第51話 大金星だよ!エリカ。

 プロモーション期間の折り返し地点となるステージショー。某海浜公園に大きなステージを組んで、遠くの客席からでも見えるようご丁寧に巨大スクリーンが数か所設置されている。どうやらたくさんの人の前で私の水着姿を笑い者にしたいらしい。

 CM撮影の時と同じように「スラフコフ」のメイクさんにアイシャドウが際立つメイクをしてもらい、各々水着姿で中間発表のランキング順にT字型のステージを歩くミニファッションショーの後、30分程度のトークショーが企画されている。メーカーも出演者の芸能事務所も今日のショーを事前にプレスリリースしていたため、観客席は満席になったが、異常なのは観客の男女比だ。コスメメーカーのイベントなのでほとんどが女性だろうと思っていたが、4割程度が男性で、立派そうなカメラを首にかけて陣取ってヤツもいる。ミナミさんの事務所が水着でショーに出演することを強調してリリースしたからかもしれない。まだGWで肌寒い風が吹く日もあるが、今朝は曇りで風は弱い。前半のファッションショーは、中間発表の順位順にランウェイを歩く。

 1番手のサーシャさんはアイシャドウの色に合わせた無地の赤い三角ビキニ姿でステージに現れた。白肌の長身でメリハリがあるスタイル。控え目なBGM以外は何の演出もなく、ステージを堂々と歩く姿はモデルのお手本のようにかっこよかった。サーシャさんが歩く姿や赤いアイシャドウでメイクした顔のアップがスクリーンに映し出されており、遠くの客席からでもサーシャさんの美しい姿を見ることが出来た。

 2番手はミナミさん。青のアイシャドウで大人可愛いメイクに、浅葱色で落ち着いた感じのワンピース型フリルデザインの水着だ。ミナミさんは私と同じように背が比較的低くて胸も出ていないから、フリル付きというのは順当なデザイン選択だと思う。ステージ上では派手な音楽と盛大なスモークの中から登場し、最初だけはモデルの真似事のように真っ直ぐ前を見て歩いていたが、ランウェイに出てからは方々からかかる声援に手を振って答え、カメラを構える男性観客にはピースサインやポーズを取ったりして、愛嬌を振りまきながらゆっくりステージに戻って来た。一人当たりの持ち時間もステージ設備の何を使うかも特に決まりが無く自由だから、ミナミさんは最大限時間と設備を利用して自分とアイシャドウをプレゼンテーションしたと言える。

 3番手はリホさん。リホさんもミナミさんと同じように大きなBGMをかけて、大量の真っ白なスモークの中から控えめに手を振りながら黒いオフショルダー水着で出てきた。お腹まで肌を隠すデザインで一見スクール水着のように見えたが肩ひもは無く、背中のバックストラップ部分は大胆に背中を露出するデザインになっていた。私より年上だが童顔の可愛らしさとEカップの胸を誇るセクシーな体型のギャップを最大限に活かしている。嘘か本当か知らないが、本人は水着や下着など肌を露出させるのが恥ずかしくて嫌がっているらしい。それが返って男達を興奮させるのだろう、過剰に発生させたスモークの中を恥ずかしそうに歩くリホさんに男達は無遠慮に一眼レフカメラを向けて写真に撮り、ステージやランウェイの上を飛んでいるドローンから撮られたリホさんの胸のアップがスクリーン上に映し出された時には「オオー」と低音の歓声が上がった。

 4番手はいよいよ私だ。私は白に黒の縁取りがあるシンプルなデザインのビキニ水着に太ももの中程まで隠れる薄い灰色のロングガウンを羽織った。ガウンは「MOST」でもよくお世話になっている「ダヴー」さん、水着は「スールト」さんに作っていただいた。この水着には特別な仕掛けがあって、一定以上の日光(紫外線)を浴びると水着に柄が浮かび上がるようになっている。晴天でステージに上がってすぐに絵柄が出ていたらせっかくの仕掛けが台無しになるのでガウンを羽織り、ランウェイでガウンを脱いで水着の変化を楽しんでもらう予定だったが、今日は曇っている上に風が弱く、さらに、ミナミさんとリホさんの2人が盛大にまき散らしたスモークがステージ上やランウェイの一部にまだ溜まっていて日光が水着に届かず柄の変化が起こりそうにない。

 「エリカ、どうする?曇りな上に、このままステージに出てもスモークが邪魔で水着もエリカも見えないじゃない。」お守りに念を込めるルーティンの後、ユリエさんが心配そうに声をかけてくる。たしかに白いスモークの中、色白の私が白い水着でステージに上がっても、真っ白で埋もれてしまう。

 「でも、他の出演者さんや観客の皆さんをあまり待たせるわけにもいかないし。」

 「少し時間をもらってスモークだけでも何とかするわ。」ユリエさんが舞台奥へ駆け出し、運営スタッフに声をかけて送風装置でスモークを舞台から押し流す手配をしてくれた。

 スモークが風に流されていくのを見ながら考える。私がいくらプロのモデルだからと言って男性からねっとり気持ち悪い視線で見られて、変な想像で弄ばれるのは嫌だし、わざわざその材料を提供するかのように水着姿を晒すのも嫌だ。しかし、ユリエさんの「夏も含めて1年間オールシーズン、モデルとしてどんな衣装でも着こなして見せなさい。」という言葉も、サーシャさんのマネージャーの「「MOST」モデルなんだから、メーカーのオファーがあれば何でも着こなしますよ。」と言う言葉も、なるほどモデルとしてあるべき姿だ。それにサエさんが「世の男性のみんながみんなエリカでオナニーしているというのは自意識過剰だし、男の視線はエリカが魅力的という証だ。いたずらに毛嫌いするもんじゃない。」というアドバイスも、男性ファンの方達が私に笑顔で手を振ってくれることを思えばそのとおりだ。私を笑い者にしようとする悪意あるステージで水着姿になるのは癪だが、これはこれでいい機会になった。覚悟を決めてステージに立とう。

