第28話:参謀と独立遊撃軍司令官

異世界召喚から65日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点


 冒険者ギルドの受付嬢も副長も説明してくれていなかったが、マスターは名誉職であると同時に、公爵家がギルドを管理するための役職でもあった。

 早い話が、公爵の庶子がマスターを務めていた。


 そのお陰で、俺の献策がすんなりと全面的に採用された。

 直ぐに公爵家の外交要員と商業要員に使者が走り、競売の開催が決定され、競売にかける珍しく高値がつきそうなモンスターが選ばれる事になった。


 競売用のモンスターは委託になるので、公爵家の財政には全く負担がかからない。

 俺も当日まで自分で高価なモンスターを自分で保管しておけるので、公爵家に奪われる心配がない。


 ドワーフ族に食糧を売りに行く人員が確保され、ドワーフ族が喜びそうな食肉用のモンスターを現在の卸売相場で買い取ってもらえた。

 これに関しては以前の相場でなくても確実に売れるらしい。


 軍部が使う安価な食用モンスターは、後日の支払いとなった。

 公爵家も軍部も資金難になっているのだろう。

 更に後日現金が用意できない時には軍票による支払いになると言われた。


 最初からファイフ王国をぶちのめすためにこの国を利用する気だったのだ。

 そのために安価な食用モンスターを提供するくらい何でもない。


 ただ、公爵家からすると、商品を無理矢理奪うのは恥になるようだ。

 ファイフ王国との戦いで領地を奪ったら、そこをくれると言い出した。

 その代わり、引き続き食用モンスターを提供して欲しいという。


「マッケンジー卿、率直に申し上げますが、ババくじを引く気はありません。

 ファイフ王国側の領地をもらっても、戦争の最前線に立たされるだけです」


「やはり受けていただけませんか?」


「受けるようなバカはどこにもいないと思いますよ」


「冒険者の中には、喜んで引き受ける方もいるのです」


「……人猫族の方々は、あまり考えるのが得意ではないのですか?

 人族側に増えた領地をもらっても、攻撃を受けたら終わりですよ」


「この戦争に負けたら全てを捨てて他領に逃げる事になるのです。

 持っていけるモノも限られています。

 勝つために出せるモノは全て公爵家に差し出す。

 その代わり、勝った時には貴族の地位と領地を手に入れる。

 またファイフ王国が攻めてきたら、領地を捨てて逃げればいい。

 そう考えているだけですよ」


「そうですか、領地を捨てて逃げても恥にも罪にもならないのですね。

 ですが私は人族なので、他種族の貴族になっても色々と大変なだけです。

 だから爵位や領地は入りません。

 ただ、戦争中に不当な命令で死ぬのは嫌なので、一時的な階級だけください」


「一時的な階級ですか?」


「本部付きの参謀だとか、独立部隊の指揮権とかですよ」


「……他種族の方を不当に死なせるような命令を下したりしませんよ」


「多くの戦場を渡り歩いてきました。

 中には自分の利益のために配下の将兵を死地に送る司令官もいました。

 それも1人2人ではありません、結構な人数いたのです」


「そう言われては、嫌だとは言えませんね。

 私も1軍を預かっていますから、我が軍の参謀職と独立部隊指揮権を与えます。

 最前線部隊全体での参謀職と独立部隊指揮権は、兄と相談して決めます」


 公爵の庶子で冒険者ギルドのマスターでもあるマッケンジーは、冒険者の部隊を率いて最前線に布陣していた。


 俺もその部隊に所属するのだが、最前線部隊全体の参謀職と独立部隊指揮権を交渉してくれるというのだから、よほど食糧に困っていたのだろう。


「食用モンスターは我が部隊が解体する事になった。

 敵と対峙しながらの解体仕事は申し訳ないが、その分1番先に新鮮な肉が食える。

 解体しながら肉を焼いてくれて構わない」


 騎士や専業兵が食べる分まで冒険者兵が解体しなければいかないのか?

 1番敵に近い場所に布陣させておいて、後方任務までさせるのか?

 人猫族、いや、タルボット公爵家も期待できないな。


「「「「「ウォオオオオ!」」」」」


 マッケンジーの言葉に冒険者兵が大歓声をあげた。

 少ない食糧をやりくりしていたのは間違いない。


 これで騎士や専業兵だけ優先的に食糧配布されていたら、タルボット公爵家を支援してファイフ王国と戦う策は止めだ。


「塩やハーブも不足していたんじゃないのか?」


 指揮官が配下の将兵のために絶対に用意しなければいけないのが、食糧と塩だ。

 そんな最低限の準備もできない奴に軍を率いる資格はない。

 マッケンジーの兄と父親の資質を確認しておこう。


「そうだ、塩不足は深刻で、倒れて戦えなく者もでてきている」


 俺の言葉にマッケンジーの表情が曇り声に力がなくなる。

 確定だな、冒険者ギルドの対する義理だけ果たしてサヨナラだ。


「いつ俺の部下になるか分からないのに、実力が発揮できなくては困る。

 塩は転売しようとしていた物があるから、提供してやるよ」


「なに、ほんとうか?!」


「戦場で食糧関係の嘘をつくほど悪趣味じゃない。

 無制限にくれてやるほどお人好しではないから、スープに使う分だけだ。

 スープなら満足な食事もできずに倒れたという連中も飲めるだろう。

 1杯スープを飲んだら動けるくらいの濃い塩味にしてやる」


「ありがとう、心から礼を言わせてもらう。

 爵位や領地はいらないというが、もらうだけもらわないか?

