第15話:君子豹変
異世界召喚から36日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点
「死ね、ファイフ王国に寝返った裏切者!」
若い頃に素性を隠してダンジョンで鍛錬を重ねたという武闘派の国王。
政務に忙しい中でも、プライベートな時間を費やして鍛錬を欠かさない。
現役の騎士団長であっても、油断していては防げない裂帛の一撃だった。
これが本当に武力だけで取立てられた現役騎士団長なら、国王でも歯が立たない。
だが、相手は武力ではなく政略と賄賂を使って騎士団長になった連中だ。
団長の地位についた途端に鍛錬をおろそかにして武力が低下している。
国を支えるという揺るぎない目的のために努力している国王の足元にも及ばない。
国王と共に剣を振るう近衛兵も同じだ。
王族を護るという重大な役目のために選ばれた近衛騎士の中でも、常に国王の側にいる忠勇兼備の厳選された近衛騎士だ。
惰弱な世襲貴族士族から選ばれた百騎長や騎士長では剣も合わせられない。
それどころか剣を抜く前に一刀両断されてしまう。
「かねてより指示していた貴族士族は皆殺しにしろ!
マディソン騎士団長とライリー騎士団長の配下も皆殺しだ!
全員ファイフ王国に寝返っている!」
「「「「「キャアアアアア!」」」」」
何も聞かされていなかった貴族令嬢達が悲鳴をあげている。
だがそれも当然だろう、直前まで談笑していた貴族の令息の首が刎ねられたのだ。
国王と近衛騎士の働きも素晴らしいが、それ以上に凄いのがダンジョン騎士だ。
特に冒険者にもかかわらず騎士長や正騎士に取立てられている奴が凄い。
軽く刀を振るうだけで10に近い首が刎ね飛ばされる。
王城で1番広い部屋、大謁見の間が血の海になっている。
1000を超える首と首なしの死体が転がっている。
これだけの貴族士族、幹部騎士が祖国を裏切っていたのだ。
しかし、未来を明るくする存在もある。
ダンジョンに潜っている冒険者の顔は、祖国を護れた誇りに輝いている。
こんな国民がいるのなら、この国は大丈夫だ。
「国王陛下、陛下の勅命ですから疑いなく同輩を手にかけました。
しかしながら、彼らが祖国を裏切っていた証拠がなければ、このまま陛下に忠誠を捧げ仕える事ができなくなります。
どうか我らの心が晴れるようにしてください」
国王について剣を振るった王都騎士団長の1人が直言した。
確かに、いくら勅命だからといっても、何の疑いも戸惑いもなく同輩の騎士団長を、更にそいつらの配下とされている騎士達を殺せる方がおかしい。
「手紙などの証拠は、場所を改めて見せよう。
こいつらの屋敷を改めたら、新たな証拠も出てくるだろう。
だがその前に、この連中がこの場で何を話していたが聞かせてやる。
カーツ殿、木霊魔術でこいつらの会話を再現してくれ」
国王が俺に頼んで来た。
俺にとっては録音魔術の方が分かりやすいのだが、この世界の人間に理解させるには、木の精霊が言葉を覚えてくれていると言った方が分かりやすい。
「……なあ、いっそ3人でこの国を支配しないか?
