第20話:回復魔術

異世界召喚から37日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点


 右手の手首から先を失った世話役は、俺を厳しく試したいようだ。

 飢えてガリガリに瘦せ衰えた老女と子供が次々とやってくる。

 若い男女がいないのは、ギリギリ生きて行けているからだろう。


 狩り集めた鳥獣を食べられるようにさばくのは、難しい事ではない。

 問題はろくに食べられなくて胃腸の弱った老女と子供に食べさせる事。

 消化がしやすい状態にまで煮込むのに時間がかかる。


 圧力鍋の原理を知っているから、数時間あれば作れる。

 だが、今直ぐ食べないと死ぬんじゃないかという老女と子供ばかりだ。

 時間加速、タイム・アクセラレイションの魔術を使って急速調理した。


「おいしい!」

「ああ、美味しい、生き返る」


 そう言ってくれる老人と子供がいるから、どれほど魔力を使っても惜しくない。

 それが並みの魔術師100人分以上の魔力量であってもだ。

 まあ、俺の全魔力量から考えれば微々たるものだが。


「あのう、この鳥の羽や獣の皮、骨や牙を加工するお仕事を、私達にいただけないでしょうか?」


 名もない鳥であっても、羽は枕や布団、服に利用できる。

 羽毛枕や羽毛布団、ダウンジャケットのようなものだ。


 取るに足らない小動物であっても、革をつなげば敷物や服に加工できる。

 麻や綿の栽培が難しいこの世界では、革が1番安価な服の材料だ。


「ああ、いいぞ、解体ができる者や料理ができる者も雇ってやる。

 ただし、しっかり食べて体力をつけ、身体を清潔にしてからだ。

 今の状態では、みんなが口にする食材を解体させられない」


「はい、ごめんなさい」

 

「謝る事ではない。

 雇うと決めたから、やってもらう事を言っただけだ。

 まずはしかりと食べて体力をつけてくれ」


「はい、ありがとうございます」


 14万人もの住民がいる、この世界では珍しい巨大都市だからだろう。

 貧民も多く、俺の所にやってきた老人と子供は300人を超えた。

 ……世話役の奴、自分の配下以外の貧民にまで声をかけたな。


「俺達も食べさせてもらって良いだろうか?」


 老人と子供だけでなく、話しを聞きつけた手や足のない元冒険者がやってきた。

 世話役が声をかけたのではなく、人があふれるのを見てやってきたのだろう。

 痩せてはいるが、全く食べられていない訳ではないようだ。


「ああ、構わないぞ、ただ、条件がある」


「条件?!」


「明日から毎日食事の無料配給を行う。

 だが、自力でここまで来られない者もいる。

 背負って連れて来られる者は連れて来てやってくれ。

 命の危険があって連られて来れない者がいるなら、家まで案内してくれ」


「分かった、連れてくるか案内してやる。

 その代わり腹一杯食べさせてもらうぞ」


「スープは弱った老人と子供を優先してくれ。

 その代わり、そこらにある肉を自由に焼いて食べていい」


「言ったな、あるだけ全部食っちまうぞ!」


「持って帰るのは禁止だが、ここで食べるのならいくら食べてもいいぞ」


 ★★★★★★


「悪かったな、試すようなマネをして」


 戻ってきた世話役が早々に謝ってくれた。

 だが、背負っている死にかけの病人が気になる。

 俺への試験はまだまだ続いているようだ。


「いや、挑発したのは俺だ、謝ってもらう必要はない」


「そうか、だったらこっちも証明してくれ。

 回復魔術がケガを治すモノで、病気を治せないのは知っている。

 だが、さっきの言葉を信じるなら、治せるかもしれないと思ってな」


「そうか、だったら先に診察させてもらおう。

 病気も治せない訳ではないが、どのような病気か分からないと治せない」


「そうか、だったら好きなだけ診察してくれ」


 老女のように見えるが、地球の基準ならまだまだ若い30前後だろう。

 身体を張って生きて来たから、性病のオンパレードだな。

 鼻が欠けているから梅毒は確定だし、淋病やヘルペスなどにも感染している。


 1つ1つの病気に対応した快復魔術を使うか?

