第19話:貧民街
異世界召喚から37日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点
ハーパーを脅かした後で、俺は貧民街に向かった。
冒険者ギルドの幹部達を自白させたときに、色々と分かった事がある。
傷病引退した冒険者に与えられる国とギルドからの保証を横領しただけでなく、困窮した元冒険者に売春や違法取引をやらせていると分かったのだ。
弱い立場となった元冒険者を利用し搾取するのだ。
当然だが、くわしい住所なども知っていた。
日本のように郵便番号や番地があるわけではない。
それでもある程度の場所が分かるようになっていた。
証拠品として押収した名簿などの書類もある。
「ここに元冒険者達の世話役がいると聞いたが?」
俺は自白させた冒険者ギルド幹部から、彼らに反抗的な人間を聞き出した。
つまり、弱い立場の元冒険者を出来るだけ助けようとしている者だ。
冒険者ギルドに媚びへつらい、手先となっている奴は放置しておけばいい。
その気になれば何時でもぶち殺せる。
見張りのゴーレムを放っているから、誰かを傷つつけるなら殺せばいい。
「誰が元冒険者の世話係だ!
仲間内で助け合っているだけで、世話している訳じゃねぇ」
「そうかい、だったら、その助け合いを手伝わせてくれ」
「……どういうつもりだ?!」
「警戒するのは当然だ。
この国の貴族や冒険者ギルドに苦しめられて来たのだからな。
だが、俺はお前達を苦しめない。
お前達に仕事を与え、互いに利を分け合おうとしているだけだ」
「けっ、ずいぶんと舐められたものだな。
右腕の手首から先を失って、モンスターと戦うのは苦しくなった。
冒険者ギルドが送ってくるチンピラにも勝てない状態だ。
だが、それでも、誇りだけは失っていないぞ!
これ以上騙され利用され、使い捨てにされる気はない」
「冒険者ギルドの影にいた、世襲貴族達が処断された事を聞いていないのか?」
「……その話は聞いている。
だからといって俺達の立場が変わる訳じゃない。
冒険者ギルドを使って悪事を働く黒幕が変わるだけだ」
「だったら話は早い。
その代わった黒幕というのは俺の事だ。
間に冒険者ギルドを挟まないから、俺の取り分もお前達の取り分も増えるぞ。
これまで冒険者ギルドの手先となって、同じ立場であるはずの元冒険者や元冒険者の家族を喰い者にしていた連中を、殺してやってもいいぞ」
「人の命を何だと思ってやがる!
小悪党を殺してやると言われたくらいで、仲間の命を預けられるか!
本気で仲間を助ける気なのなら、言葉ではなく態度で示せ!」
「生きていくのに番大切なモノ、必要なモノは食糧だ、これを見ろ」
俺は世話役の前に食用モンスターの山を出してやった。
この世界に来た直後に、実力を確認するために狩ったモンスター。
塩漬けにしていないから日持ちはしないが、証拠にはちょうどいい。
「なっ、これは、どこから出した?!」
「俺のスキルの1つだ。
大量のモノを時を止めて保管する事ができる。
いつでもどこでも、新鮮な食糧を取り出すことができる。
俺と取引する気があるのなら、前金代わりにこれをやろう。
腐らすともったいないからこの程度にしたが、必要ならもっと出してやる」
「……契約した人間全員に十分な食糧をくれるのだな?!」
「お前達に元気で働いもらわないと、俺の利益にならない。
だから十分な食糧を与えるのは当然の事だ」
「今直ぐ役に立たない子供や年老いた女はどうする気だ?」
「昼夜関係なく畑を見張ってくれる者が必要だ。
別に戦えなくてもかまわない。
戦える人間が安心して眠るための見張りさえしてくれればいい。
だから子供でも年老いた女でも構わない」
「売春や非合法な商品の売買、暗殺をさせるのではないのか?」
「それは俺の正義に反する。
俺の正義に従った上で利益を上げてもらう。
目先の金のために俺の正義に反する奴は、問答無用でぶち殺す!」
「あんたの正義というのが分からんのだが……」
「そんな事は徐々に理解すればいい事だ。
まずは俺の命じた事だけをやってくれればいい。
これまでやってきた、悪事だと思う事をやらなければいい。
そなん事より、今も腹をすかして寒さに震えている女子供がいるのではないか?
