第10話:門番

異世界召喚から35日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点


 俺がゼルス王国の王都に向かったのは、女子供に安心しろと宣言してから5日後、この世界に来てから35日経った日だった。


 100人を超える女子供がいれば、意見や望みが1つだと言う事はない。

 それぞれ違う不安や望みがある。

 それを全て解消するのに5日かかった。


 俺がいなくなる事の不安、その1つ1つを解消していった。

 食糧や燃料に対する不安は、ハーフエルフの隠里に与えたのと同じモノを与えた。

 100年は保存できる肉と野菜の樽の山を見て安心してくれた。


 結界がない不安は、廃城の外側に水を満たした濠と高く厚い城壁を築く事、何より3000体だったゴーレムを、倍の6000体にする事で解消した。


 ゼルス王国の国王に忠告するためには謁見しなければいけない。

 だが、ファイフ王国からの街道は裏切者によって封鎖されている。

 ファイフ王国からの許可証がない、関所破りの俺は確実に止められる。


 俺が本気で暴れれば、ゼルス王国の騎士団1万騎など物の数ではない。

 正式な騎士が1000騎で、見習の従騎士が9000騎だ。

 大規模魔術を放てば瞬殺できる。


 だがそれでは、敵に通じていない者がいた場合は無実の者を一緒に殺す事になる。

 それは俺の正義に反するので、騙されている者には真実を教えなければならない。

 真実を教えた上で、正義に目覚めるように導かなければならない。


 だから街道を使わない方法、王都まで続く危険な魔境を突破する事にした。

 善良な人間が悪事に加担させられないように、急いで王に真実を伝えなければいけないので、新たな従魔やゴーレムを作る事なく一気に通過した。


 ★★★★★★


「王都のダンジョンで狩りがしたくてやってきました」


 俺は王都周辺に点在する村の住民に偽装して城門を通過しようとした。

 王都周辺では、獰猛な鳥獣と戦いながら穀物を作っている。


 この国、いや、この世界では穀物がとても高価なのだ。

 魔境の魔獣だけでなく鳥獣までが、地球に比べるととても大きく凶暴だ。

 だから鳥獣による農作物への被害は甚大だ。


 昼夜関係なく屈強な人間が見張って撃退しなければ、1粒の麦も手に入らない。

 上手く鳥獣を撃退した時は豊かだが、できなかった時には喰うにも困る。

 だから鳥獣被害の大きい村から出稼ぎに来るのはよくある話だ。


「そうか、気をつけろよ」


 歴戦の戦士という風格のある門番が優しい言葉をかけてくれる。

 敵国に寝返る領主と騎士団長がいるような国だから、もっと腐っていると思っていたが、以外に兵士の心根が優しい。


 まあ、俺が選んだ城門が街道の反対側というのもあるだろう。

 ゼルス王国の周囲は深く厳しい魔境しかない。

 唯一の例外が、ファイフ王国とつながる1本の細長い街道だ。


 その街道側にある城門を開けられたら、ファイフ王国からの出入りが自由になる。

 スパイどころか伏兵だっていくらでも送り込める。

 ファイフ王国が謀略を仕掛けるとしたら、そちら側を護る騎士団に決まっている。


 強大なダンジョンという補給方法を持つ難攻不落の城でも、味方だと思っていた者に裏切られ、敵を引き込まれては守り切れない。

 さて、実際にはどの程度まで謀略の手が伸びているのだろう?


「門番さんの上司は信用できる人ですか?」


「はん?!

 騎士団に信用できない者など誰1人おらんぞ!」


「嘘をつかれては困りますよ。

 現実にファイフ王国に寝返る領主や騎士団長がいたのですよ。

 その事を報告しに王都にやってきた平民が、親切な言葉をかけてくださる門番さんの上司が信用できるかどうか、気になって当然でしょう」


 俺は自分の第一印象に賭けた。

 自分の正義を成し遂げるために2000年余も修行したのだ。

 ひと目見ただけで相手の人柄を見抜けるようになっているはずだ。


「なに?!

