5-1.【事例2】いくら尋ねても無言を貫く先輩
私が化学プラントの設計や建設の仕事をしていたことは既に述べました。
化学プラントの仕事の予算は、小型のプロジェクトですと1億円程度、大型のプロジェクトですと数百億円から数千億円以上になります。このように、大きな額のお金を取り扱うことが特徴で、このため、プロジェクトの遂行には極めて大きな責任を負います。また、期間も2年程度かそれ以上という長期間を要するのが通常です。
ある時、私は当時日本初という新規技術を導入するプロジェクトを担当していました。規模は10億円程度の仕事でしたが、日本で初めてという新規技術であったため、いつも以上にメーカーとも綿密に打ち合わせを行い、またテスト設備で何度も試験を実施しました。そして、最も大切なのは私自身の設計ですので、何度も計算を繰り返し、計算間違いのないようにできる限りの対応を行っていました。
さて、設計も一段落し、主要な設備の発注も完了し、プロジェクトがほぼ
同じ職場にいた私の先輩が「永嶋の計算は間違っている。このプロジェクトは失敗する」と言い出したのです。その先輩は、私のプロジェクトの担当ではなかったのですが、なぜか私のプロジェクトに首を突っ込んできて、実際に自分で設計計算をして、失敗するという結論に至ったようなのです。
当時、私の所属する部署では、月に1回、実績会議を開いていました。その先輩は毎月、実績会議で全部員の前で声を大にして「このプロジェクトは失敗する。絶対に失敗する」と繰り返して言うのです。実際に設計計算をしたのは私とその先輩だけですので、部署の他の人は、そのように言われても、どちらが正しいのか全く判断がつきません。
しかし、いきなり、そんなことを言われた私は仰天しました。これは大変なことになったぞと、私は何回も設計の計算をやり直したのですが、どうしてもどこが間違っているのか分かりませんでした。
私はその先輩に何度も「どこが間違っているのか、教えていただけませんか」とお願いをしたのですが、その都度、その先輩は何も言わずに、コンピューターの計算結果を印刷した紙を、黙って自分の席から私の席に投げて寄こすだけなのです。
正直、この態度には、いくら先輩でも、同じ人間として腹が立ちました。そして、先輩は一言も話してくれませんでした。何を聞いてもまったくの無言なのです。コンピューターの計算結果は、その先輩が勝手にXやYと定義した記号で記載されており、当然、私にはどの記号が何を表しているのか、さっぱり分かりません。記号の意味を先輩に聞いてもまったく無言で一切教えてくれないのです。
そのうち、その先輩は、その設備を導入する工場に勝手に出張していって、工場関係者を集めて「永嶋の計算が間違っている」ことを話す説明会を始めたのです。ちなみに、私はその会議には呼ばれませんでした。
話がここまで大きくなると、さすがに部署長である部長も私に「どうなっているのか?」と聞くのですが、私は自分の計算のどこが間違っているのか、さっぱり分からず「分かりません」と答えるしかありませんでした。
もし、先輩の言う通り、本当に私の計算が間違っているのならば、プロジェクトに投入する10億円の予算が全て無駄になってしまいます。加えて、プロジェクトの製品を出荷するお客さんも全て決まっていますので、製品が計画通り出荷できないとなると、その損害賠償金なども支払わなければなりません。このため、もし私の計算が間違っているのならば、先ほどの10億円と合わせて膨大な損失を会社が被ることになるのです。
私は焦りました。しかし、間違いは見つかりません。先輩は相変わらず一言も話してくれません。
話はどんどん大きくなっていきます。ただ、私とその先輩しか設計計算をしていないので、誰もどちらが正しいのか分からない状況が続いていました。設計計算は複雑で、誰もが簡単にできる内容ではありません。
さすがに、その設備を設置する工場もこれは大変だと騒ぎだしました。設計の責任者として私には工場に事態を説明する義務がありましたので、私は計算間違いを見つけるために、何日も何日も徹夜を繰り返しました。
計算の前提条件が間違っているのかもしれないと思い、その工場に出かけて行って、まるまる三日間、一睡もせずに温度や圧力といった前提条件を逐一確認したのですが、そこまでしても、どこが間違っているのか、さっぱり分かりませんでした。このため、工場に事態を説明したくても、何も説明できないという、もどかしい状況が継続したのです。
こんな状態が数ヵ月も続きました。私は疲労困憊し・・・肉体的にも精神的にも限界に来ていました。
そんなある日のことです。