グズグズしている時間があるなら、さっさと誓って食糧を分けてやれ」
「……分かった、だがまだ完全に信用できない。
まずは役に立たない子供と老女から誓わせてもらう。
彼女達の待遇を見て、何とか生きて行けている連中も誓わせる」
「それでいいからさっさと女子供を呼んでこい。
俺はここで料理を作っている。
長い間、ろくな食事もとっていないのなら、肉の塊は受け付けないだろう。
しっかりと煮込んでスープにしておいてやる。
それと、死にかけているような病人も連れて来い。
報酬の先払いで回復魔術をかけてやる。
どうしても動かせないようなら俺が行ってやるから後で案内しろ」
「あっ、何を言っている?」
「人手が欲しいから、大切な労働力を殺すなと言っているのだ。
俺は回復呪文も使える、それだけの事だ」
「……大きく出たな。
男なら自分で言った事の責任を取れよ!」
「とってやるからさっさと行ってこい!」
★★★★★★
「あのう、ここでご飯を食べさせてくれると聞いたのですが?」
最初に来たのは年老いた女だった。
ガリガリに痩せているが、それでも精一杯身ぎれいにしている。
年を取っていても、客がいなくても、身体を売るしかないのだろう。
「ああ、よく煮込んだスープと肉がある。
久しぶりに肉を食べるのなら、身体が受け付けないかもしれない。
今日からスープを飲めば、3日後くらいには肉も食べられるだろう」
「ラナ、本当に食べられそうだよ、来なさい」
「……」
老女は身体を張って孫を育てていたのか?
それとも、何の関係もない子供を護り育てていたのか?
こんな人にこそ幸せになってもらいたい。
「ほら、温かいスープだよ、お腹一杯食べなさい」
食べ物をもらおうとして、殴られた事があるのかもしれない。
俺の手だけでなく、右手に持っているお玉を怖そうに見ている。
こんな視線を感じると、あの王を思いっきりぶん殴りたくなる!
「どうやら俺が怖いようだ。
お皿とスプーンを向こうに持って行って食べればいい。
あんたも一緒に食べなさい。
好きなだけお替りしていいが、吐かないようにな」
「ありがとうございます、感謝します」
老女に大きめの深く安定した皿に入った具だくさんのスープを渡した。
火傷しないように適温に冷ましているのだが、老女はまるで宝物を持つように、大切に慎重に運んでいく。
ずっと老女の影に隠れていた幼子は、部屋の端に行っても老女の影にいる。
そんな幼子に、老女は自分が食べる事も忘れてスープを飲ませてやっている。
一緒に飲み食いしろと言ってやりたいが、よけいなお世話だろう。
「お代わりをここに置いておく。
こっちはほとんどスープにしてある。
具を食べてみて大丈夫なようなら追加に入れてやる」
俺の言いたいことが分かったのだろう。
老女は幼女がゆっくりとスープを飲んでいる間に、素早く具の肉を口にした。
魔術で一気に圧力をかけ、歯がいらないくらい柔らかくした鳥肉だ。
「おいしい!」
あまりの美味しさに、一気に飲み下してしまったのだろう。
咳込むことなく味をほめてくれる。
「ゆっくり嚙んで食べないと身体が受け付けないぞ」
「はい、ありがとうございます」
老女は手早く皿の肉を口に入れると、味わうように噛みだした。
嚙みながら、幼女にスープを飲ませている。
「あのう、ここで食事をさせてくれると聞いたのですが……」
また老女が恐る恐る声をかけて入ってきた。
入り口付近にいる老女と幼女がスープを飲んでいるのを見て、恐怖と緊張を浮かべていた表情が一気に緩む。
「ああ、好きなだけ、腹一杯飲むがいい。
これから毎日無料で配ってやる。
だが、皿やスプーンを盗んだら、明日のスープはなしだ!」
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