第55話 Extra edition2 追想

 事件から約3ヶ月後の「ウィークリー ネルソン」。朽木エリカが死んだ後も折に触れて大小の記事を掲載してきたが、朽木エリカの最初で最後、1stでメモリアルとなる写真集『純白』の発売発表に合わせて最後の特集を打ってきた。

 「“性なる堕天使”朽木エリカの死の真相に迫る」という大見出し。「朽木エリカが有明杏実容疑者に刺殺され、その3日後に有明容疑者も東京留置所内で自殺して迷宮入りとなった衝撃的な事件。約3ヶ月前のあの事件をネルソン編集部が独自取材でひも解く。」と始まった。


 まず、警察関係者からの取材として、有明容疑者が自殺するまでに警察が聞き取った供述内容から動機と経過に迫る。

 「有明容疑者は、夫の日和氏が会社のお金を横領して違法賭博等の遊興費に使っていたというのが信じられず、12月の破産直後から何にお金を使ったのか何度も問い詰めた。しかし、刑務所の夫は頑なに口を閉ざしたままだった。そこで有明容疑者は1月中旬頃に私立探偵を雇い、お金の使い道や金額の調査を始めた。すぐに夫が宿泊業組合の旦那衆数人に誘われて東京の「xxクラブ」という高級デートクラブで女遊びをしていたことが分かったが、そのデートクラブに問い合わせても何か教えてもらえるはずもなく、しばらくの間夫が遊んでいた相手の名前も素性も全く掴めなかった。

 諦めかけていた4月上旬頃、やっと探偵から連絡があり、夫が使い込みをしていた頃に遊んでいた女性が「マミコ」という20代前半の女性で、某外資系高級ホテルで月に2回以上頻繁に会っていたことを報告してくれた。その際、マミコの写真として渡されたのが車の後部座席に一人で座っている朽木エリカの写真だった。有明容疑者は「気を遣わなくて良い、本当の事を教えてくれ」と探偵に頼んだが、「調査の結果、お相手は恐らく朽木エリカだ」と言われ、「危険だからこれ以上首を突っ込まない方が良い。私もこの報告で仕事を降りさせてもらう」と調査を一方的に打ち切られた。狐につままれたような感じだったが、容疑者なりに調べてみると朽木エリカがパパ活をして荒稼ぎしているという記事や書き込みを複数確認し、探偵の調査があながち間違いではないと考えるようになった。容疑者はマミコに家庭も仕事も滅茶苦茶にされたのに、朽木エリカは芸能人として成功してお金も名声も得ている事が許せなくなり、復讐を決意したようだ。

 しかし復讐は簡単ではなかった。朽木エリカが住んでいる家も仕事のスケジュールも分からず、SNS上で目撃情報が比較的多い新宿区と港区の主要駅周辺を闇雲に歩き回るのが精一杯だった。なけなしの手元資金で新宿郊外の安ホテルに連泊し、まさに雨の日も風の日も朽木エリカを探し歩いたらしい。ちなみに凶器の包丁は、東京に来た初日にホテル近くの100円均一ショップで購入したとのことだ。来る日も来る日も空振りに終わり、焦りと苛立ちも重なる中で肉体的にも精神的にも疲弊していた容疑者は、本当に「マミコ=朽木エリカ」なのか?という疑念もだんだんどうでもよくなっていき、マミコだけではなくエリカという存在自体にも憎しみを持つようになり、朽木エリカを見つけて殺すことが目的化していった。

 5月の事件当日の朝、新宿区xx通りを歩いている朽木エリカを偶然見つけた。変装をしていたが一般人とは明らかに違う雰囲気があり、すぐに本人と分かったようだ。容疑者から「マミコさんですよね?」と声をかけたが「いいえ」とシラを切られ、逃げられないように鞄から包丁を出しながら「xxクラブのマミコ」と利用していた高級デートクラブの名前を出すと明らかに驚き、顔色が変わったのでそのまま一思いに刺した。やっと捕まえたという達成感と、これまで苦労させられた憎しみで路上にうずくまっているエリカの背中を何度も何度も刺した。」と供述したようだ。容疑者は本懐を遂げた満足からか警察官の尋問に素直に答えていたので留置所でも油断があったのかもしれない。警察は3日後容疑者に自殺されてしまった。