私はもう何十回目か分かりませんが、いつものように、その先輩に「私の計算のどこが間違っているのか教えてください」と頼みました。すると、先輩は、これも、いつもと同じように、コンピューターの計算結果を印刷した用紙を、黙って自分の席から私に投げて寄こしたのです。
私はため息をついて、その紙を眺めました。おそらく、3時間ぐらい眺め続けていたと思います。ずっと、同じ用紙を長時間に渡り眺め続けていたために、私は頭がぼんやりし、半分眠ったような状態になってしまいました。
その時です。
私は、先輩の計算の中で、温度の初期設定条件が1ヵ所、間違っていることに気づいたのです。初期設定条件というのは・・コンピューターで計算を開始する前に、計算の大前提となる温度や圧力といった条件を入力しないといけないのですが・・計算を始める前に入力しなければならない、そういった大前提となる一番基本的な条件のことです。
私は驚きました。まさか、先輩の計算のこんなところが間違っているとは・・
あまりにも基本的な個所でしたので、まさかそんなところが間違っているとは夢にも思わず、私はそれまで何ヵ月も気がつかなかったのでした。
これで、やっと原因が分かりました。その原因は、先輩が1ヵ所、初期設定条件の温度を間違えて計算していたという実に単純なミスだったのです。
さっそく私は先輩に「先輩。ここの温度、間違っていますよ。ここを正しい温度にしたらプロジェクトはうまくいきますよね」と尋ねました。先輩はなかなか口を開きませんでした。しかし、私が何度も聞いていると、ついに「そりゃ、うまくいくだろう」と一言だけ、いやいや口を開いたのです。
それから、その先輩は「永嶋の計算は間違っている」とは一切言わなくなりました。
しかし、いままであんなに大騒ぎをして、私の計算が間違っていると言ってきたのに、先輩は、それについては一切触れることはなく訂正もしませんでした。
間違いは誰にもありますので、私に謝罪をしていただきたいとは全く思いませんでした。しかし、あれだけ大騒ぎをしたわけですから、せめて関係者には「いや、済まない。自分の計算が間違っていた。永嶋の計算で問題ない」と一言だけでよいので、話をしてほしかったと思います。
しかし、その先輩は、その後はダンマリを決め込んで、あれだけ騒がした周囲の人たちにも一切説明を行いませんでした。私の方から周りの人に「先輩の計算が間違っていた」というのも気が引けましたので、私からは周りの人たちには説明を行いませんでした。
結局、周りの人たちは、どちらが正しいのか、さっぱりわからないまま、プロジェクトの進行を見つめるという状態が最後まで続いたのです。
そして、結論から言うと、そのプロジェクトは私の計算通りに、うまくいきました。
ただ、私はその先輩のために、ものすごいストレスを何ヵ月も受け続けたわけです。いくら先輩でも、あんなに頭を下げて「間違っているところを教えてください」と頼んでいるのにまったく無言で、コンピューターの計算シートを投げて寄こすという行為は失礼の極みというしかありません。
もし、私が最初に先輩に聞いた時に、先輩が口を開いて、自分はここが間違っていると思うと話してくれていたならば、おそらく、すぐにそこの温度の初期設定条件が間違っていることが判明したでしょう。
ただそれだけのことを、先輩がしてくれなかったために、私は何ヵ月にも渡って、もがき苦しむことになったのです。
その何ヵ月間、何回計算をやり直したことか、またそのために何度徹夜したことか、それを思うと、その先輩にはものすごく腹が立ちました。先輩のミスが判明した後も、先輩に「先輩。みんなに、ちゃんと口で説明していただけませんか」と頼んだのですが、それを言っても、一切無言を通されて、結局は私のストレスが増すばかりでした。
・人の仕事で失敗を見つけたと思ったら、鬼の首でも取ったかのように騒ぎ出す
・理由を聞いても一切無言で教えてくれない
・自分の間違いが判明しても、謝りもしないし無言を通す
・あれだけ大騒ぎしたのに、周りに「あれは間違いだった」とは絶対に言わない
あなたの周りにも、このような迷惑とストレスをばらまく「迷惑人間」はいませんか?
以上が【事例2】の私のストレス体験です。
さて、皆様には、この【事例2】とよく似たご経験はありませんか? また、もし皆様がこの【事例2】の私の立場だったら、皆様はこの事例のストレスから逃れるにはどうしたらいいのでしょうか?
それでは、次回にこの【事例2】をゲーム分析で振り返ってみたいと思います。
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