5-2.【事例2】「大騒ぎ」のゲーム

 さて、【事例2】はどのようなゲームなのでしょうか?


 実は、この先輩は私に「大騒ぎ」のゲームを仕掛けているのです。


 「大騒ぎ」のゲームというのは、例えば、学校の教師と生徒の関係でいうと、生徒が授業中に次のような行動をとって、教師の関心を引き、騒ぎを大きくしていくというものです。


 それは、バーンと大きな音を立てて教室の扉を閉める、授業中に私語を交わして教師から注意を受ける、教師の小さなミスに強くこだわる・・・といった好ましくない行動です。生徒はこのような好ましくない行動をとって、周りに不快な刺激を与えて、教師や周囲の怒りを誘い、教師や周囲がこれに応じると、さらに騒ぎを大きくしていきます。


 しかし、こういった行動を取ることによって、生徒は周囲の関心を得ることができるのです。たとえ、それが教師や周囲から非難されるというマイナスの関心であっても、生徒にとってはまったく問題がないのです。その生徒には、プラスであれ、マイナスであれ、周囲の関心を得ること自体が目的だからなのです。この生徒のように、周囲の関心を得るために、現実に「大騒ぎ」を起こす人がいるのです。


 そういった人が、周囲を巻き込んで引き起こすのが「大騒ぎ」のゲームと呼ばれているものなのです。


 ただし、「大騒ぎ」のゲームを演じる人が周囲の関心を得たい理由は、いくつも存在するので注意が必要です。


 例えば、理由の一つとして、【事例1】でご紹介したストローク(人間同士の交流)を得たいことがあげられます。先ほどの生徒はプラスであれ、マイナスであれ、周囲の何らかの関心を得ることによって、周囲と自分との繋がり、つまりストロークを確保しようとしているのです。


 また、自己顕示欲の強い人、いわゆる「目立ちたがり屋」さんが、単に自分が周囲に認められたい、目立ちたいという理由だけのために、「大騒ぎ」のゲームを演じることもあります。


 あるいは、特定の人を攻撃するために、標的となった人の些細なミスや失敗をことさら大きく騒ぎ立てて、それを周囲に必要以上に強く訴える人もいます。そうすることで、周囲の関心を引いて、自分の自己顕示欲を満足させるとともに、標的にもダメージを与えるのです。


 実は後年、ものすごく自己顕示欲の強い女性が私の部下になったことがありました。彼女は自分の出身大学をそれとなく自慢するようなタイプの人で、周囲の人とも、うまく溶け込むことができていませんでした。


 当時、私のグループは毎朝、全員でミーティングをしていたのですが、彼女は私の作った資料などに些細な間違いを見つけると、必ず、翌日のミーティングで「永嶋さんの資料のここが間違っています。訂正しないとマズイですよ」と言い出すのです。ミーティングは全員のスケジュールを確認するために行っていたもので、そのような指摘を披露する場ではなかったのですが、自己顕示欲の強い彼女は、『自分を周囲に認めさせたい』という自分の欲求を我慢できなかったようでした。


 言うまでもなく、このような『間違いの指摘』は全員の前で行うものではなく、『その人と二人っきりになったときに話す』というのがルールで、これは社会常識でもあります。彼女にはこういった社会常識もなかったということです。


 彼女の指摘は、実は彼女が間違いと思っているだけで、本当は間違いではないことも多々あったのですが、私はそんなことは一切言わず、彼女に「どうもありがとう」とだけ言って、受け流していました。


 実は、この彼女の『わざわざ全員の前で間違いを指摘する』という行動は、軽い「大騒ぎ」のゲームに他ならないのです。


 彼女のような人は、職場に限らず、どこにでもいるのです。そして、【事例2】の先輩のように露骨で、かつ極端ではありませんが、私に軽い「大騒ぎ」のゲームを仕掛けているのです。こういったことは、日常生活の中でもよく経験します。


 つまり、この「大騒ぎ」のゲームは職場ばかりではなく、日常の生活の中でもさかんに演じられるのです。


 どうですか? あなたの日常の中にも「大騒ぎ」のゲームを演じる人はいませんか?


 さて、それでは、【事例2】の先輩に「大騒ぎ」のゲームを当てはめて考えてみましょう。


 【事例2】のプロジェクトは私の担当であり、先輩は関係がありませんでした。しかし、その先輩はたまたま以前、そのプラントの設計を行ったことがあり、その経験をもとに私の設計計算をチェックしたのです。その目的は、もし私の設計に間違いがあれば、それをもとに大騒ぎを演じることで、周囲の関心を自分に集めることだったのです。


 恐らく、先輩が周囲の関心を集めたかった理由は、「永嶋が担当しているプラントは、この会社の中では永嶋ではなくて自分が一番詳しいんだ。だから、自分は永嶋の設計ミスもこうして見つけることが出来るんだ」ということを主張して、部署の中で、自分の存在を際立たせ、自己顕示欲を満足させたかったのだと思われます。


 そして、(先輩にとっては運よくと言っていいでしょう)、目論見どおり、私の設計計算が間違っていることを「発見」したのです。あとは、もうその先輩の一人舞台です。担当でもないのに、実績会議では、声を大にして「永嶋の設計は間違っている」と繰り返し言い続け、あげくは、勝手に工事を行う工場に出かけて行き、「永嶋の設計が間違っている」ことを解説する会議まで開催したのですから。。。


 先輩が「大騒ぎ」のゲームを演じていたと考えると、私がその先輩に「どこが間違っているのか、教えてください」と何度頼んでも、コンピューターの計算用紙を投げて寄越こすだけで、無言を貫き、一切私に話をしなかったこともよく理解できます。


 つまり、私が間違いに気づいて、そのプロジェクトが中止になってしまえば、「大騒ぎ」が終了してしまうためなのです。「大騒ぎ」を継続し、なおかつ、だんだん騒ぎを大きくして、自分に注目が集まり続けることが、その先輩の目的なのです。このため、先輩としては、私が間違いに気づくことは具合が悪いのです。


 このように、先輩が「大騒ぎ」のゲームを仕掛けてきたと考えると、すべてが説明できます。しかし残念ながら、間違っていたのは私ではなく先輩の方でした。


 それでは、このような「大騒ぎ」のゲームを仕掛けられたら、どのように対処すればいいのでしょうか?


