第50話 降りましょう。

 4月は人も社会も動く。3月の卒業式を終え、クマちゃんは大阪へ帰った。クマちゃんは卒業式の時「なんで地元に帰るのがウチだけなん?みんな東京に魂売ってしまったん?」と冗談を言いながら別れを惜しんで泣いていた。4月からコウジは伊予丹の正社員、八瀬君は霞が関だ。

 私はフレームズ所属モデルとして、現場あたりのお給料だけではなく、フレームズから月給をいただけることになった。あと何年モデルができるか分からないが、私も社会人になったのだと少し身が引き締まる。

 卒業後も東京でモデルを続けることを両親に電話で伝えた時には既に「MOST」モデルであり、テレビCMにも出ていたからか、さすがに「島に戻って働け」とは言われず、「東京で頑張りなさい」と快く送り出してくれた。とは言え「生活費は足りているか?」、「就職したら家賃補助は出るのか?」など、私への仕送りの心配は尽きないようだ。

 さらに、親が言うにはこの年明けから姉も東京に出てきているらしいが、東京のどこで何をしているのか?親に聞いてもはっきりとは分からない。仕事で東京へ異動になったとかではなく、東京出身の人と結婚するとかでもない。これまでも数度、東京へ2~3日旅行に来ていたようだが、ついにこの年明け「私も東京で稼ぐ」と半ば飛び出すように実家を出て行ったらしい。大方、私がモデルとして成功したのを見て、自分も東京で就職したら給料がたくさん貰えると考えたのだろう。親からは「エリちゃんもお姉ちゃんを助けてあげてね。」と言われたが、私達は仲が悪い姉妹だ。お互いのメールアドレスも電話番号も知らない。

 ホノカも大学卒業で、私と同じように事務所所属の女優となったが崖っぷちだ。カスミさんの妹分として色々な作品やCMに出演したが、ホノカの存在はあくまで添え物のままで、ホノカ自身の代表作と呼べるものが無いまま約4年間過ぎてしまった。もちろん、ホノカなりにオーディションや営業を頑張って、いくつかの作品に出演してきたが、出演作品もホノカ自身の評価もパッとしない。最近ではユリエさんのエステ店「ホワイトフレーム」でのバイトを増やして何とか芸能生活を続けている状況で、このままだと『女の城』から追い出されるのも時間の問題らしい。

 ちなみに私は「MOST」モデルデビューのタイミングで「ホワイトフレーム」でのバイトは辞めている。元々「ビオール」のCM出演くらいから定期的なシフトを入れなくなっていて、誰も都合が付かない時に私が空いていたらフォローに入るくらいだったのでホノカとバイト先で会うことはほとんど無くなっていた。さらに、ホノカからサエさんの写真モデルのチャンスを結果的に横取りしてしまってからは、同じシフトに入ることが全く無くなり、そのまま終わった。最後に一緒にタオルを畳んだ時にどんな会話をしていたか忘れるくらい時間が経ってしまっている。

 「ゼタバースクラブ」でのパパ活は、五ツ星会員になってから『独占』ではなくなり回数は激減したが、幾地さんのリクエストに応じる形で不定期ではあるが続いている。ただ、五ツ星プレミアムとやらのおかげで法外なお手当をいただき『独占』の頃とあまり変わらないくらいの収入が得られている。使い道が無く、持て余すお金が口座に増えても全く満足感がなく、私は今すぐにでも退会したいのだが、ミナさんからコウジや家族に秘密の漏洩や危害を加えると脅され、未だにクラブやミナさんに大きな稼ぎをもたらす餌、商売道具として囲われ続けている。


 私のファッションモデルとしての活動は順調だ。

 コスメメーカー「スラフコフ」の新作ウォータープルーフアイシャドウのプロモーション。赤、青、黒、白の4色で展開するが、モデルや女優4人がそれぞれ1色ずつイメージカラーを受け持ち、CMやステージショーでプロモーションをする趣向らしい。プロモーションの結果、色推しなのか出演者推しなのかは別として、プロモーション中に最も売れた色が今後大量生産され、逆に最も人気が無かった色は比較的少量しか生産されないらしい。私はその中の一人に選ばれたのは良いのだが、他の3人というのがサーシャ=シホさんと、大手芸能事務所の若手人気女優の羽咋ミナミさんと、双丘リホさんの2人だ。それぞれ事務所は違うがCM、ドラマ、映画、バラエティ番組と幅広く活躍されている格上の方ばかりである。

