第9話:仕様変更

異世界召喚から30日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点


「ここはゼルス王国です。

 救世主様が申されている国は、隣国のファイフ王国です」


 盗賊団に捕らえられていた、不幸な女子供を助けてから5日が経っている。

 女子供は廃城の生活環境を整え、少しでも住み心地を良くしていた。

 呼び寄せられる彼女達の家族は、俺が密かに1人残さず廃城に連れてきている。


「ふむ、いつの間にか国境を越えていたか」


 俺はこの世界の事をよく知っている。

 仙境にいる2000年余の間に、たいがいの事は予習している。

 その中には、禁呪である勇者召喚を行ったファイフ王国周辺の知識もある。


「救世主様はファイフ王国から来られたのですか?」


「ああ、あまりにも身勝手で残虐な王や貴族に嫌気がさしてこの国に来たのだ。

 俺がこの国に来たからには、もう何の心配もいらない」


 大嘘である、女子供を安心させるためについた嘘だ。

 だが、人口300万人のファイフ王国に狙われているのだ。

 人口15万人しかいないゼルス王国の女子供を安心させるには、嘘も必要だ。


「私達は本当にこのままここにいていいのでしょうか?

 ご領主様や騎士団長様にご報告しなくてもいいのでしょうか?」


 俺に助けを求めて来た娘の母親が、その娘を膝に乗せてたずねる。

 まだ家族が生きていて、村や家に戻りたくない女子供の家族を連れて来た。

 盗賊達が集めた食料のある廃城の方が、貧しい村や家よりも豊かに暮らせるから。


「知らせるべき領主と騎士団長が、母国を裏切ってファイフ王国に通じている。

 そんな連中に知らせても、口封じのために殺されるだけだ。

 そもそもお前達がこんな目に会っているのも、領主や騎士団長のせいなのだぞ」


「それを国王陛下に知らせる訳にはいかないでしょうか?

 このままでは多くの人々が殺されてしまいます」


「お前達の優しい気持ちは分かるが、とても危険だ。

 裏切っているのが国境を護る領主や騎士団長だけとは限らない。

 7人いる団長が、全員裏切っている可能性もある。

 それは副団長や百騎長、大臣や文官も同じだ」


「とてもお優しい王様なのです。

 ファイフ王国軍を相手に、先頭に立って戦ってくださるのです。

 戦で夫や子供を失った女達に食糧を分けてくださる、よい王様なのです」


「お優しい王様だから良い王様とは限らない。

 時に厳しくないと、家臣が裏切る事もある。

 今回もファイフ王国の謀略になす術もなくやられている。

 お前達の不幸は、国王の力不足からきているのだ」


「お優しい王様を頼る事もできない私達は、どうすればいいのでしょうか?」


「俺を頼ればいい。

 縁があって助けた以上、最後まで面倒を見るから心配いらない。

 食糧はここに蓄えられていた穀物と干肉で1年は持つだろう。

 燃料はゴーレムに伐採させた木々を使えばいい。

 ファイフ王国軍が攻めて来てもゴーレムが護るから安心しろ」


「でも、救世主様がここを出ていかれたら……」


「ここにいる3000体のゴーレムを残していくから、何の心配もいらない」


「でも、救世主様がおられないと魔力が……」


「魔力は十分蓄えてある。

 俺がいなくなっても100年は動く。

 それに、お前達が愛情を注いで世話すれば、魔力は自然と補充される」


「魔術士でもない私達でも魔力が補充できるのですか?」


「ああ、どれほど魔力が少ない人間でも、魔力自体は作っている。

 魔力が少ないと言うのは、作る量が少ない場合と蓄えられない場合がある。

 どれほど魔力を作る量が少なくても、ゴーレムに補充する事はできる」


「魔力を作る量が少ない人間が、ゴーレムに必要な魔力を与えられとは思えません」


「その点は何の心配もいらない。

 俺の作ったゴーレムはとても小食なのだ。

 必要のない時には動きを止めて魔力を使わないようにできる。

 それに、捕虜にしている盗賊達からも魔力を集めている」


「あいつらを拷問するのにも魔力がいるのですよね?」


「そうだな、拷問するためには動かなければいけないから、その分魔力を使う」


「拷問を止めれば、私達を護ってくれるゴーレムの魔力は減らないのですね?」


「ああ、減らない。

 だがそんなに心配しなくてもいいぞ。

 ゴーレムは、お前達からは苦しくない程度の魔力しか奪わないが、盗賊達からは動けなくなるくらいの魔力を奪っているから」


「動けなくなるくらい魔力を奪うと言うのは、苦痛なのでしょうか?」


「苦痛になるように奪う事もできるし、気持ちよくなるように奪う事もできる。

 悪い奴を罠に嵌める時には気持ちよく魔力を奪う」


「みんなと相談してからの事になるのですが、盗賊達の拷問を止めて、苦痛を与えながら魔力を奪っていただけないでしょうか?

 救世主様がここを出て行かれる事がとても不安なのです。

 身勝手を申しているのは重々承知しているのですが、怖くてたまらないのです。

 せめて、ゴーレム達の魔力をできるだけ使わないようにして頂けませんか?」


 女子供達の不安はよく分かる。

 表向きは盗賊となっていたが、実際にはファイフ王国の雑兵がやっていた悪事だ。


 ゼルス王国がファイフ王国に占領されたら、自分達がどのような目に会わされるか、骨身に染みて理解している。

 あのような生き地獄に、もう1度落とされるのは絶対に嫌だろう。


「分かった、女子供で話し合って決めればいい。

 決めた通りにゴーレムの魔力補充方法を変えてやる」


 女子供の不安を解消する方法は1つしかない。

 ファイフ王国を完膚なきまで叩き滅ぼす事だ。

 俺がその気になれば、1時間もあれば片手間でやれる事だ。


 だが、女子供には可哀想だが、そう簡単にファイフ王国を滅ぼすことはできない。

 神の禁を破って異世界召喚魔術を使ったファイフ王国の王達には、筆舌に尽くし難い激烈な罰を与えなければならない。


 そして王達以上の罰を、虐め自殺強要の腐れ外道共に与えなければならない。

 そう簡単に、楽に殺す訳にはいかない。

 両者には、今までやってきた事以上の罰を与えなければならない。


 そのために俺はこの世界にやってきたのだ。

 地球では絶対に行えない正義を実行するために、この世界にやってきたのだ!

 だが、俺の正義には、女子供を安心させ幸せにする事も含まれている。


「そうだな、お前達の不安を解消してやる事も大切だ。

 この辺りを治めている領主と国境を護るはずの騎士団長が、ファイフ王国に通じている事を、この国の国王に伝えて来てやる。

 だから安心してここで待っているがいい」

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