第29話:果断

異世界召喚から66日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点


「カーツ殿、申し訳ない。

 我が家のために私財を提供してくれたのに、褒美を渡すどころか無礼なマネをさせてしまった。

 できるだけのお礼をさせてもらうので、今回の事は許して欲しい」


 マッケンジーの兄だというキンバリーという名の総司令官は、形だけ謝っているが、俺がこの後でへりくだって謝るべきだと思っているのが顔に書いてある。


「このような人族に謝る必要などありませんぞ、キンバリー閣下。

 公爵家の嫡男が人族の平民謝る必要などないのです。

 食用モンスターを提供するのも公爵領にいるなら当然の事です。

 本来なら持っている物全てを供出させるべきところを、この程度で済ませてやっているのを感謝するべきなのです」


「その通りです、キンバリー閣下。

 それに、この男は我ら公爵家に仕える貴族を2人も負傷させました。

 その賠償として、持っている物を全て奪うべきです」


 まだ残っている取り巻きが、俺から競売にかける予定だったモンスターを奪おうとして、キンバリーをけしかけている。

 黙って奪われる気もないし、見逃してやる気もない。

 

 グッシャ、グッシャ、ボッギ、ボッギ。


 2000年余、血反吐と血尿の日々を重ねて手に入れた力だ。

 自分の正義を貫けるように鍛えた血と涙と汗の結晶だ。

 気に食わない奴をぶちのめすのに使って何が悪い。


 殺さないようにしながら、キンバリーの取り巻きを20人ほど半殺しにした。

 俺が逆らうなどと思ってもいなかったキンバリーは、最初は余裕の笑みを浮かべていたが、取り巻きを全員半殺しにされて大小便を垂れ流していた。


「カーツ殿、兄は許してやってくれ!

 教育が悪かっただけで、持って生まれた性格が悪いわけではなのだ。

 兄の母の実家が、兄を後継者にすべく色々やってしまった悪影響なのだ」


「マッケンジー殿、そのような妻の実家を見逃してきた、公爵閣下本人が全く信用できないと言っているのです。

 領地存亡の危機に、命懸けで戦っている冒険者がいるのに、直属の家臣が戦う事もなく怠惰と飽食を繰り返す。

 そんな下劣な行為を許す公爵家は滅ぶべきだと言っているのです。

 人猫族は自由を愛する種族なのでしょう?

 命を捨ててまでそんな公爵家を護る必要などないでしょう?」


 俺がそう言って最前線を後にしたのが昨日の事だ。

 俺に感化されたわけでもないだろうが、兵士に志願していた冒険者や領民が一斉に最前線を放棄して領都に戻った。


 領都に戻っただけでなく、家財を捨て値で処分するか、処分する事もなく急いで逃げ出したのだから、公爵家は真っ青である。


 嫡男のキンバリーは公城に呼び出されて搾り上げられる。

 本当の事は絶対に言えないが、言い訳を考えてくれる取り巻きは全員半死半生だ。

 マッケンジーが呼び出されて詰問されるが、兄を陥れるような事は言えない。


 だが、悪事千里を走るという言葉は正しかった。

 公都を逃げ出す冒険者や領民の話しが瞬く間に公爵領に広がる。

 キンバリーの直属兵の中にも善人はいるので、真実が侯爵に伝わった。


 直属兵にすれば、一緒に最前線を護っていた領民兵と冒険者兵が、鼻持ちならない貴族の失態で全員いなくなったのだ。

 必死の場所に残されたら、真実を話すくらいしか恨みを晴らす方法がない。


「キンバリー、お前がこれほど愚かで性根も腐っていたとは思わなかった。

 私に人を見る眼と妻の暴走を止める力がなかったせいだから、今更どうしようもないが、お前がこの歴史あるタルボット公爵家を滅ぼしたのは間違いがいない」


「父上、私は悪くありません!

 あの平民人族が悪いので。

 あいつさえいなければ全て上手く行っていたのです!」


「……もはやこれまでだな、近衛兵、この愚か者を殺せ!

 そのまま妻を殺し実家を滅ぼしてこい!

