第14話:閑話・勇者の動向1

異世界召喚から15日目


 異世界に勇者として召喚された4人の虐め自殺強要犯達。

 彼らは酒池肉林、この世の春を満喫していた。

 4人中3人は女だが、ホスト遊びをするように男と遊んでいた。


 この世界の基準では、身持ちの悪い女は最低の評価が下される。

 貴族の未婚女性としては恥さらしもいい所なのだが、最初から利用するためだけに召喚しているので、誰も注意しない。


 むしろ珍しい女勇者を抱けるとチヤホヤするだけだった。

 勇者ではあっても、利用するだけで本当の貴族士族とは思われていないのだ。


 一方男の勇者、赤居嵐羽の相手をするのは、貴族令嬢に化けた売春婦達だった。

 使い捨てのつもりで召喚した勇者に、王侯貴族の令嬢を抱かす気などなかった。

 だが、表面上だけは本気で歓待しているように見せなければいけない。


 その結果が、金をつかませた王国有数の売春婦達に、赤居嵐羽を手玉に取らせていいように利用する策だった。

 召喚当所の10日間は、4人を骨抜きにするための酒池肉林期間だった。


「ラント様、ダンジョンで魔獣を虐殺するのは楽しいそうですよ」


 手練手管に長けた売春婦達が、赤居嵐羽の耳にささやく。

 人間に似た魔獣を嬲り殺しにする快感を伝えたのは、ラントの非道下劣な性格を見抜いた売春婦のお手柄だった。


「よし、俺様の強さを見せてやる、ついて来い!」


 上質のワインに酩酊した赤居嵐羽は、何の疑いもなくダンジョンに潜った。

 最前線で戦わせる前に、勇者達のレベルを上げさせようとする王国側の思惑だとは、愚かな赤居に見抜けるはずもなかった。


 ★★★★★★


「マホ様、私と一緒にゴブリン狩りに行きませんか?

 矮小なゴブリンを嬲り殺しにするのはとても面白いですよ」


 仲鳴麻穂(マホ・ナカオ)、竹内音夢(ネム・タケウチ)、八鳥涼花(スズカ・ハットリ)の本性は、残虐非道のひと言で言い表せる。

 弱い者をいたぶり殺す事に快楽を感じる最低最悪の性格だった。


「まあ、それはとても楽しそうね!

 私の実力を披露するいい機会だわ。

 貴男だけでなく、仲の良い人をみんな連れて行かないとね」


 仲鳴麻穂と昨夜ベッドを共にした子爵令息は、内心では嘲笑っていた。

 平民にも劣る、売春婦と同じ貞操観念のアバズレが、騙されているのも理解できず、自分が貴族令嬢達から憧れられていると勘違いしているのだから。


★★★★★★


「うわ、なんだ、なんだ、なんだ?

 ゴブリンはザコじゃないのか?!」


「キャアアアア!

 たすけて、たすけて、いやぁあアアアア!」


 虐め殺人の影響でペナルティを受けている4人の勇者は、レベルアップに必要な経験値が常人の10倍必要になる。

 

 だがペナルティはそれだけではなかった。

 普通なら与えられるはずの召喚者特典や勇者スキルが全くない。

 それどころか普通のステータスまで現地人以下にされている。


 現地人以下のステータスで、全く何の特典もスキルもない中学卒の遊び人。

 そんな奴が徒党を組んだゴブリンに勝てる訳がない。

 それどころか単体のゴブリンにすら殺されてしまう。


「勇者殿を護れ!」


 粗末な錆びた短剣や棒切れで袋叩きにされる赤居嵐羽。

 最初は余裕で見ていた護衛騎士が慌てて助けに入る。

 いくら最高級の防具に身を包んでいても、袋叩きにされたら死んでしまう。


 可哀想なのは赤居をその気にさせるために連れて来られた売春婦だった。

 赤井が勇者だという話しを信じて側にいたので、防具などつけていなかった。

 赤井の巻き添えを食ってゴブリンに嬲り殺しにされてしまった。


★★★★★★


「いやぁあアアアア!

 たすけて、助けて、おねがい、助けて!」


 赤居嵐羽と同時に3人の女勇者によるゴブリン狩りが行われた。

 同時に別のダンジョンで行われたので、他の勇者の醜態を誰も知らなかった。

 だから見目の良い実力のない令息が女勇者のエスコートをした。


 それなりに戦える護衛騎士がついていたが、女勇者と令息のジャマにならないように、少し離れた場所で待機していた。


 そもそも勇者がゴブリンごときに苦戦するなど誰も考えていなかった。

 それが、想像外の醜態をさらす女勇者救出を遅らせる事になった。


 貴族の令息が、怠惰で実力がないのはこの国の常識だった。

 一般的な労働者よりも劣るステータスしかないのも常識だった。

 だが身に着けている防具は、身分にふさわしい高級品で防具力も高い。


「助けろ、俺を助けろ!