 この「大騒ぎ」のゲームの目的は、騒ぎを起こすことによって、自分に注目を集めることにあります。したがって、仕掛けた人間と口論をしたり、自分も会議を開いて設計内容を説明するといった対抗策を取ると、ますます騒ぎが大きくなるばかりですから、相手の思う壺にはまってしまいます。このため、「大騒ぎ」のゲームを仕掛けられたからといって熱くなったり、興奮したりするのは逆効果になります。


 すなわち、このゲームでは、あくまで冷静を保ち、自分の設計を再確認して間違いがないことを確認すれば、その先輩を無視することが最良の策なのです。


 しかし、会社といった閉鎖集団のなかでは、なかなか先輩を無視することはできないのが実情です。最低限、周りの人に、自分の設計は間違っていないことを告げて、その先輩との接触を極力避けて距離を置いて対処するというのが現実的な方法だと思います。


 無視されるというのは、騒ぎを大きくしたい先輩から見ると逆の効果になります。このため、先輩を無視することによって、先輩がさらに騒ぎを大きくする行動をとることが予想されますが、それもすべて黙殺してしまうのです。つまり、「大騒ぎ」のゲームを仕掛けられたならば、大騒ぎとは逆の行動(無視する、放置するなど)をとって対抗すればよいのです。


 その結果、大騒ぎの原因が私のミスではなく、先輩自身の単純な計算ミスだと分かった途端、このゲームは終了することになるのです。


 実はこの事例には後日談があります。


 後日談には、私に「大騒ぎ」のゲームを仕掛けてきた先輩と、もう一人別の先輩が登場します。このため、「大騒ぎ」のゲームを仕掛けてきた先輩をA先輩、別の先輩をB先輩と呼ぶことにします。B先輩は、A先輩よりだいぶ年上です。


 さて、A先輩の一件があってから、数年経ったときのことです。私はB先輩から、相談があると言われました。それで、会社が終わってから、B先輩と近くの居酒屋に行って一杯やったのです。当時、B先輩は、この【事例2】のプラントに関するプロジェクトを担当していました。ただ、そのプロジェクトは、私が【事例2】で担当した新規技術とは関係がない、全く別のものでした。


 さて、ビールが進んだところで、B先輩が私にこんなことを言いだしたのです。以下、B先輩との会話です。


B先輩「永嶋。お前に相談に乗ってもらいたいのは・・・Aのことなんだ」

私  「A先輩ですか?」

B先輩「そうなんだ。実は、Aが俺のプロジェクトに勝手に入ってきて、好き勝手をやるんだよ。Aはプロジェクトの担当ではないのに、担当の俺に断らず、勝手に工場で会議を開いたりするんだ。それで、俺に黙って、勝手にプロジェクトの内容を変更したりするんだよ。こうしたAの振る舞いに本当に困っているんだ。オレがAに注意しても、まったく言うことを聞かないし・・・本当に弱っているんだ。一体、どうしたら、いいのかなぁ?」


 これには、私も驚きました。なんと、A先輩は私に仕掛けた「大騒ぎ」のゲームを、局面を変えて、自分の先輩であるB先輩にも仕掛けていたのです。


 そこで、私はB先輩に【事例2】の経験を話しました。そして、B先輩に「それは部長に話して、部長から強くA先輩に注意してもらうべきですよ」とアドバイスしたのです。


 数日後、B先輩から「お前の言うように、部長からAに注意してもらったら、Aはもう関与してこなくなった。お陰で助かったよ」というお礼がありました。


 A先輩は【事例2】で懲りたはずなのに、同じ「大騒ぎ」のゲームを今度はB先輩にも仕掛けたというわけです。


 さて、この後日談は極めて重要なことを示唆しています。


 それは、「」ということです。これは、「大騒ぎ」のゲームに限らず、どのゲームにも共通するのです。


 このため、同じゲームを何度も同じ人から仕掛けられたりするのです。こうなるともう病気のようなもので、その人が近くにいる限り、あなたにいつかまた同じゲームを仕掛けてくる可能性が高いのです。


 これでは、身体がいくつあっても足りませんよね。このため、もし、何らかの理由で、ゲームを仕掛けてくる人から離れることができないならば、その人からゲームを仕掛けられても、「またかと無視する」ことも極めて重要になるのです。つまり、その人の仕掛けるゲームを「柳に風」と受け流し、損害を被っても多少ならば「こんなこともあるさ」と意に介さないのです。


 これは、「言うは易く行うは難し」で、現実に実行するのはなかなか難しいのですが・・・あなたの大切な人生を、ゲームを仕掛けるような人間に振り回されないためにも、極めて重要なことなのです。ぜひ、頭に留めておいてください。


 「大騒ぎ」のゲームの対処法

 大騒ぎとは逆の行動(無視する、放置するなど)をとって対抗する。相手が、さらに騒ぎを大きくする行動をとっても、すべて黙殺する。


 「ゲーム」一般の対処法

 。このため、ゲームを仕掛けられても、またかと無視する。その人の仕掛けるゲームを「柳に風」と受け流し、損害を被っても多少ならば「こんなこともあるさ」と意に介さない。この対処法はなかなか難しいが、必ず頭に留めておく。

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