 ちなみに、我々は有明容疑者が雇った私立探偵を探したが見つけられなかった。しかし、探偵が入手したであろう車の後部座席に座っていた女性の写真は入手することができた。写真はタクシーの車載カメラの映像の一部で、所有者のドライバーは人探しをしているという男性に映像提供をしたことがあると言っていたので間違いないだろう。そしてそこに写っていた女性は、やはり朽木エリカだった。

 チップをくれる客もいるからと高級ホテルで客待ちをすることが多いというこの個人タクシーのドライバーは「何度か朽木エリカと思われる女性を乗せたことがある。どこか大人びた格好でCM等で見るイメージと違ったが、とても美人だったので車載カメラの映像を自宅のパソコンに保存していた」とのことだ。左目元にホクロがあったり、真っ赤な口紅を塗っているなど変装をしていたが、行き先を伝える甘い声は偽りようがないし、画像の女性が手に持って操作していたスマホのカバーが、朽木エリカが普段使っていたスマホカバーとデザインや色が同じであることが分かった。編集部は「もっと他に映像が無いか?」とドライバーに尋ねたが、最近車上荒らしにあって車載カメラを盗まれたらしく、たまたまパソコンに移していたこの映像しか残っていないようだ。


 パパ活の舞台となった高級デートクラブ「xxクラブ」。当編集部で若い男性アルバイトを雇い、デートクラブに潜入をさせて実態調査をした。ホームページから入会申込をして、書類審査と面接を受けたが、疑われること無く入会が認められた。すぐさま全国5,000人以上の会員データベースで「マミコ」を検索すると、複数人ヒットしたものの、東北地方在住だったり、年齢や体型が明らかに違うなど、有明氏と交際していたマミコの条件に当てはまる女性会員は見つからなかった。会員には男女共に一ツ星から三ツ星まで3つランクがあり、ランクが上がらないと上位の会員のデータが見られないようになっているらしい。その上、会員のランクアップにはお手当額の大小だけではなく、マッチング実績の多少やその交際内容の良し悪しも評価されるようで、一朝一夕にランクアップして全女性会員を調べ上げる事は不可能だった。

 入会直後の男性会員だけでは調査が進まないので、会員交流会やクラブラウンジで他の男性会員との繋がりを作り、デートクラブの内情を探ってみることにした。友が友を呼び、1ヶ月ほど費やしてやっと男性三ツ星会員と話をする機会を得た。まず、三ツ星の女性会員に芸能関係者がいたか聞いてみると「三ツ星の女性会員の中には芸能事務所等に所属している女優やモデルもいて、実際に遊んだことがある。人気の女性会員にはデータベースから交際を申し込んでもダメで、担当コーディネーターの斡旋を通じてマッチングすることが多いらしい。この男性が実際に遊んだのは劇団に所属する若手女優で、美人で礼儀正しいお嬢さんだったようだ。ベッドの上でも美しい裸体で心身共に満足することができたので『定期』(月に数回、定期的に特定の会員と会うシステム)を提案し、数ヶ月間定期的に遊ぶことができたらしい。ちなみに、この男性は利用したことが無いが、男女共に特定の会員以外とは会わない『独占』というシステムもあるようだ。『定期』や『独占』をするにはクラブの運営者に多額の追加料金を支払う必要があり、かなりの財力が必要になる」とのことだ。

 絶対に身バレに繋がるような事は口外しないのを条件に、マミコや朽木エリカの噂を聞いてみた。「事件の報道を見聞きして、うちのデートクラブかもしれないとは思った。ただ、この男性はマミコという女性をデータベース上で見たことが無いし、当然、朽木エリカも見たことが無い。もしエリカ本人がデータベースに上がれば、交際申込が殺到するだろうとのことだ。しかし、三ツ星会員でも女性会員の全てを把握できているわけではない。例えば、『独占』をされている会員はデータベースから消えるし、コーディネーターからの斡旋でしか見られない会員もいるようだ。この男性の経験では、コーディネーターから女性会員のプロフィールへのリンクが添付されたメールが届いて、リンクのページを閲覧すると超絶可愛いピアノ講師のプロフィールがあり、その日の内に交際を申し込んだが「ご縁が無かったようです」とお断りされたことがあるようだ。その後、もう一度リンクページに飛ぼうとしてもページに繋がらず、珍しい職業なのにデータベースで検索しても見つからなかったらしい。まさに幻のような女性だった」とのことだ。