 使えない異世界の奴なんてどうでもいい!

 そんな売春婦よりも俺を助けろ!」


 ゴブリンを相手にして、魔術も剣技も全く通用しなかった女勇者は、側にいた貴族の令息と共に袋叩きにされた。

 だが共に最高級の装備に身を包んでいるので即死は免れた。


 しかしここで女であることが災いした。

 自分達の子供を生ますのに、他種族の雌を利用するのが魔獣の習性だ。

 令息は食用に叩き潰されそうになり、女勇者はさらわれそうになった。


 この非常事態に、この国の貴族が召喚した勇者を尊重していないことが、最悪の形で表に出てしまった。


 貴族の令息が、女勇者を見捨てて自分を助けろと護衛の騎士に命じた。

 護衛の騎士も本当の力関係を知っているので、女勇者を見捨てて令息を助けた。


「いや、いや、いや、いや! 

 助けて、お願い、助けて!

 恨んでやる、呪ってやる、お前達を恨み呪い殺してやる!」


 女勇者3人は同じような状況でゴブリンにさらわれていった。

 一緒にいた貴族令息は這う這うの体でダンジョンから脱出した。

 だが、脱出できたら助かるわけではなかった。


「大バカ者の役立たずが!

 勇者を召喚するために何百人の捕虜を殺したと思っているのだ!

 お前らのような、役立たずの所為で、貴重な勇者を失ったのだぞ!

 殺せ、何の役にも立たないどころか、余のジャマになる奴は殺せ!」


 貴重な勇者を3人も失う原因となった貴族令息3人は、その場で処刑された。

 ほとんどの貴族には、正嫡の子供も庶子の子供もたくさんいる。


 その中の1人が王の勘気を受けたのだ、家のために見捨てるのは普通だった。

 1人くらい死んでも代わりの子供はいくらでもいる、それが貴族の考え方だった。


 貴族令息の命令に従って女勇者を見捨てた騎士達にも厳罰が下された。

 ゴブリンにさらわれた女勇者を奪還するまでは、ダンジョンから出る事を許されない、実質ダンジョンへの追放刑、いや死刑だった。


 騎士家の当主、あるいは次期当主だった騎士を助けようとする者もいなかった。

 彼らが死ねば、騎士の席が1つ空くのだ。

 子弟から見れば、父であろうと兄であろうと邪魔者でしかない。


 ただ1人残った勇者、赤居嵐羽に余計な情報が流れないようにされた。

 一緒に召喚された女勇者3人が、同行していた貴族令息や護衛騎士に見捨てられ、ゴブリンにさらわれた事を知られるわけにはいかなかった。


 本来なら、ゴブリンごときに殺されかけた勇者、赤居嵐羽の事を大問題として考えなければいけないのだが、そんな余裕はなかった。


 四方に戦争を吹っかけてしまったファイフ王国は滅亡の淵に立っていた。

 召喚した勇者を上手く利用して、どこか1つでも敵国を滅ぼすしか生き延びる道がなかったのだ。


「勇者ラント様、良いワインが手に入りましたの、一緒に飲みませんか?」


「よこせ!」


 勇者として自信満々にゴブリンを虐殺するつもりだった赤居嵐羽。

 だが現実は厳しく、一緒にいた女は殺され、自分も殺される直前だった。

 その場で大量の回復薬を飲んだから生き延びられたが、回復薬がなかったら……


 その時の事を思いだすと、今でも激しい震えが襲って来る。

 いや、思い出さなくても、小さな物音1つに恐怖してしまう。

 飛び上がって震える身体で部屋の端に逃げるのだ。


 そんな恐怖から逃れる方法は1つしかなかった。

 浴びるほど酒を飲み、常に泥酔状態にいる事だ。

 何もかも忘れて女を抱くしか恐怖から逃れる方法はなかった。


 本来なら、経験値が10倍必要だからこそ、勇者も国もレベル上げに努力しなければいけないのに、最悪の初ダンジョン攻略になった事で、できなくなってしまった。

 

 赤居嵐羽がゴブリンにすらトラウマを持ってしまった。

 トラウマを解消して魔獣と戦えるようになるには、とてつもない覚悟がいる。

 

 ファイフ王国は、4人いたはずの勇者がたった1人になってしまった。

 その気になれば、3人の勇者を失う覚悟で競い合わせる事もできたのに。

 今では、たった1人の壊れた勇者を大事に扱わなければいけなくなっていた。

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