 その方がここに残っている連中の無責任な噂は防げるだろう。

 パーフェクト・ヒールを使うととんでもない噂になってしまう。


「世話役、この人に腹一杯のスープと飲ませやってくれ。

 何か食べて体力を回復させないと治せる病気も治せない」


「スープだけでいいのか?

 それだけでこんな酷い病気を治せるだけの体力がつくのか?」


「そうだな、最初は何度かに分けて治療と食事を交互にさせる気だったが、魔術の強制力を考えると、腹に何か入っていたら大丈夫かもしれない。

 これは肉を細かくして固めた料理だから、胃腸への負担が少ないだろう。

 世話役が小さくして食べさせてやってくれ」


 俺は魔法袋、ストレージから煮込みハンバーグを取り出して世話役に押し付けた。

 野菜や肉を煮込んで作ったデミグラスソースならバランスの良い栄養素になる。

 この世界でデミグラスソースを作るのは無理でも、挽肉なら作れるな。


「パーフェクト・ヒール」


 俺が完全回復魔術を使ったので、部屋の中にいた者達は驚愕の表情を浮かべた。

 事前に勉強した内容が正しければ、この世界に完全回復魔術を使える者はいない。

 そんな人間が目の前に現れたら驚くのが当然だ。


「なっ、パーフェクト・ヒールだと!

 そんな伝説の魔術を使える奴がなんでこんな所にいるんだ?!」


「何度も同じ事を言わせるな。

 俺は自分の正義に従って動いていると。

 ここにいるのも、炊き出しをしているのも、回復魔術を使うのも、正義のためだ」


「……分かった、俺はアディソンという、アディと呼んでくれ」


「そうか、ではさっそくアディと呼ばせてもらう。

 アディ、これから色々と働いてもらうのに、右手はあった方が良い。

 パーフェクト・ヒールをかける前に、これを腹一杯喰ってくれ」


「ありがたい話しだが、命の危険な奴が多い。

 俺の使う魔力があるのなら、そいつらに使ってやってくれ。

 急いで連れて来るから」


「魔力の事なら心配するな。

 パーフェクト・ヒールを使える人間が、並の魔力量の訳がないだろう。

 1日で100人でも200人でも治してやれる。

 両手があった方が抱き運んでくるのも楽だろう」


「あの、聖者様、俺達も治して頂けるのですか?」


 この世界の人には俺が聖者に見るのか。

 パーフェクト・ヒールを使える人間はそこまで称えられるのか。

 だが、その分厄介ごとにも巻き込まれるだろうな。


「神の啓示でアディは信用できるとあった。

 だからアディには無条件で奇跡の治療を与えた。

 だがまだお前達の本性は分からない。

 これからの働きとアディの助言があれば、失った手足や目を治してやる」


 面倒事を嫌って何もしないのは俺の正義に反する。

 俺の正義を完遂するためにこの世界に来たのだ。

 面倒事くらいいくらでも引き受けてやる。


「「「「「おおおおお!」」」」」

「働かせていただきます!」

「神様に認められるように頑張ります」

「だからこの脚を元通りにしてください!」


 弱肉強食のこの世界で、手足を失うハンディキャップはとても大きい。

 特に魔獣を狩る冒険者には致命的だ。


 もう1度冒険者に復帰できるかどうかは別にして、他の仕事をするにも手足があった方が働ける。


「聖者様、言われた通り全部食べたのだが……」


「では、このスープを一気飲みしてくれ。

 さっき食べてもらった小魚の天日干しで骨と肉の材料は確保した。

 足らない水分と栄養素をこのソープで補う」


 この世界のヒールが病気に効かないのは、術者が病気の事を知らないことが理由だが、それ以外にも、治療に必要なカロリーと栄養素が不足しているからだろう。


 パーフェクト・ヒールなら、俺の魔力から足らないカロリーと栄養素を補うのだろうが、それでは必要な魔力が多くなって術者への負担が多くなりすぎる。


 他の快復魔術の効果が高まるように、術者への負担が軽くなるように、治してもらう者が栄養を取っておく習慣をつけた方が良い。


「パーフェクト・ヒール」


「おおおおお、手が、俺の右手が!」


 アディが男泣きしている。

 これくらい喜んでもらえると治療した甲斐がある。


 ビィイイイイイ!


 元貴族屋敷の設置していた警戒警報が鳴ったか。

 やれ、やれ、俺の屋敷に押し入ったバカがいるようだ。 

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