結婚祝い

三原みぱぱ

第1話 届いた結婚祝い

 結婚式から一ヶ月が過ぎたある日曜日、俺達のマンションに荷物が届いた。

 茶色い袋に包まれたそれは、国際郵便で、山のように切手が貼られていた。


「あら? お義父さんから? パリから送ってきているわね。お土産かしら?」


 妻の知子は、怪訝な顔をしている俺に淹れたてのコーヒーを渡しながら、めざとく宛先を見ていた。

 そう、送り主は俺の唯一の肉親の父親からだった。

 俺がいつまでも開けずにいると、知子がしびれを切らしたように言った。


「開けて良い?」

「好きにしろ」


 丁寧に包装をほどくと、F6号サイズの二枚の絵が出てきた。F6号とはだいたいA3用紙のサイズなので、絵画としてはそれほど大きい部類ではない。それがご丁寧に額縁に入れられていた。

 知子はその絵を見て、嬉しそうな声を上げた。


「あら、ステキね」


 二つの絵は対照的だった。ひとつは原色を巧みに使ったポップな絵柄。もうひとつは風景画だった。


「あいつ、どういうつもりでこんな物を送ってきやがったんだ?」

「あら、これだけじゃないみたいよ」


 知子は一枚のはがきを手に持っていた。

 そのはがきは親子三人が映った写真が印刷された葉書。それにはこう書かれていた。


『結婚祝いだ。どれが良いか選べ。五月五日に行く』


 五月五日と言うことはおよそ一ヶ月後。その間にどちらか選べと言うことか。馬鹿にしてやがる。

 これでも俺は画商だ。まだ七年ほどの駆け出しだが、一応、プロの画商に対して、絵で勝負を挑むと言うことは、根本的に俺を馬鹿にしてやがる。


「ねえ、この写真ってもしかして和也くん?」


 知子は親父の挑戦状が書かれた葉書に映っている写真を俺に見せながら尋ねてきた。そこには小学生低学年の頃の俺が映っていた。両親と共に。


「ああ、そうみたいだな」

「やっぱり。じゃあ、こちらがお義母さんだよね」

「そうだよ。ただ、俺もこの写真見たことがないんだよね」


 小学二年生の時に亡くなった母親と、クソ親父の三人で映っている写真だった。後ろにサクレ・クール寺院が見えると言うことは家族旅行でパリに行ったのだろう。

 すごく楽しそうに笑っている母親とそれにつられるように笑う小さいときの俺、ちょっとはにかんでいる親父の写真だった。

 この時はまだ、親子の関係は悪くはなかったと思う。

 個人輸入商をしている親父は、世界中を飛び回っていた。母親が亡くなってから、俺を親父の妹に預けて、それまで以上に世界中を飛び回って、家に帰ってこなかった。母親が亡くなった寂しい俺をほったらかしにして。


「この葉書、なんで切手を貼ってるのかしら? それも三枚も」

「さあな、どこかに出す予定だった物を流用したんじゃないのか? 適当に書くものがなくて」


 そう言って知子が見せてきた葉書には黄色っぽい物と真ん中に数字の2が書かれている物、真ん中に牛の顔が描かれた切手という、あいつのいい加減な性格が表れているようにバラバラの種類の切手が貼られていた。

 その下には、クセのある親父の文字が書かれていた。

 俺はその文字を見るだけで、親父を思い出して顔をしかめた。

 そんな俺の顔を見て、話題を変えるように知子は二つの絵を指さした。


「それで、プロとしてどっちが価値のある絵か分かった?」

「これだけじゃあな。直感的には、このポップな絵の方かと思うが、少し調べてみないとな。どちらにしても、それほど有名な画家の作品じゃなさそうだからな」


 あの親父の事だ。明らかに価値の違う二枚の絵のはずだ。万が一、俺が間違えでもしたら、鼻で笑うつもりだろう。「やっぱり。お前には画商の才能なんて無いんだよ」とまで言いかねない。

 俺のプライドにかけて、一ヶ月もあって間違うわけにはいかなかった。

 そうして、俺は一ヶ月の間、このふたつの絵と向かい合うことになった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る