第21話:貧民街の聖者

異世界召喚から38日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点


 俺は王都の元貴族屋敷が襲撃を受けた事を無視した。

 そんな事のために貧民街での炊き出しや治療をおろそかにできない。

 襲撃者や黒幕の対応は、ゴーレムが自動的にやってくれる。


 今分かっているのは、100人規模の襲撃があった事だ。

 近衛騎士団は従騎士がない編成になっている。

 信用できる一騎当千の騎士に王や王族を護らせている。


 その中の100騎を勝手に使える王族はいない。

 特に俺が警告をしているのだ、王の目を盗むことはできない。

 内部粛清で同士討ちしたばかりの王都騎士団も使えないだろう。


 だとしたら、元から飼っていた暗殺者集団がいる可能性が1つ。

 もう1つは不良冒険者を使う手だが、強制動員中だから無理だろう。

 1番可能性が高いのが、元冒険者の暗殺者集団だ。


 暗殺者は屋敷に押し入って来た連中も、周囲にいた連中も、全員確保した。

 今はゴーレム達が筆舌に尽くし難い拷問を行って全てを白状させている。

 問題があるとすれば、自動的に放たれた報復のためのゴーレムだ。


「目には目を、歯には歯を、襲撃には襲撃を、死には死を」

 そう言いながら黒幕の所に向かっている。

 貧民街の小悪党の所だけでなく、王城にも行っているかもしれない。


「聖者様、次の病人を運んできました。

 スープとハンバーグを食べさせています」


 アディが新しい病人を運んできた。

 昨日会ったばかりの老人や子供達が、色々と手伝ってくれている。

 俺が清浄魔術で身ぎれいにした後で、手持ちの衣服を与え仕事をさせている。


 俺が与えた鳥獣と薪を使ってスープを作っている。

 肉は全てこん棒や包丁を使って挽肉にしてくれている。

 日本で機械挽きしたようにはできないが、それなりに食べやすくなっている。


「パーフェクト・ヒール、次の病人かケガ人を連れて来てくれ。

 アディが治すにふさわしいと思う人間をな」


「わかっています、聖者様。

 聖者様から受けた恩を仇で返すような奴は連れてきません。

 ただ、ジャマする奴が出てくるかもしれません」


「冒険者ギルドの手先になって同胞を食い物にしていた連中か?」


「はい、中にはどこも悪くないのに貧民街に居座っている奴もいました。

 貴族やギルドの命じられて非合法な事をやっている連中です」


「ジャマをするようならこの手で始末してやるから大丈夫だ。

 俺は治療よりも戦いの方が得意なんだ」


「……冗談ではないのでしょうね」


「ああ、冗談ではなく本当の事だ。

 だから何の心配もせずに病人やケガ人を連れて来てくれ」


「分かりました」


 ★★★★★★


「カーツ殿!

 カーツ殿、エブリンです!

 国王陛下からの使者として参りました、カーツ殿」


「何か用か、エブリン百騎長」


「うん、お、アディソン、アディソンなのか?」


「ああ、そうだ、アディソンだ。

 ダンジョン騎士団の百騎長ともあろう者が、こんな貧民街に何のようだ?」


「国王陛下のご命令で、救国の英雄、カーツ殿を探しに来た。

 ……先に屋敷に行ったのだが、ゴーレム達に追い返された。

 息子の話しでは、貧民街に向かったという話だったので、この辺をたずねていたのだが、どのような病気やケガも治す聖者様が降臨されたと言う噂を聞いた。

 それがカーツ殿ではないかと確かめに来たのだ」


「救国の英雄もカーツ様も知らん」


「だが、聖者と呼ばれている人はいるのだろう?

 国王陛下からの使者が来たと言ってくれないか?」


「エブリン百騎長様が探しているのはカーツ殿という救国の英雄なのだろう。

 それが何故聖者様に会いたいという話になる」


「カーツ殿かどうか確かめさせてもらうだけだ、手間はとらせん」


「聖者様は昨日から寝ずにずっと俺達貧民の治療をしてくださっている。

 今も病気で苦しむ貧民に無料で治療をしてくださっている。

 それどころか、手持ちの食料や燃料まで分けてくださっている。

 お前達のような、保証を横領するようなクソに会わせる気はない!」


「保証がお前達の手に渡らず、苦しい生活をさせた事は謝る。

 だがその保証を下さったのは国王陛下なのだ」


「もらっていない保証に感謝しろだと?