 さらに踏み込んで「マミコ=朽木エリカ」の可能性について聞いてみると、確信は無いがと前置きした上で「ありえる」らしい。「朽木エリカが雑誌やネットで書かれているように有名私立大学の学費を奨学金無しで完納し、高級ブランドの衣服やバックを多数所持していたとしたら、パパ活を利用していた可能性が高い。いくらモデルとは言え、一般家庭の女子大生に出来る芸当ではないからだ。もし不特定多数の男性が利用する風俗店で稼ごうとしても、SNS時代に全ての客を口止めする事は不可能であり、会員制デートクラブの様な秘匿性が高い所でなければ身バレせずに大金を稼ぐことが出来ないはずだ。朽木エリカが「マミコ」というクラブネームで活動していたかどうかは証明のしようがないが、朽木エリカがCM出演をして全国的な知名度を獲得した4年生の間も継続して稼げていたらしい事と、容疑者の夫とマミコがその年の夏から冬にかけて頻繁に会っていた事を合わせて考えれば、状況証拠としては十分“イコール”が成り立つのではないか」とのことだ。


 上記の様な証言や調査を総合的に勘案すると、ネルソン編集部としては「マミコ=朽木エリカ」は正しく、朽木エリカは高級デートクラブ「xxクラブ」でパパ活をしていたと結論づける。昨年11月の特集で取り上げたお姉さま系美人の情報はほぼ正しかったのだ。全身ブランド物に身を包んでマンションからタクシーに乗り込んでいたあの写真の女は朽木エリカで、高級ホテルに行きデートクラブの男性会員に身体を売っていたのだ。エリカは現役トップモデルだったので、おそらくお手当の額は1晩10万円ではきかないだろう。月に3人程度の男と遊べば年金以上の収入が手に入り、月に10人程度の男を虜にすれば総合商社の正社員並みの月収が得られる計算になる。4年間の学費を難なく納め、部屋をブランド品で一杯に出来るはずだ。

 愛らしい顔、滑らかな白肌、美しく伸びる手足、ほっこりする甘い声、抱くことができた男性会員にとってエリカは天使のような存在だっただろう。しかし、世の一般人として客観的かつ冷静に考えてみれば、エリカは同時に3股、10股の浮気や不倫をしていた“性獣”、延べ数百本のチンポから精液を絞り出した“ビッチ”、男を夢中にさせて家庭と会社を潰した狡猾な“堕天使”だと断ぜざるを得ない。清純な見た目とは裏腹に、柔らかそうな唇は臭い唾液でベトベトにされ、かわいい貧乳は汗ばんだ汚い手で弄ばれ、小高いモリマンにズル剥けのチンポを何百本も受け入れられながら大金を稼いできたのだ。エリカファンの方々を失望させたかもしれないが、これが真相だ。


 しかし、ここでもう一つ疑問が湧いてくる。モデルとして成功し、生活の心配がないくらいの収入もあり、プライベートでは彼氏や友達もいて充実した生活を送っていたであろう朽木エリカは「なぜパパ活を続ける必要があったのか?」。一時期生活に困窮してパパ活を始めたとしても途中で辞める事もできたはずだ。さらに調査して読者の皆様にお伝えしたいところだが断念した。理由は「危険だからこれ以上首を突っ込まない方が良い。」という有明容疑者が雇った探偵の言葉どおり、我々にも危険が迫っているからだ。デートクラブに潜入調査をさせていた男性バイトは数日前に突如強制退会させられ、当編集部には全ての編集部記者が各々自宅から出勤または帰宅している写真が封書で届き、極めつけは編集部の一番若い女性記者がチカンにあい、後ろから抱きつかれた際「朽木エリカの調査を止めろ」と言われたそうだ。例の私立探偵の行方不明、タクシーの車上荒らし、有明容疑者の自殺も、もしかしたら我々を脅迫する連中と関係しているかもしれない。

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