第52話 羽を伸ばしておいで。

 新宿駅から少し離れた所に新しく出来たビジネスホテル。「スラフコフ」のイベントの後、「オフを取って羽を伸ばしておいで」と事務所からご褒美に特別休暇をもらい、デートに使った。コウジと久しぶりのデートだ。デートと言っても映画館やレストランに行くのではなく、ホテルの客室内で一緒にお話ししながらご飯を食べて夜を共にするだけだ。「スラフコフ」のプロモーションなどで私が話題になる度に雑誌やネットで朽木エリカがネタとして取り扱われる事も増えるので、油断をするとどんな事を書かれるか、どんな写真を撮られるか分かったものではない。コウジには不自由をかけて申し訳ないと思うが、コウジはあまり気にしていないようだ。


 2回目のセックスの後、コウジの腕に包まれて久しぶりに『穢れ無き愛情』を時間を気にせずに満喫できた。

 「ついに仕事で水着になっちゃったよ。」

 「「エリカの白」が奇跡を呼んだってやつだろ。」

 「うん、まぁ、本当に偶然だったんだけどね。コウジがプレゼントしてくれた芸能御守のおかげかな。…それよりコウジ、ゴメンね。」

 「なにが?」

 「たくさんの人の前で肌を露出して“はしたない”とか…」

 「俺もネットで見た。綺麗だったよ、エリカ。」

 「嫌だった?他の男達が私の水着姿でエッチな想像をするんだよ。」ユリエさんに教えてもらったのだが、ネット上では私の水着画像を無断で加工して全裸になっているような画像を作ったり、『オカズ大喜利』なるサイトでは、思わず目を背けてしまうような気持ち悪い妄想が多数掲載されたようだ。

 「う~ん、他の男に変な想像されるのは嫌だな。でも、エリカと同じように肌を出すのに二の足を踏んでいた女の人がエリカの水着姿を見て、ナイトプールや海へのデートに行ってみようって勇気を持ってもらえたなら良かったんじゃないかな。」

 「さすが私の彼氏!良い事を言う。私はこれでもギリギリBカップあるのに「小さい」とか「谷間ができない」とかって滅茶苦茶言われているけど、シンデレラバストだって綺麗な水着や下着がたくさんあるし、アウターだって大人っぽく、色っぽく見せるコーディネートがいくらでもできるんだよ。私がモデルをした衣装が参考になればいいなぁ。」

 「女性が女性に憧れるってやつだな。」コウジが得意気に頷いている。

 「ははは。もー、それも私が雑誌のインタビューで使った言葉じゃん。からかわないでよ。」

 「俺は朽木エリカの大ファンなんだ。よく勉強しているだろ。」

 「そうだね、ファンの鑑だね。…ねぇ、コウジの方はどうなの?社員研修は大変?同期の女の子と浮気してない?」上目遣いでコウジの顔を見上げてみる。

 「研修は大変だよ。覚える事がたくさんあって。でもまぁ、バイトしていた分、他の同期の人達より色々とイメージしやすくて少しは楽かな。」

 「女はどうなのよ?オ・ン・ナ。同期に何人いるの?可愛い子はいる?変な誘惑をされていない?」

 「浮気していないし、連絡先を聞かれたりもしていないよ。」

 「ホントかなー。」

 「本当だって。…さてと、今晩は3回では終わらないぞ。」コウジが体勢を入れ替えて私に覆いかぶさるような形になった。

 「ふふふ、誤魔化そうとしてもその手には……。」冗談を言ってもう少しコウジの職場の事を聞きたいと思ったが、コウジからディープキスをしてくれた。私も舌と唇でそれに応える。

 「まだ抱いてくれるの?たくさんの男の前でほぼ裸になって、スクリーンにアップで映った胸を笑われたんだよ。」口が離れた時に真剣な目で聞いてみる。

 「俺はエリカが好きだ。他の奴らに水着姿を見られたとしても、エリカをこうして抱きしめて、キスをして、温もりを感じることができるのは俺だけだろ。」

 「カッコつけるな、バカ。…でも、ありがとう。へへへ。」そう、胸の写真を撮られても、変な妄想をされても、エリカは汚されていないとコウジは信じてくれている。コウジがそばにいてくれたら、モデルとしても女性としてもさらに成長できそうな気がする。満面の笑みで感謝を伝えた。

