第31話:2度目の勇者召喚
異世界召喚から71日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点
俺はファイフ王国とベリュー連合王国に索敵魔術を使った。
正義を断行する時期かどうか確かめる事にしたのだ。
落ち葉ゴーレムもたくさん放って見落としの無いようにした。
濃霧の向こう側にいるファイフ王国軍は大混乱に陥っていた。
濃霧が人猫族による魔術だった場合を恐れて弱腰になっていた。
攻勢に出でるどころか陣の後退まで考えていた。
一方タルボット公爵家では当主の交代が実現していた。
前公爵であるマッケンジーの実父は、人族の代表であるブラウン公爵の住む公都オレンモアにいた。
幸か不幸か、ベリュー連合王国の代表である公王はブラウン公爵が務めていた。
同じ人族なので、ファイフ王国との内通を疑われないためには、強硬策を取るしかなかった。
普通なら次期公王を務めるドワーフ族の代表だけが副公王なのだが、今は違う。
戦争中の人猫族代表と人狼族代表も副公王となっている。
敵国と戦っている公爵家の意見を優先的に聞くためだが、3家も副公王がいるのは珍しく、意見の調整をするのが難しくなっていた。
敵国と戦っている公爵家の当主が領地を離れる訳にはいかない。
だが、公爵とつながりの薄い者が代表として首都に居ても意見が通らない。
とはいえ、能力が低い者では適切な意見が言えないし、対応能力がない。
その結果、公爵家当主の子弟が代表を務め、実務は有能な部下が務める事になる。
嫡男であったキンバリーと同じ母親から生まれた公子が代表を務めていたが、兄と母親の実家に連座する形で処刑された。
そこに当主を引退した前公爵が現われたのだ。
自ら至らなさで、人猫族の故郷がなくなる寸前にしてしまった前公爵だ。
公王に対する要望が軽いわけがなかった。
「公王陛下、我が領に対する兵と兵糧の支援を願いたい」
「タルボット公爵、支援したいのはやまやまだが、人も食糧もないのだ」
「ベリュー連合王国ができたのは、7つの種族が攻守同盟を結んで近隣の大国に攻め滅ぼされないためだった。
実際にファイフ王国に攻められているのに、援軍もなければ物資の支援もない。
このような状態では連合を組んでいる意味がない」
「連合としても苦しいのだ。
タルボット公爵領だけでなく、アシュタウン公爵領も隣国と戦っている」
「アシュタウン公爵領にだけ援軍と支援を行い、我が領には1兵も援軍もなく、1人分の兵糧すら支援しない。
公王陛下と5人に公爵の考えはそうなのですね」
「そのような事は言っていない。
連合としても私としても支援したいと思っている」
「そうですか?
今の状態ではとても信じられません。
人付き合いの得意な人狼族は支援して、人付き合いの苦手な人猫族は見捨てる。
そういう事なら、我らが連合に入っている意味はない。
連合から脱退して、独自にファイフ王国と停戦条件を交渉する」
俺の命じた通りに、前タルボット公爵はケンカを売ってくれた。
俺が怖いのもあるだろうが、前々から連合に不信感を持っていたのだろう。
狡猾な人族代表のブラウン公爵家が7つの領地の中央にいる。
敵に攻められ難い奥地にエルフ領、ドワーフ領、リザードマン領、妖狐領がある。
人猫族と人狼族だけが常に戦わされていると不公平感を持っていたのだろう。
「まあ、まあ、まあ、そんな事を言っても相手がある事だ。
ファイフ王国がタルボット公爵家に都合の良い条件で停戦してくれるとは限らないのだから、ここは慎重にやるべきだぞ」
4年間の任期で連合王国の代表を務めている人族の代表、ブラウン公爵がなだめるが、俺に脅かされている前タルボット公爵は妥協しなかった。
マッケンジーから報告を受けた俺の能力を信じたのだろう。
「ファイフ王国も信じられないが、それ以上に公王が信じられない。
