第54話 Extra edition1 回想

 「実際に会うのは初めてだよね?若狭コウジ君。」

 「はい。俺もエリカからマネージャーさんの事をよく聞かされていましたから、初めてのような気がしません。」

 「今日は時間を取ってくれてありがとう。改めまして、室崎ユリエよ。本当はもっと早く若狭君に会いたかったんだけど、取材対応がひと段落ついたと思ったら、エリカが住んでいたマンションの片づけとか、ご家族に遺品の受け渡しとかでバタバタして。」

 「いえ、大変だったと思います。」

 「そうね。エリカに怒られるかもしれないけど、実際大変だったわ。年頃の女性にしては荷物が少ないし、部屋もきれいに掃除してあったんだけど、小さなブティックが開けるくらい服やベルトとかの小物がたくさんあったの。」

 「へ~、大学にはいつもデニムにトップスでシンプルな服装でしたけど。」

 「東京に来るまで百貨店が近くに無くておしゃれできなかったから、その反動かもしれないわね。きっと部屋の中でクローゼットから服や小物を引っ張り出して、着回しや色使いの勉強をしていたんだわ。…あの子ったら「スールト」のデザイナーさん相手に「もう少し淡い色の方が可愛い」とか、「ゆったりしたデザインの方が使いやすい」とか色やデザインに口出しして、ヒヤヒヤすることもあったのよ。」

 「ははは、言いたい事はハッキリ言う。エリカらしいですね。」

 「デザイナーさんも人が良いから、エリカが指示した色の服も作ってくれたんだけど、蓋を開けてみたらそっちの方がよく売れたって事もあったの。」

 「エリカすごいじゃないですか。」

 「…そう言えば若狭君、エリカのワンピースを褒めたことがある?」

 「はい。2年生の春だったかな?いつもゆるい恰好なのに、デートにワンピースを着てくれた時があって、素直に「綺麗だ」って褒めました。」

 「やっぱり。クローゼットの中でワンピースの内の1着だけが特別扱いのようにしまわれていたから、そんな気がした。あと、エリカにショルダーバッグ、ネックレス、キーケースもプレゼントしたでしょ?」

 「どうしてそんな事が分かるんですか?」

 「エリカは余程嬉しかったんでしょうね。ショップの紙袋はもちろん、包装の箱や包装紙まで大事に取ってあったわよ。」

 「そうだったんだ。もっとたくさん連れ出して、一緒に遊びに行けばよかった。…このお店もエリカとのデートで時々使っていたんですよ。」

 「ここ?「ラス・カーズ」?」

 「はい。実はエリカに付き合ってほしいって告白したのもこのカフェです。」

 「ふふふ、そのおかげで男嫌いのエリカも人並みに青春ができたんだ。中々仕事に繋がらなくて辛い時期もあったけど、若狭君と付き合ってから、あの子楽しそうだったもの。」

 「よかったです。でも、エリカは男に変な想像をされるのをずっと嫌がっていたし、特に夏は仕事のオファーが無くて毎年怒っていました。」

 「そうね。4年間通じて夏は仕事が無かったわね。今思えば、「スラフコフ」の水着イベントもよく勇気を出して引き受けたと思うわ。きっと若狭君が心の支えになっていたんだと思う。」

 「そんなこと無いですよ。エリカの信念です。」

 「ご謙遜を。エリカは「どんなに酷い事をネットや雑誌で書かれても、彼氏だけは味方でいてくれる」って言っていたわよ。」

 「そうなんですか。…マネージャーさんにも相談していたかもしれませんけど、エリカは引退も考えていたんです。」

 「え!うそ。どうして?」

 「ネットや雑誌のアンチコメントが精神的にキツかったみたいです。人間の悪意が怖いって言っていました。」

 「そうなんだ…。事務所ではそんな相談をしてもらえなかったわ。あの子、「ネルソン」とかに酷い事を書かれても達観しているようなところがあったから、引退を考えるほど負担になっていたとは思わなかった。…引退した後、どうするつもりだったの?」

 「あ、えっと…。」

 「あー、もしかして「エトワール東京」に行くつもりだったのね。エリカ、撮影の時に、私もここで挙げたいって言っていたし。…どちらから先に言い出したの?」

 「そんな、ハッキリとプロポーズしたわけではないんですが、俺の方から将来の事も真面目に考えているって伝えました。」

 「そしたら?」

 「モデルとして活躍できるのはあと3年くらいで、遅かれ早かれ普通の一般女性になるけど、それでも私でいい?って心配してくれました。」

 「う~ん、確かに「MOST」モデルとしては3年くらいだったかもしれないけど、30代向けのファッション誌もあるし、あの子は賢くてフリートークもできるから、バラエティとかロケ番組とかでも活躍できたと思うんだけどなぁ。…で、若狭君はもちろん「それでもエリカが好きだ」って言ってあげたんでしょ。」

 「からかわないでくださいよ。」

 「ふふふ、そうだ。お話しするだけだったら電話でも良かったんだけど、どうしても若狭君に直に渡したい物があって今日会いに来たんだった。…はい、これ。」

 「エリカにあげた芸能御守。一緒に京都に旅行した時、二人で芸能神社にお参りしたんです。」

 「エリカはずっと化粧ポーチに入れて持ち歩いて、現場入りする前には御守を握りしめて念を込めていたわ。」

 「そうだったんですか。…ほつれたり黒ずんだり、もうボロボロじゃないですか。」

 「「新しいのを授かりに行ったら?」ってエリカに言ったら、「彼氏と一緒にお参りしたこの御守が良い」って言っていたわよ。…きっと、ご家族にこの御守を渡しても燃やされちゃうだけだろうと思って、譲ってもらったの。エリカの形見というか、朽木エリカというモデルが生きた証として若狭君に持っておいてほしい。」

 「分かりました。俺が大事に持っておきます。」

 「さてと、そろそろ仕事に戻らなきゃ。若狭君とエリカの事をたくさんお話しできて楽しかったわ。」

 「あの、最後に俺からも1つ聞いてもいいですか?」

 「いいわよ。なに?」

 「エリカがパパ活をしていたとか枕営業をしていたとか、そんな噂は全部ウソですよね?」

 「ええ、もちろんよ。水着になるのも嫌がっていたあの子が身体を売るなんてするわけないでしょ。若狭君もエリカを信じてあげて。」

 「そうですよね。安心しました。…俺、伊予丹の社員になったばっかりだけど、辞めてIT企業へ転職しようと思っているんです。他人を傷つける言葉や嘘が野放しになっているネット社会を少しでも変えたくて。まぁ、姉には「一時的な感情で大企業を棒に振って、バカじゃないの」って怒られましたけど。」

 「エリカなら「やってみなよ。応援する」って言ってくれたんじゃないかな?頑張ってね。」

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