 気に食わなければ放り出せばいいし、ファイフ王国が攻めてきたら逃げればいい」


「そんな事をしたら、卑怯者だと処分されるのではないのか?」


 領地も爵位ももらう気などないが、念のために確認だ。

 冒険者兵が大功を立ててもらう事になるかもしれない。

 タルボット公爵家を助ける気はなくなったが、冒険者の中に助けてやりたいと思う者がいるかもしれないし、冒険者ギルドを利用するかもしれない。


「公爵領は人猫族が生きていくためにどうしても必要だから戦う。

 だが、公爵領以外の土地にこだわって死ぬような人猫族は1人もいない。

 幸運で手に入って領地など、命の代わりにはならん」


 ということは、俺が与えると言った領地と地位も平気で捨てられるのだな。

 俺がファイフ王国を滅ぼして国土を手に入れた場合、人猫族に押しつけても罪悪感を抱かなくてすむ。


「それでも爵位や領地はいらないよ。

 正直な話し、俺なら魔境の中でも普通に生きていける。

 安全であることよりも、面倒事が少ない方が大切だ」


「そうか、面倒事が嫌だというのには心から同意する」


「なあ、もうスープができているんじゃないか?

 もらう立場でこんな事を言うのは恥ずかしいが、肉をスープにつけて食べたいから、もう配ってくれないか?」


 俺の作るスープを待っていた冒険者兵が会話に割り込んで来た。

 冒険者はギルドマスターでも公爵家の公子でも遠慮しないようだ。

 あるいはマッケンジーが話しやすい環境を作っているかだ。


「おお、すまんん、すまん、話し込んでしまっていた。

 順番に並んでくれ、塩味の濃いスープを配ってやるよ」


 俺の言葉に冒険者兵が列をなして並んだ。

 解体をしている奴も、肉を焼いている奴も、腹一杯食べながら作業をしている。

 全ての人間が笑顔に満ちていたのに、台無しにする奴が現れた。


「マッケンジー、よけいな仕事を押し付けたのに悪いが、もう少し抑えてくれ。

 まだ他の部隊の人間には食糧が行き渡っていなのだ」


 マッケンジーによく似ているが、少し歳を重ねた男が話しかけてきた。

 前線部隊の総司令官を務めているという正嫡の兄なのだろう。


「もうしわけありません、兄上」


「キンバリー閣下、はっきりと言ってやればいいのです。

 妾の子風情が、正嫡のキンバリー閣下を差し置いて先に食べるなど、絶対に許されない無礼でございます。

 懲罰を与えて食糧を没収して、ぎゃっ」


 俺は性根の腐った醜い奴が大嫌いだ!

 せっかく良い気分になっていたのに、この腐れ外道のせいで台無しだ。

 顔をザクロのようにはじけさせた程度では、腹の中の怒りが収まらない。


「マッケンジー殿、タルボット公爵のために競売用のダンジョン深部モンスターを委託すると言ったが、なかった事にしてもらう。

 こんな、鼻が曲がるほど性根の腐った奴のふところを肥やすために、命懸けて狩ったモンスターを提供する気は無い」


「待ってくれカーツ殿、このような者は極一部なのだ」


「いや、だめだ。

 跡継ぎの取り巻きがこんな品性下劣なら、跡継ぎだけでなく、公爵の性根も品性下劣に決まっている。

 俺はファイフ王国をぶちのめすために協力しようとしただけだ。

 この腐れ外道に偉そうに命令される義理はない。

 後方にある人族の支配領、ブラウン公爵家でファイフ王国を待ち受ける」


「お待ちいただきたい。

 貴男が今回食用モンスターを提供してくれたというカーツ殿なのか?」


 俺は好き嫌いがかなり激しい。

 成し遂げたい正義感に関しても独善的だと自覚している。

 それを許すという条件で、この世界に来ているのだから、遠慮などしない。


「おのれ、無礼者!

 キンバリー閣下を無視するとは、わずかな支援で思い上がるな!」


 さっき殴り潰した奴とよく似た姿の奴が殴りかかってきた。

 こういう人の威を借る小者は徹底的に潰しておいた方が良い。

 そうしておかないと、俺がいなくなった後で他の者が被害を受ける。


 グッシャ、グッシャ、ボッギ、ボッギ。


 左右のパンチを繰り出して、両眼を潰してやった。

 だが、高治療魔術が使える者がいたら、眼球の再生はできるかもしれない。

 だから両膝関節を再生不可能なくらい粉砕しておいた。


「マッケンジー殿、こんな取り巻きにちやほやされて喜んでいるような奴を跡継ぎにするような家は、ダメですよ。

 こんな公爵家の為の命を捨てるなんてもったいない。

 人猫族は爵位や領地よりも命を大切に知ると言っていましたね。

 だったら命を優先して公爵領も捨てちゃいましょう。

 俺と一緒に他領にいって一旗揚げましょう。

 領地をもらって、そこを人猫族の安住の地にすればいい。

 冒険者のみんなもそう思うだろう?」


「「「「「おう!」」」」」

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