我らを生贄にして、同じ人間の自分だけファイフ王国と同盟しかねない。
本日只今、タルボット公爵家はベリュー連合王国から離脱する」
前タルボット公爵家はそう言い放つと首都を後にした。
首都とは言っても、4年ごとに7つの公爵家の公都を移動するのだ。
14万人の領民が住む国にしてはささやかな人口と城構えだ。
今の首都マラハイドは、公爵家の城と領民町を分ける隔たりが低い。
タルボット公爵家がベリュー連合王国から離脱するという話は瞬く間に広がった。
「まいったな、公爵家が連合を抜けたら、誰が俺達の身分を保証してくれるのだ?」
「これではいつ他種族の奴隷にされるか分からないぞ」
「人狼族とは仲が悪いし、人族は全く信用できないし、他の種族は高慢だぞ」
「これは公爵領に戻るしかないのか?」
姑息なやり方なのは自分でも分かっている。
だが、ファイフ王国が密かにベリュー連合王国と接触しているのが分かったのだ。
とてもではないが、人猫族をブラウン公爵領には置いていられない。
ファイフ王国が手を組むのはベリュー連合王国全体ではない。
同じ人族であるブラウン公爵家だけだ。
人猫族のタルボット公爵領を占領したら、ブラウン公爵家を家臣に迎え、残った5種族の領地に襲いかかるだろう。
まだ正式な条約は締結されていないが、その前交渉が行われていた。
そうでなければ俺もここまで助言したりはしなかった。
同じ人族の卑怯下劣な行いが、人猫族を奴隷にする事が許せなかった。
俺の正義が戦えと激しく訴えかけたのだ。
この頃、ファイフ王国ではゴブリンを使った勇者召喚が準備されていた。
神々の話し合いを知っている俺から見ると、愚かと言うしかない。
だが、この世界の神が彼らを裏切った事を知らないのならしかたがない。
ペナルティを受けた役立たずとはいえ、1度は勇者召喚に成功したのだ。
何と言っても勇者召喚は神が教えてくれた秘術だ。
今度こそ役に立つ勇者を召喚できるかもしれないと期待するのは当然だ。
この世界の神が神々との約束を破らない限り、勇者召喚は失敗する。
誰かを召喚できたとしてもペナルティを受けた奴だ。
……1度神々の約束を破った奴が2度裏切らないとは言い切れない。
裏切りやがった時の事を考えるか、裏切る前に滅ぼすか、2つに1つだ。
「おおおおお、成功だ、勇者を召喚できたぞ!」
「まだだ、まだ成功したとは限らない」
「その通りだ、前回の勇者は役立たずだった」
「そうだった、勇者でない奴まで混じっていた」
「確認しろ、早く職業を確認しろ!」
この世界の神は苦肉の策を考え出しやがった。
異世界から勇者を召喚したら、その世界の神々の怒りを買う。
1度ならず2度までもやったら、神の位を失う可能性すらあった。
だが、自分を信仰する者達を優遇し、神の力を高める欲望は捨てられなかった。
ギリギリ許される限界すれすれの行為。
地球の神の中にも大昔にやってしまった奴がいる行為。
自らが人族と交わって半神を誕生させる。
自分を信仰する人族の戦士として半神を遣わす。
玉虫色だが、俺の正義からは絶対に許されない事をやりやがった。
しかも自然な妊娠出産をさせなかった。
更に悪質だったのは、自然な成長を待たなかった事だ。
人間の修道女を神の世界に引っ張り込んで妊娠させて急速成長させる。
何も学ばせず、頭赤ちゃん身体半神の凶悪生物兵器を勇者召喚で人の世界に遣わしたのだから、この手でぶちのめすしかない!
「マッケンジー、ブラウン公爵領に逃げた連中を急いで連れ戻せ。
タルボット公爵領とブラウン公爵領の間にも濃霧を創る。
それも、恐ろしい魔獣が行き交う地獄のような濃霧地帯だ。
濃霧地帯さえ創ってしまえば、連合王国からの攻撃は心配しなくてすむ。
ファイフ王国は俺が滅ぼしてやるから、さっさとやれ」
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