回は火事場のバカ力ではないが、赤居嵐羽が思いがけない力を発揮した。


「うぁわあああああ!」


 赤居嵐羽が繰り出した槍が警備兵を背中から突き刺した。

 もう1人の警備兵が慌てて振り返ったが、丁度その時に赤居嵐羽が繰り出した2度目の槍が腹に吸い込まれた。


「ぐっは!」


 赤居嵐羽は槍を引き戻そうとしたが、1人目の背中と違ってビクともしない。

 刺された警備兵の腹筋が収縮して槍を取らえていた。

 逃げたい一心の赤居嵐羽は、槍を捨ててダンジョンの奥に走って行った。


 1人でゴブリンにも勝てない赤居嵐羽がダンジョンの中で生きていける訳がない。

 それどころかゴブリンの居る場所にもたどり着けなかった。

 集まってくる牙鼠すら斃せなかった。


 徐々に革靴を噛み破られ、ついには自分の足の肉を生きたまま食いちぎられた。

 あまりの激痛と前をさえぎる牙鼠に足を取られて倒れてしまった。


 赤居嵐羽にフルプレートアーマーを装備するだけの筋力があれば、このような事にはなっていなかっただろう。

 赤居嵐羽の筋力では、部分的にしかプレートアーマーを装備できなかった。


「ギャアアアアア、いたい、いたい、いたい。

 やめてくれ、ゆるしてくれ、やめてくれ、いやだ、ギャアアアアア!」


 最悪な事に、直ぐに死ぬことになる致命的な所だけが金属性だった。

 だから牙鼠が食い破るのは、手足からになってしまう。

 

 クッチャ、クッチャ、クッチャ、クッチャ、クッチャ。


 自分の身体が喰われる音が耳に入っているが、痛みのあまり分からない。

 肉を食い破られる痛みも激しいが、それ以上に骨を喰われる痛みが激烈だ。


 骨に痛覚はないが、骨を覆う骨膜には痛覚がある。

 骨膜を喰われるたびに脳天を突き抜けるような激痛がはしる。


 腕から喰い始めた牙鼠が心臓を食い破ってくれるまで死ねない。

 いや、そこまで行く前に失血死できるのが1番楽な死に方だったろう。


 だが失血死する前に、子牙鼠が鎧の中に入ってきてしまった。

 鎧の太もも部分から入り込んだ子牙鼠は、隙間の多い下腹部に来てしまった。


 赤居嵐羽は、尻の穴を食い破られ、腸や肝臓といった内臓を喰い荒らされる激痛の中で死ぬことになった。


 ★★★★★★


「殺すな、女勇者は絶対に殺すな!」


 ファイフ王国によるゴブリン狩りが大々的に行われていた。

 人間の代わりにゴブリンで勇者召喚を行う画期的な実験をするためだった。

 やらされているのはゼルス王国から逃げてきた者達。


 アーサー王子とモーガン王女、2人の取り巻きだった近衛騎士達。

 彼らに断る権利などなかった。

 役に立つ事を証明しなければ、処刑される可能性があった。


 それどころか、勇者召喚の生贄にされる可能性さえあった。

 ファイフ王国の、捕虜を生贄にして勇者召喚を行うという悪行は、大陸中に鳴り響いていた。


 アーサー王子とモーガン王女たちは必死でゴブリンを捕獲した。

 これまでファイフ王国側が投入していた将兵とは段違いの実力だった。

 ゴブリン程度なら、ファイター種であろうと生け捕りにできた。


 だから、まだ成長前なら、ロード種でもキング種でも斃せた。

 さすがに生後1カ月程度でもロード種やキング種は特別だ。


 遠近の攻撃魔術を放ってくる幼いキング・ゴブリンが相手では、アーサー王子達でも生け捕りにはできない。


「「「「「ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ」」」」」


 ゴブリン達も必死だった。

 自分達を率いてくれるかけがえのないリーダー、王や貴族は殺させない。

 そう決意して必死で戦う。


 これまでのような弱い相手なら幼いキング・ゴブリンを護りきれただろう。

 多くの普通種が殺されたり捕えられたりしただろうが、大切な未来の王や、王を生める子袋を逃がす事ができただろう。


 だが今回は相手が悪すぎた。

 思想や性格は悪いが、戦闘力に関してはファイフ王国の騎士や兵士とは比較にならないくらい強かった。


 ゼルス王国のダンジョンで鍛え上げた猛者中の猛者が相手だった。

 その結果は、女勇者達にとって運が良かったとは言えないだろう。


「優しくだ、想像以上に手加減しないと簡単に死んでしまうぞ。

 こいつらを生け捕りにしなければ、俺達が生贄にされる。

 少々のケガは覚悟して生け捕りにしろ!」


「「「「「はっ」」」」」


 アーサー王子の指揮を受けて、元近衛騎士達は身体を張った。

 ゴブリン程度では、近衛騎士仕様のフルアーマープレートに傷1つつけられない。


 だが、ホブゴブリンなら傷や凹みくらいはつけられる。

 ファイター・ゴブリンなら鎧の上から致命傷を与えられる。

 それはメイジ・ゴブリンの魔術も同じだった。 


「ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ」


 追い詰められたキング・ゴブリンの子供が魔術を放つ。

 女勇者から生まれたからか、奇跡に近い確率で生まれたキング種。

 1年で成人するゴブリン種とはいえ、1カ月弱で呪文を唱えられるのは奇跡だ。


「「「「「ギャアアアアア!」」」」」


 アーサー王子達が炎にまかれて大火傷する。

 それでもひるむことなく剣を振るって戦う。

 生け捕りにするのは不可能と判断して、心臓を一突きにすべく剣を振う。


「いやぁあアアアア!」


 仲鳴麻穂は思わず絶叫をしていた。

 自分が腹を痛めて生んだゴブリンが目の前で斬り殺されたのだ。

 6人の騎士に前後左右から滅多切りにされたのだ。


 好き好んでゴブリンの子を産んだ訳ではない。

 恐ろしく醜いキング・ゴブリンの幼体に愛情を抱いていたわけでもない。

 だが、それでも、自分が産んだ子が目の前で惨殺されるのは衝撃的だった。


 キング・ゴブリンの幼体にひかれて集まって来ていたゴブリン達。

 普通なら家族的な小集団しか作らないゴブリンが、1000を超える数が集まり、町を超え国を作ろうとしていたのに、あっけなく捕らえられて滅んだ。


 仲鳴麻穂はホブゴブリン達に下層に連れ去られそうになっていたが、アーサー王子達が負傷を恐れず戦った事で保護された。

 無理な戦いをしたので、ホブゴブリン達を生け捕りにはできなかった。


 他の女勇者、竹内音夢と八鳥涼花は他のダンジョンで生きていた。

 2人が産んだキング・ゴブリンの幼体と共に。

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