 領主と騎士団長がファイフ王国に寝返っているだと?!

 違っていたら冗談では済まされんぞ!」


「こんな重大な事で冗談など言いませんよ。

 ファイフ王国側の城門には裏切者がいるかもしれないと思って、こうして反対側に来ているのです。

 門番さんが優しく声をかけてくださらなかったら、王城にまで行って直訴するつもりだったのですよ」


 ハーフエルフや女子供を相手にしている時には、普通に話していた。

 だが、支配者階級と言える門番が相手だと、下手に出なければいけない。

 戦時以外の門番は、騎士階級の子弟が勉強もかねて務めていたはずだ。


「もしそれが本当なら聞き捨てにできない大問題だ!

 さいわい私の上司はとても清廉潔白で誇り高い方だ。

 疑わしい方々の目を盗んで、国王陛下にご報告する事もできるご身分だ。

 今直ぐこの話を報告してくるから、ここで待っていろ!」


 門番は対になっている相方に声をかけると、急いで城門内に入っていった。

 これだけ巨大な城だから、城壁に設けられた城門内に取調室がある。


 城門には、外側と内側に巨大で頑丈な城門が取り付けられている。

 その中には、内外の門に中に閉じ込めた敵兵を殺せるだけの仕掛けがある。

 具体的には上から矢を射る2階と重装甲歩兵を待機させておく部屋だ。


「貴君が寝返りの報告をしてきた者か?!」


 明らかに貴族と分かる立派なプレートアーマーを装備した者が出てきた。

 ヘルメットの面貌を下ろしているので顔が分からない。

 だが声の感じでは、まだ若い男だと思われる。


「はい、その通りです」


 貴族であろう若い男が射抜くような視線を放っている。

 俺の服装や鍛え方を見て、敵の密偵かどうか見抜こうとしているのだろう。


 敵対している国の王と忠臣に、離間の計を仕掛ける事はよくある。

 俺がそのために放たれた密偵かもしれないと疑っているのだろう。


「残念ながら私には貴君が忠義の者か敵の放った間者か見分ける眼力がない。

 本来ならばもっと経験を積んだ方に調べてもらうべきなのだが、事が裏切者がいると言う話では、よほど信用できる方にしか頼めない」


 それはその通りだろう。

 唯一の国境を預かる領主と騎士団長が裏切っているという話なのだ。


 忠臣中の忠臣が裏切っているかもしれないという状況では、誰を頼って良いのか分からなくなって当然だ。

 

「信用できる方が見つかるまで、いくらでも待ちますよ。

 ただ、その間に敵が襲ってきたとしても私の責任ではありません」


「くっ、家に連れて行って話を聞くべきなのだが、父上が貴君に殺されるような事だけは絶対に避けなければならん。

 かといって、どこに敵の目や耳が有るか分からん状況では、いつ貴君が敵や裏切者に狙われるか分からんし……」


 

 今の俺は、変な言い掛かりをつけられないように、平民の兼業猟師に見えるような姿をしているのだ。

 経験不足の若い隊長が俺を信用できず、色々と心配になるのはしかたがない。


 ダンジョンでどれほど鍛えようと、対人経験は学べない。

 むしろダンジョンで強くなればなるほど武力だけで解決しようとしてしまう。

 武力と知力と経験、この3つをまんべんなく伸ばす必要がある。


「では騎士長、私の家にかくまいましょう。

 これでも騎士家の出身ですから、家族も使用人もダンジョンで鍛えています。

 大軍で襲撃されたら防ぎきれませんが、少人数が相手なら簡単に撃退できます。

 特に今日は親父が非番なので、戦力的に安心できます。

 貴族の方々に難癖をつけられるような事があっても、騎士長の名前と親父の名前を出せれば、数日は追い返すことができるでしょう?」


 親切な門番は、父親だけでなく騎士長の家名も使ってもいいかと聞いている。

 この騎士長は、敵に寝返っている貴族が遠慮するほどの家柄出身なのだろう。

 そんな相手に出会うとは俺も運が良い。

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