ファイフ王国にこの豊かなダンジョンをやる必要などない。
我ら3人でダンジョンの上りを山分けすれば、小国の王に匹敵する富と権力を手にできるのではないか?」
俺は首謀3人の会話を最初から最後まで再現した。
木霊魔術、ツリー・スピリットでも、録音魔術、レコーディングでも同じだ。
魔力の籠った羊皮紙に使えば、勝手に音が記録される。
「なんと、ここまで性根が腐っていたとは!」
「このような悪臣は処断されて当然だ」
「他にも裏切者がいるのではないか?」
「この連中の家族や使用人と捕らえて自白させよう」
「待て、首謀者を処分したのだ、家族や使用人の取り調べは後でいい。
それよりも国境の備えと北門の備えが心配だ。
国境騎士団と王都北門騎士団が再編できるまでは、魔境騎士団に国境を、ダンジョン騎士団に北門を護ってもらわなければならぬ」
「「「「「はっ」」」」」
国王の指示を受けた騎士達は急いでファイフ王国に備えた。
3人の首謀者が、奇襲はスタンピードが終わった後が良いと伝令を送っている。
だがその献策をファイフ王国側が受け入れるとは限らない。
スタンピードで混乱している状態こそ、奇襲が成功すると考えるかもしれない。
裏切りを持ちかけた連中も一緒に始末したいのなら、スタンピードを利用しようと考えるかもしれない。
俺の性根が腐っていたら、そんな余計な損害が出る方法は使わない。
裏切者達をファイフ王国の王城に迎えてから処刑する。
1度裏切る奴は2度も3度も裏切る。
ファイフ王国が不利になったり、裏切る事で自分に大きな利が手に入る状況になったりしたら、よろこんで裏切る。
そんな腐り切った連中は、利をもらえると喜んでいる所で殺すべきだ。
「カーツ殿には言葉で表せられないほどの恩を受けた。
カーツ殿の助力がなければ、国が滅んでいたところだ。
どのような方法で返せばいいのか分からないほど、受けた恩が大きい。
こちらから何か与えられる程度の恩義ではない。
何か望みがあれば言って欲しい。
できる限りかなえさせてもらう」
国王が全王族を引き連れて頭を下げて礼を言った。
まだ死体も片付け終わっていない大謁見の間でだ。
残っている近衛騎士や宮廷貴族にも俺の手柄を見せつけてくれている。
「ここまでして頂いているのなら、褒美を断る方が失礼ですね。
だったら俺が本当に欲しいと思っている物を願いましょう。
俺が欲しいのは、ハーフエルフの人権です。
エルフに命を狙われているハーフエルフ。
人間から高価な性奴隷として狙われているハーフエルフ。
彼らに人間と同じ権利を与えてもらいたい。
魔境の中でいいので、彼らが安心して暮らせる領地をもらいたい」
「その程度の事ならたやすい事だ。
元々我がゼルス王国は全ての人族を平等と定めている。
これまではハーフエルフがいなかったから特に何もしていなかっただけだ。
だがカート殿が望みなら、積極的に受け入れよう。
領地に関しても魔境というのでは恩知らずになってしまう。
今回の処断で持ち主の居なくなった貴族領と王都屋敷を与える。
貴族領と言っても村1つのささやかな領地だが、そこから魔境に狩りに行ける。
カーツ殿ならそれで十分やっていけるのではないか?」
「普通の領地を頂けるというのなら、処分した貴族の領地だけでなく、盗賊に偽装したファイフ王国兵が拠点としていた廃城と周辺の土地が欲しい。
盗賊から助け出した女子供を、そこでかくまっている。
盗賊にさらわれた事で、村や家に戻る事もできなくなった可哀想な者達だ」
「なに?!
盗賊にさらわれた女子供を保護してくれているのか?!
カーツ殿が独力で盗賊に偽装したファイフ王国軍を壊滅させてくれたのだ。
独力で奪い返してくれた城と領地を返せとは言えない。
これから与える領地と屋敷に加えて廃城も自由にしてくれ。
……捕らえられていた女子供は大丈夫なのか?
心や身体を病んでいるのではないか?」
「病んでいるからこそ、家や村に帰りたがらないのだろう。
彼女達の心と身体が癒えるまでは、廃城で静かに暮らさせてやりたい。
新たな領地や屋敷をもらったからと言って、移動させるわけにはいかない」
俺が無礼な言葉づかいをしているからだろう。
王族や近衛兵の中には厳しい視線を向けてくる奴もいる。
そんな連中に、王や王族が無能だった事で、本来王や王族が護るべきか弱い女子供が、実家や故郷の帰らないくらいの被害を受けている事を理解させた。
これでも理解できない奴は処断した貴族士族と同じだ。
理解したうえで、反省もせずに身分差を押し付ける連中も同じだ。
こちらに手出ししてくるようなら手加減せずにぶち殺す!
「全て余が無能であったせいだ。
その事を直視も理解もせず、身分だけで力を振りかざすような恥知らずは、余がこの手で成敗するので、この場は許して欲しい。
余の血を受け継ぐ王子であろうと、王の責務と力を理解していない者は処刑する。
だから1度だけ見逃して欲しい、この通りだ」
俺が本気で殺意を持ったことを理解したのだろう。
王自ら深々と頭を下げた。
わざと殺気を表に出した甲斐はある。
だが、国王自らがここまでしているのに、何も理解できていないバカがいる。
言葉通り王自ら処断できるのかな?
この国も頼りにならないなら、予定通り俺の正義を貫くだけだ。
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