第3話:奴隷商人

異世界召喚から6日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点


 俺を魔境と呼ばれる魔の森まで運んだ騎士はそれなりの人間だった。

 勇者召喚に紛れ込んだ罪人とされている俺に暴力を振るったりしなかった。

 それどころか、国王から与えられてもしない食事まで提供してくれた。


 俺はそんな騎士と配下を殺すほど悪人ではない。

 素直に魔の森まで連れていかれてやった。

 彼らが暴力に訴えなくてもいいように、進んで魔の森に入ってやった。


 別に彼らの為だけに魔の森に入ったやったわけではない。

 自分に何ができて何ができないのか、確かめる為でもあった。

 5日間色々と確認した結果、大量のゴーレムと従魔を手に入れられた。


 ガタ、ゴト、ガタ、ゴト、ガタ、ゴト、ガタ、ゴト。


 手入れの行き届いていない、凸凹の道を汚い馬車が進んで来る。

 こちらが風下になっているので、とんでもない悪臭がただよってくる。

 汚物でも運んでいるのかと疑いたくなる臭さだ!


(クレアヴォイアンス、千里眼。

 プレゼンス・ディテクション、気配察知。

 インフラレド・ディテクション、赤外線探知。

 アルトゥラサニク・ディテクション、超音波探知……)


 俺は元々慎重な性格なのだ。

 何故なら、正義のヒーローには間違いが許されないから。

 悪人だと思って退治した相手が実は善良な人間だったなど、絶対に許されない。


 だから使える魔術を全て使って臭い馬車の正体を探った。

 映像、気配、熱源、音声などを使って調べた。

 その結果は、やはり奴隷商人の馬車だった!


「止まれ、止まらないと問答無用で叩き殺すぞ!」


 俺は馬車の前に立ちはだかった!


「なんだてめぇ!

 俺様達を、泣く子も黙る奴隷商人、コナン商会と知っての事か?!

 かまわねぇ、金になりそうもない男ななんざひき殺しちまえ!」


 俺から見て御者台の右側に座っている奴が命じた。


「へい!」


 俺から見て左側に座っている御者が、命令に従って輓馬に指示を出す。

 ありがたい、これで正当防衛が成り立つ。

 いくら弱肉強食が基本の世界でも、正義の段取りは必要だ。


「何の罪もない者をさらって奴隷にするだけでなく、被害者を助けようとした者まで殺そうとする。

 そのような悪人は、神に成り代わって成敗してくれる!」


「寝言は寝て言いやがれ!」


 重量物を運ぶための大型の馬が2頭、御者の命令を突進してくる。

 だが、荷物と奴隷を満載した幌馬車を牽いているのだ。

 重量の分だけの破壊力はあるが、スピードはない。


 体重が軽く1トンを超えているだろう輓馬が2頭。

 何の罪もない輓馬まで殺す気はない。

 俺が正義の鉄槌を下すのは、悪人だけだ。


(我が式神たる者達よ、我を命を狙う者を殺せ。

 我が使い魔達よ、我の命を狙う者を殺せ)


 仙境で覚えた式神術をつい使ってしまう。

 これでも魔術は発動すると聞いているのだが、念のためにこの世界風に言い直す。

 とは言っても、式神を使い魔と言ったりゴーレムと言ったりするだけだ。


 どのような攻撃をするのか知られたくないから、心の中で呪文を唱える。

 検証の結果、物理的な攻撃を加えたい時はゴーレムと言った方が良いようだ。


「「ぐっ、ぎゃっ!」」


 俺を殺そうとした男達、2人とも胸を押さえて御者台に倒れ込む。

 使い魔が見えない力を使って心臓を破壊してくれた。

 それを確認したうえで、ひらりと輓馬をかわして御者台に飛び乗る。


「どう、どう、どう、どう!」


 ゆっくりと優しく、だがこちらの意思を明確に伝えるように手綱を絞る。

 俺の命令が正しく伝わり、2頭の輓馬が行き足をゆるめる。

 急停車してしまうと幌馬車の中にいる者達がケガをしてしまう。


「お頭、お頭、何事ですか?!」

「ばかやろう、直ぐに見て来い!」

「へい!」


 騒いでいるのは、幌馬車後部にある護衛台にいた2人の男だろう。

 まず間違いなく悪党だと思うのだが、確認するまでは殺せない。

 正義のヒーローを名乗るのなら、多少の手間と危険は覚悟しなければいけない。


「あっ、てめぇ、お頭とボブに何しやがった?!」


 とてもゆっくりな歩みになった馬車の左側を、走ってやってきた奴が怒鳴る。

 護衛が2人いて、確認に行かされるのだから、下っ端の方だろう。


「人さらいと手下をぶち殺しただけだ。

 罪を悔い自首するのなら見逃してやる。

 だが、かかってくるのならぶち殺す!」


 俺は悪人に正義の鉄槌を下したいからこの世界に来たのだ。

 悪人が悔い改めるのではなく、かかって来てくれた方が良い。

 だから挑発するような態度と言葉を使っている!


「野郎、兄貴、お頭がやられました!」


「なんだと?!

 グズグズしていないでとっととやっちまえ!」


「へい、ですが、お頭達を1人でやったようでして……」


 悪党を気取ってはいても、元々の性格は臆病で小狡いのだろう。

 お頭と言われている奴と御者を同時に殺した俺を恐れているのだ。

 兄貴分と一緒でなければ攻撃をする事もできない憶病者なのだろう。


「それだからお前はいつまでたっても下っ端のままなんだよ!

 ちったぁ度胸のある所を見せやがれ!」


 そう大声で叱りながら兄貴分と思われる奴がやってきた。


「へい、ウォオオオオ!」


 兄貴分が現れたとたんに強気

 手に持った剣を振りかぶってと突っ込んで来やがった。

 だが、全く何の訓練もしていないのでスキだらけだ。


(我が式神たる者達よ、我を命を狙う者を殺せ。

 我が使い魔達よ、我の命を狙う者を殺せ)


 この手で叩き殺してやってもいいのだが、血をまき散らしてしまったら汚い。

 清浄魔術できれいにできるとは言っても、生理的な嫌悪感がある。

 そう言う点では、きれい好きの日本人はこの世界に不向きだ。

 

「ぐっ、ぎゃっ!」


 心臓を握り潰された下っ端がうめき声をあげて地に倒れる。


「何しやがった?!

 てめぇ、魔術師か!」


 そう言い放った兄貴分が剣を握って突っ込んでくる。

 剣術の訓練をした事がないのだろう。

 だが、下手に振り回すより身体に固定して突っ込んで来る方が怖い。

 

 どのような武器であろうと、ようは敵よりも早く相手に届けばいいのだ。

 敵が剣を振りかぶって下すよりも先に、敵の身体を貫けば勝ちだ。

 そう言う意味では、この兄貴分の突きは理にかなっている。


「ぐっ、ぎゃっ!」

 

 だが、そんなケンカ突きよりも先に俺の使い魔が仕事をしてくれた。

 最初に敵の頭と御者を殺すために召喚しておいた2体の使い魔だ。

 下っ端を殺した時に1体余っていたのだ。


(さて、馬車に捕らえられているエルフ達を開放してあげよう。

 正義の味方ならば、被害者を助けるのは当然の事だ)

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