 あいつらの事だ、今頃急いで逃げ出す準備をしておる。

 あいつらが生き残る事だけは絶対に許せん!」


「「「「「はっ!」」」」」


 今後の方針を決める為には正確な情報が必要だ。

 だから索敵魔術を総動員して公城で起こっている事を全て調べさせていた。

 その中には、公爵の妻の実家の情報もあった。


 軍部に兵糧として渡したはずの食用モンスターが、公城だけでなく、妻の実家やキンバリーの取り巻きの家にまで運び込まれていた。

 

 もしかしたら、最前線で戦う将兵の為の兵糧を、私利私欲のために横領する奴がいるかもしれないと思ってゴーレムを潜ませていた。


 本当に現れたことは、とても残念だが、よくある事でもある。

 よくある事だからこそ、人猫族の間でも恨みと怒りの対象になっていた。

 高貴なるものの義務を果たしている間が許されても、果たさなくなったら……


 タルボット公爵領内、公都マラハイドでは血で血を洗う同士討ちが行われた。

 公爵家に仕える事で領地や金をもらっていた貴族や士族が、人族と戦う事もなく逃げ出そうとしていたのだ。


 少しでも公爵家に忠誠心を持っている者には絶対に許せない事だった。

 貴族や士族が戦わないのに、兵士のために用意された兵糧と軍資金を横領する。


 最前線で命を懸けて戦ってきた領民兵や冒険者兵などから見れば、絶対に許せない卑怯下劣な行いだった。


 公爵領を逃げようとしていた貴族士族は、領民兵や冒険者兵、家族をこの戦争で失った領民に襲われ皆殺しになった。


 連中が不正に蓄えていた金銀財宝と食糧は、襲った者達が山分けにした。

 他領に逃げて生活基盤を整える為の資金となった。


 俺がその間何をしていたかというと、魔術でファイフ王国軍を幻惑していた。

 こんな公爵家のために多くの魔力を使う気にはならない。

 城砦を造る気にも結界を張る気にもならない。


 だが、ファイフ王国軍が逃げる人猫族を惨殺する姿を見るのは嫌だ。

 少数の公爵軍が最前線を護っているが、彼らが負けるのは目に見えている。

 そう、この期に及んでまだ最前線を護る名もなき勇者達。


 彼らを見殺しにするのは俺の正義に反する。

 だが、勇者達に逃げろと言っても聞いてくれないのは分かっている。

 このままタルボット公爵家をのさばらせる気にもならない。


「無能な公爵は隠居して領地から出て行け。

 死ねとは言わないが、新たな統治のジャマにならないように他領で隠居しろ。

 新しい領主は、冒険者達の気持ちが分かるマッケンジーにしろ」


 そう書いた手紙をゴーレムに運ばせた。

 ジャマをする奴は殺さない程度にぶちのめせと命じてあった。

 

 ファイフ王国は、神々の約束を破らせた張本人で、絶対に許せない。

 他の誰が許しても、巻き込まれて死ぬ事になった俺が許さない。

 

 ファイフ王国はぶちのめしたいが、公爵と出来損ないの家族はジャマだ。

 勇者達や領民のために領地は残したいが、公爵一派は排除したい。

 だが、俺がこの地を治める気はない。


 領主を追い出したのに、代わって統治しないのは無責任である。

 だったら代わりに統治してくれる者を連れてくればいい。

 1番適任なのはマッケンジーだ。


 冒険者の気持ちが分かっていて、領主の血を継いでいる。

 これからタルボット公爵家の主力となる冒険者も納得するし、ベリュー連合王国内で問題になったとしても、血筋で非難される事もない。


 マッケンジーが新公爵になるのなら、逃げ出した冒険者や領民が戻ってくる可能性があり、今まで通りの公爵領に戻るかもしれない。


 もし戻って来なくて、タルボット公爵領が人口3000人ほどになったとしたら、他の6公爵家が本気になって支援するだろう。


 前公爵が他領に逃げ出す状態になったら、これまで支援しなかった連中も、次は自分の領地が攻められると実感するだろう。


 俺もマッケンジーが領主の責任を果たしてくれるのなら、以前の約束は守る。

 競売も開くし食用モンスターの支援も続ける。

 何より先頭に立ってファイフ王国軍をぶちのめす。


 だがその前に、マッケンジーの父親が俺の提案に従わなければ始まらない。

 全てが良い方向に動く前にファイフ王国軍が攻め込んできて、国境に残る勇者達が死んでしまったら、俺の良心が痛む。


 だから、仙術の代わりにもらった魔術で濃霧を作り出した。

 それこそ目の前が全く分からなくなるくらい深く厚い濃霧だ。

 少し歩けばつまずいて転倒してしまうような濃霧だ。


 そんな濃霧を国境線1キロメートルに渡って作り出す。

 迂回する事もできない、深く厚く横に長い濃霧帯を10日に渡って作り出す。


 その気になれば100年でも200年でも作り出せるが、今回は公爵が決断するまでだけ作る予定だ。

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