 コウジは私がバックが好きなのを知っている。私を俯せにしようとしてきたが「今晩は正面から抱いて」と私からリクエストした。コウジは「うん。」と笑顔で言ってくれて、首筋や鎖骨へキス、デコルテや腰骨辺りも丹念に舐めてくれる。その間、コウジの手は私の小さな膨らみの柔らかさを楽しんでいる。小さな胸でも愛おしそうに愛撫してくれるのだ。体勢を少し変えてコウジは私の乳首に吸い付きながら、右手は私の股間の小さな出っ張りを傷つけないように優しく刺激してくれた。

 コウジはコンドームを着けて私の要望どおり正常位で抱いてくれる。優しい愛撫と愛情あふれるセックスに興奮して、快楽にまどろみながら「ねぇ、私をよく見て、よく覚えておいて」、「こんな格好や表情をするのはコウジの前だけだよ」、「私もコウジが大好き」と恥ずかしい事を口走ってしまった。しばらく身を委ねているうちに「イクっ」。近江さんのクンニが無くなってからイク感覚から遠ざかっていたが、ハッキリと自身がイったのが分かった。コウジはペニスを入れたまま腰の動きを止めて私に微笑みかけ、体の痙攣が止まるのを待ってくれた。

 「気持ち良かったか?」

 「ジッと見ないでよ。恥ずかしいじゃない。」左腕で顔を隠す。

 「じゃあ、二人で一緒に恥ずかしい顔をしよう。俺もそろそろヤバイ。」

 「うん。…もう動いても大丈夫だよ。」これまでもコウジとのセックスでも軽くイッた事はあるが、今回のように腰や太ももがカクカクして相手にもわかるようなイキ方をしたのは初めてだ。すごく気持ち良かった。そう言えば、私は私をイカせてくれた男にご褒美をあげることができる。コウジの腰がゆっくりと動き出した後、キュっと締めてあげた。

 「ぁぁ、気持ちぃぃ。…俺も…。」たぶん3分間も持たない間にコウジもかすれた情けない声を出して果ててしまった。コウジを締めてあげたのは初めてだが、当然大満足してもらえて「もう一度、…いいだろ?」とすぐに4回目が始まったのは言うまでもない。


 翌朝、朝食を食べてから昨日の絶頂を惜しむようにもう一度求め合った。

 私は午前中から「フレームズ」の事務所で打合せがあるので、先にホテルを出なければならない。客室の姿見鏡で乱れが無いか確認した後、コウジと向かい合い、目を閉じて軽く上を向くとコウジが優しく唇を吸ってくれた。ユリエさんには「オフの後、油断して遅れるんじゃないわよ」と念を押されているので遅れるわけにはいかない。少し急ぎ足でホテルを出た。

 デニムパンツに白のリボンブラウス、グレーのカーディガンを羽織り、一応、伊達メガネをかけた。デートだったので大きなリュックではなく、コウジがプレゼントしてくれたショルダーバッグだが、それ以外は大学生の時と変わらない苦学生スタイルで、身バレしないように気を付けている。ホテルが大通りから少し奥まった所だったので、まず大通りに出てメトロの駅の方へ歩きながらタクシーを拾おうと思った。通勤や移動が多い時間帯だからか大通りに出てもタクシーがあまり走っていないし、見つけても「賃走」ばかりで目の前を通り過ぎていく。

 同じ方向へ向かっている数人の男女と歩道で信号待ちをしている時、後ろから窺うような声で話しかけられた。

 「マミコさん?」

 「え?」まず、声をかけられたのが私なのか他の人なのかも分からなかったので、一応振り向いた。

 「マミコさんですよね。」見たことが無い中年の女性が私の顔を見ながら確認してくる。変装していてもサインや握手を求めて声をかけられることが最近増えたが、エリカではなくマミコとして声をかけられるのはおかしい。しかも中年女性だ。

 「いいえ。どなたですか?」と否定して問いかけた。

 「ゼタバースクラブのマミコ…」と女性が言った時に、私の顔色や表情が明らかに変わってしまったのだろう。

 「やっぱり。」女性はホッと安心したように一瞬笑った後「やっと会えた。」と小声で言った。


 突然、腹部に激痛がした。

 立っていられなくて歩道にうずくまった。


 記憶があるのはここまでだ。

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