 「お願いします。」ユリエさんは舞台奥からまだ戻っていないが、スモークがほぼ無くなったのを舞台袖から確認して、私から司会の方に声をかける。

 「お待たせしました。それでは最後は白の朽木エリカさんです。どうぞ!」という司会者のアナウンスで私はゆっくりと、しかし堂々とステージ中央へ歩み出た。サーシャさんのように胸を張ってモデルウォークで進み、中央でポーズをとる。「エリカー」と私の名を呼んでくれるファンの声が聞こえる一方、ガウンを羽織って出てきた私を見て戸惑ったザワつきや、「脱げー」、「水着を見せろ」という声も聞こえた。私がゆっくりとステージからランウェイに歩き出そうとしている時、幸いなことに風が強く吹きだし、雲が薄くなって明るくなってきた。ステージから客席に一直線に伸びたランウェイの半分くらい、先端まであと20歩くらいの所で体をクルリと反時計回りに回しながらガウンを脱ぎ、左手に持ってサラッとポーズをとると小さな歓声が上がった。私の凹凸が小さい身体に白の水着姿がスクリーンにも映し出され、リホさんの時と同じように嫌がらせで、ドローンから撮った胸のアップや股間のアップも映し出されていたのだろう。「肌が綺麗」、「水着もかわいい」という声の中に「小っちゃ」、「谷間がないぞー」、「モリマンじゃん」と笑い声と共に下衆のヤジもチラホラ聞こえた。

 ゆっくり真っ直ぐランウェイの先端に歩いている間に光が強く射してきた。黒い縁取り以外は真っ白だった水着が日光に照らされて、赤、オレンジ、黄、緑、ピンク等のトロピカルカラーの花柄が浮かび上がってくる。水着の変化に気が付いた観客のざわめきが少しずつ大きくなり、私がランウェイの先端で両手を広げて日光を浴びるようなポーズをとっている時には水着全面の変化が完了し、盛大な拍手と歓声が上がった。


 この後のトークショーは、水着姿のままステージ上で行われ、4人それぞれの色のアイシャドウを使ったオススメメイク術やコーディネート等を語り合った。テーマが女優よりもモデルに分があるだけではなく、フリートークも色々な番組や企画で経験してきたので、私は他の3人と互角以上にわたり合うことが出来たと思う。

 「白のアイシャドウはラメを入れて瞼に塗ると、キラキラして可愛いですし、年上の方は目頭に塗っていただくと目が大きく見えて、華やかに仕上がりますよ。私はプロモーション上、単色で使いましたが、ブルー系の色と合わせて使っても良いですね。」

 「「ダヴー」さんのガウンは羽織るだけでUVカットになって、日焼け防止にオススメですし、「スールト」さんの新素材を使った水着、素敵でしょ。曇りのままだったらどうしようかと思いましたが、日が射して良かったです。泳いでいる時は白いシンプルな水着ですが、ビーチやプールサイドで寛いでいる時は、絵柄が浮かび上がるデザインなんです。もちろん水着がある程度乾燥して、日光を浴びる必要がありますけどね。」

 「ビーチやプールまでは、ショートパンツに大き目のTシャツを着て、ガウンを羽織ったらどうでしょう。定番の組み合わせですが、友達同士でも、デートでも安心して使えるコーデですよね。」


 ステージショーからさらに約2週間が経ち、最終結果が出た。中間結果では最下位だった私が、リホさんとミナミさんを追い抜き2位になっていた。

 「ランウェイの先端で日を浴びる笑顔のエリカちゃんはマジ天使!神々しかった。」

 「花柄が浮かび上がる新素材の水着と、UVカットのガウンで効果的に自身を演出したエリカさんが圧勝だった。」

 「雲やスモークを追い払い「スラフコフの太陽」を呼び寄せた朽木エリカの奇跡。あれには勝てない。」

 「貧乳やモリマンばかりに目が行った自分が恥ずかしい。オカズにできないくらいエリカちゃんが綺麗だった。」

 「「エリカの白」を塗ったら、私にも何か素敵なミラクルが起こりそうな気がする。」

 などのコメントが多く寄せられ、私の出番に偶然晴れたことにより、白のアイシャドウを塗れば奇跡が起こるといったラッキーアイテム的な要素が加わり、ステージショーの直後から「エリカの白」の売上は急増した。結果、サーシャさんには追い付けなかったが、ミナミさんとリホさんを打ち負かし、対朽木エリカ同盟の目論見を崩すことができた。


 この結果が出た後、事務所でユリエさんは「あの羽咋ミナミに勝った。大金星だよ!エリカ。」と喜んでくれて、我らが「フレームズ」の看板女優カスミさんのマネージャーも「エリカちゃん、よくやってくれたわ。ありがとう。」と大喜びしてくれた。カスミさんはミナミさんやその事務所と仕事を奪い合うライバル関係にあり、これまでうちの事務所は様々な嫌がらせをされた上、大手のゴリ押しで役を掠め取っていくミナミさんの事務所を苦々しく思っていたのだ。「フレームズ」としても一矢報いた形になったようだ。

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