 家臣が横領したから責任はないだと?」


「いや、責任がないとは言っていない。

 連中の犯した罪はキッチリと取らせた。

 これからちゃんと保証が行き届くようにする。

 だからカーツ殿に取り次いでもらえないか?」


「腐った貴族士族、冒険者ギルドを罰してくれたのはカーツ殿だろうが!

 お前達はその尻馬に乗っただけだろうが!

 これからちゃんと保証するだと!

 今まで何十何百の人間が死んでいったと思っているんだ!

 クソのような事をこれ以上口にするなら、ぶち殺すぞ!」


 外でエブリンとアディソンが争う声が聞こえてくる。

 かわいそうに、エブリンがババ札を引かされたか。

 あの国王、もう少しマシな人間だと思っていたが、ダメだな。


 王城内に俺のゴーレムが報復に行き、王子と王女、近衛騎士をさらった。

 俺との約束を守るのなら、自分の手で殺さなければいけない。

 それを、俺を呼び出そうとするなんて、期待外れもいいところだ。


「……そう言われると返す言葉もない。

 だが、俺も国王陛下の命で来ている。

 手ぶらで帰る訳にもいかない」


「はん、だったら俺を殺してから行きな」

「私も殺しなさい、聖者様をお前達に害させるような事はしない!」

「私もだよ、私の先に殺しな!」

「……ここで聖者様を護って死んだら、生き返らせてくださるかな」


 大声で争うし、貧民街の壁はあってないようなモノだし、筒抜けだ。

 かわいそうに、エブリンは損な役回りだな。

 アディや老人達を殺したりしないと思うが、念のために眠らせよう。


「眠れ、スリープ」


 少々離れていようと安全ではないのだよ、エブリン。

 俺の魔術はかなり遠方にまで届くのだ。


「おい、どうした、どこか悪いのか?」


 アディは人が良い。

 今まで殺し合い寸前の言い争いをしていたエブリンを心配している。


「アディ、外にいる騒がしい奴は魔術で眠らせた。

 これ以上騒がれると、アディの言うように治療のジャマになる。

 王城に届けたらアディが捕らえられるかもしれない。

 冒険者ギルドに渡してこい。

 あそこなら、その男の顔を知っているのではないか?」


「はい、ダンジョン騎士団で百騎長を務めるエブリンの事は知っているはずです。

 ですが、それでいいのですか?」


「構わない、この国にも王にも何の用もない。

 俺の正義はこの国にかかわる必要などないと言っている」


「王達のせいで、私達は見捨てられるのですか?」


「お前達とは利を分け合う契約をしたはずだぞ。

 先に食事を与え治療してやったのだ。

 これから働いてもらわなければ大損だ。

 できるだけ早くこの国を出るから、準備を急げ」


「はい、ありがとうございます!

 聞いたな、急いでこの国を出る準備をしろ!」


「「「「「はい!」」」」」


「準備をしろと言われても、持っていくモノなんて何1つ無いよ」

「俺も身に着けている物以外何もねぇ」

「バカ言ってんじゃないよ、皿とスプーンくらいあるだろう?」

「盗んだ物や捨ててある物を手づかみで喰っていたから、皿もスプーンもない」

「なんて奴だい、私ですら物乞いする皿だけは持っているよ」

「「「「「きゃはははは」」」」」


 食事で元気が出て、将来への希望も持てた。

 そのお陰で笑えるようになったのだろう。

 老人達が笑顔になれば、子供達も笑えるようになる。


 さて、この国を出るとなると、どこに行くべきか?

 完全に関係を断つのなら、ファイフ王国内にあるハーフエルフの里近くだ。

 だが、人族の本性は悪だから、必ず問題が起こる。


 この国ともめ続ける事になるが、女子供に与えた廃城に行くか?

 元々女子供は本城本丸の中だけで生活する予定だった。

 総構えの中に貧民達の為の村を造ってもいい。


 総構えも一部を造っただけだから、これからも定期的に通わないといけない。

 そのついでに貧民村、貧民町を造った方が簡単だ。


 だが、女子供の村と貧民町が絶対に争わないとは言えない。

 数十年は大丈夫でも、数百年後に争うかもしれない。

 それなら、いっそ全く違う場所に新たな町を築くか?

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