第2話 二つの絵

 額縁から取り出した絵を隅々まで確認して、分かった事がいくつかあった。

 どちらも、ここ数年以内に描かれた比較的新しいもの。

 サインは別物だが、若干タッチが似ている。同一人物があえて、別人を装って描いたか、片方の人間がもう一つの絵を手伝ったような感じを受けた。それは絵の具の種類にもその傾向が見られた。

 そして、最近描かれた絵に対して、額縁は古い物だ。古いながらも、各々の絵の良さを殺さないよう考えられた額縁のチョイス。

 風景画はどう見ても素人が描いた絵に見えるのだが、不思議と額縁との調和が良い。


「どう? なにかわかった?」

「何にも……どうやら、どちらの作者も有名じゃないみたいだな。あいつ、なんだってこんなものを送ってきやがったんだ?」

「有名だったら、すぐにわかっちゃうからじゃない。はい、コーヒー」


 知子の言う通りかもしれない。単純に俺の審美眼しんびがんを試しているならば、有名作品を持ち込んで、真作か贋作かと聞いてくるだろう。ふたつのうち、どちらかを選べと言うのは、どちらかが将来的に値が上がるか見極めろと言うことか? でも、それではあいつか来た時に、何が正解かわからないだろう。

 絵と言う物の基本的に号数、つまりサイズで値段が決まる。この場合、全く同じ号数なので、今は関係ない。

 そうすると、作家だ。作家単価と言う物がある。実績、つまり有名な賞を取っていたり、人気がある作家は当然単価が高くなる。この二つの作品は作者は同一人物なのか、別人なのかで変わってくる。俺が見た限りでは、似たタッチが多くみられるため、ここは判断が難しい。また、この作者が亡くなっているかどうか、希少性の問題も出てくる。


「作者を特定しないことには、前に進まないな」

「でも、それにはお義父さんが、この作品をどこで買ったかわからないとだめなんじゃない?」

「ああ、それなんだが、送ってきたところから見ると、フランスで買ったんだろう。パリだけで千以上の画廊があるんだぜ。それを一軒一軒聞いていくのか?」

「それもいいけど、先生に聞いてみたらどうなの?」


 画商として駆け出しの俺には当然、先生と呼べる先輩画商がいる。先生以外にも美術関係者の伝手を使って、どちらの絵が高価なのか、意見を求めることもできる。しかし……。


「それは、俺の力じゃない。あいつに売られた喧嘩をほかの人の力を借りて、勝っても意味がないんだ」

「あら、そう? 人脈もあなたの力だと思うけど? じゃあ、こんなのはどうかしら、作者を探していますってSNSに上げてみては? 作者を探すくらいなら大丈夫でしょう。そこから先の判断は和也くんがすればいいんじゃない?」

「そうだな。作者を特定するくらいなら、人の手を借りてもいいな」


 そうして、俺はSNSに絵の写真をあげることにした。しかし、おそらく日本でこの絵の作者は見つからない。そのため、パリにいる知り合いの画商に頼んで、同じようにSNSで作者を聞いてみてもらった。

 一週間もしないうちに、有力な情報が入って来た。

 パリの画家から、確かにこの絵は自分が描いたものだと連絡が入ったのだ。その絵はポップでカラフルな色あいの絵の方だった。メールで同じようなタッチの絵の写真も一緒に送って来た。

 確かに似ている。

 そして、もうひとつの風景画の作者も心当たりがあるというのだ。

 俺が日本の画商だという話をすると、ぜひ一度会って、自分の絵を見てほしいと連絡が来たのだった。


「行ってみるか」

「じゃあ、私も一緒に行く! それに、ヨーロッパ行くならローマにも行きましょうよ。私、ローマの休日好きなのよ」

「知子はオードリー好きだよな」

「鬼瓦!」

「そっちのオードリーじゃねえよ」


 こうして俺たちは、パリ行きの飛行機に乗り込んだのだった。

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