 メーカーさん主催の企画説明会議兼撮影にユリエさんと参加。まずそれぞれが受け持つ色を決めるのだが商品はアイシャドウだ、イエロー系やブルー系が使いやすいに決まっている。遠慮や上下関係を気にしないロシア人ハーフのサーシャさんが1番目に赤を選び、大手事務所のミナミさんが青をすかさず選んだ。私とリホさんはお互いに遠慮して視線を交わしていたが、年上の人気女優リホさんが先に黒を選び、私は残り物の白を受け持つことになった。色白な私が白のアイシャドウを施しても効果があるのかと疑問だが、サエさんが「白を大事に使うと良い」と言ってくれたことを思い出し、白を受け持つことにした。


 プロモーションのCMでは、それぞれ受け持ちのカラーのアイシャドウを着けてワンポーズ、ワンフレーズの映像を撮影し、それらと商品説明を合わせて30秒程度のCMを作るようだ。

 ステージでのプロモーションについては、ミナミさんのマネージャーがメーカー担当者に「水や汗に強いウォータープルーフ仕様ですから、ステージでのプロモーションは水着でやりませんか?」と提案し、サーシャさんのマネージャーが「水着の色をアイシャドウの色に合わせるのはどうですか」と話を進め、ミナミさん本人が「それ良いですね。せっかくなら屋外の広い会場でたくさんのお客さんの前でやりましょう」と後を継いだ。私とユリエさんが「そんな、困ります。」と抵抗をしかけた時、リホさんが「私も水着でも構いません」と同意したことで、ステージショーが屋外で水着を着てすることに決まってしまった。

 メーカーの責任者の方は、一応、私達に向かって「大丈夫ですか?」と気を遣う素振りを見せたが、「エリカさんは「MOST」モデルなんだから、メーカーのオファーがあれば何でも着こなしますよ。」とサーシャさんのマネージャーが問答無用と畳みかけ、ミナミさんが「せっかく可愛いメイクで水着姿になるんだから、男子にも見てもらいたいなぁ。」と追い打ちをかけてきた。ミナミさんもリホさんも写真集や雑誌のグラビアで水着姿や下着姿になっているから抵抗が無いのだろうが、私が肌の露出を嫌い、それを男性に見られるのを特に嫌がっている事を知った上での嫌がらせとしか思えない。


 会議の後、休憩時間を挟んでテレビCMと動画に使うワンポーズ、ワンフレーズの撮影。コスメメーカーのメイクさんに指定の色のアイシャドウを使ったメイクをしてもらった。眉毛の下全体的と目頭に塗る真っ白のアイシャドウが主役となるようなメイクだ。このメイクで「エリカの白か」という指定のワンフレーズをポーズ自由でカメラに向かってきめる。私は遠くを眺めるような横顔から始め、キリっとした表情で正面を向き「エリカの白か」と言った後、軽くウインクをすることにした。

 撮影の後、他の方の動画を見せてもらうと、眉毛の下に全体的に指定の色のアイシャドウを塗るのは他のモデルや女優さんも同じで、例えば「サーシャの赤か」のようにそれぞれが名前と色をワンフレーズ言うのも同じだが、ポーズは自由なのでそれぞれ違っていた。サーシャさんはカメラを真っ直ぐ見ながら両手で髪をかき上げてフレーズを言っていてかっこよかったし、真紅のアイシャドウがまるで最初から一緒に商品開発をしたのではないかと思うくらいに似合っていた。ちなみに、ミナミさんは両手で顔を隠していたのをパッと広げて満面の笑みで「ミナミの青か」というフレーズを入れ、憎たらしいくらいに可愛かった。リホさんはカメラに向かって悪戯っぽく投げキスの真似をした後「リホの黒か」というフレーズを入れていた。

 さすがは今各方面から引っ張りだこのモデルや女優だ。短時間で目を引く魅力的な映像が撮れていた。その人達が小さな事務所「フレームズ」で最近調子に乗っている朽木エリカを“噛ませ犬”にして潰してやろうと対朽木エリカ同盟を組んで、攻撃を仕掛けてきたのだ。ユリエさんは「こんな出来レース、意地になってつきあう必要ないわ。降りましょう。」と言ってくれたが、サーシャさんと再度一緒に仕事ができるチャンスだし、私に全く勝算が無いわけではない。実際、CMが流れて、ネット上でも動画が公開されて約2週間経った中間結果では、一番人気はサーシャさんの赤で、2位がミナミさんの青、少し差が開いて3位がリホさんの黒で、僅差の最下位が私の白だった。商品として使いにくい白色でここまで着いて行けているなら、リホさんには悪いが最下位を免れることができるはずだ。

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