第49話 圧倒的な美を見せつけてやりなさい。

 3月初旬「ガールズプライズ」当日。予めサーシャさんをはじめとする出演モデルやアイドル等が公表されており、出展するアパレルメーカーや出版社等も公表されている。その中に朽木エリカの名は無い。私とユリエさんは先日の打ち合わせのとおり、秀才社職員の体裁で、出展者パスで会場入りした。出展者入口から秀才社が控室として押さえている小部屋に入り、そこでベースのメイクやヘアを整える。控室のモニターに映し出された会場の来場者席は満席だ。秀才社の出演時間が近づくと秀才社の本控室へ移動して、出演に備える。ユリエさんは私がお守りに念を込めるルーティンを静かに見守ってくれた後、激励してくれた。

 「エリカ、よくここまで頑張ったわね。」

 「ありがとうございます。憧れだったサーシャさんと同じステージに立てるなんて、高校生の頃に思い描いていた以上の舞台ですごく楽しみです。」初めてのショーで不安もあるが、夢以上の成果にワクワクする気持ちの方が大きい。

 「このファッションショーの後、「MOST」でも4月号から共演だよ。」

 「はい。大学卒業には少し間に合わなかったけど、東京に出て来るまでずっと夢だった「MOST」共演が本当に叶うんだって思うと、4年間頑張って良かったです。」

 「そうね。ファッションモデルはもちろんだけど、CMやプロモーション動画、ミュージックビデオでも良い作品に恵まれたわね。」

 「夏はお仕事が無くて苦労しましたけど。」

 「ふふふ、確かに。」

 「あとは、少しでも長くモデルを続けられるように頑張らなきゃ。」

 「何を言っているの。まだまだこれからよ。夏も含めて1年間オールシーズン、モデルとしてどんな衣装でも着こなして見せなさい。「スールト」さんだってエリカのためにって新しいデザインの服を作り続けてくれているし、「ダヴー」さんや「マッセナ」さんとか、エリカに着てほしいって言ってくれるアパレルメーカーも増えてきたんだから。」

 「ははは、まだ秋、冬と春服は少しだけしかモデルが出来ていませんもんね。「スールト」さんがデザインしてくれるんだったら、水着も着てみようかな…。」

 「そうそう、その意気よ。朽木エリカはまだ終わりじゃない。まだまだ輝ける。まずは今日のステージでエリカがこの4年間頑張って身に着けた圧倒的な“美”を見せつけてやりなさい。」

 「はい。」今の私なら自信がある。力強く頷いた。


 初めて「フレームズ」を訪れてユリエさんに面接をしてもらった時に『華』が無いと言われたが、当時は意味が分からなかったし、逆に私は可愛いという自信さえあった。しかし、カスミさんや他事務所のファッションモデルを直に見た時、『華』や美しさの何たるかを思い知らされ、自分との差に愕然させられた。

 大学生活と並行してレッスンを続け、お仕事をいただく中で少しずつ成長できたのか、今では「可愛い」、「綺麗」といったありがちな褒め言葉だけではなく、「MOST」で私が着た服がよく売れたり、私が出演したCM商品の売上が上がるといった外形的な変化が表れ始めた。また、直に会ったファンの方々の私を見る目が少しずつ変わってきた気がする。憧れ、羨望、敬愛、恋慕、心酔、畏怖、人によって色々な想いをその目から感じる。時には私を撮影してくれるプロのディレクターやカメラマン等でさえ私は魅了できていると思う。

 もう一つ1年生の春と今との大きな違いは、私が纏っている雰囲気だ。幸福感があると言っても良いかもしれない。幸福感であるならば目標の達成や仕事での成功だけではなく、コウジの存在も欠かせない。私が甘えられる人、私の拠り所。手を繋いで色々な所に連れ出してくれて、会えなくても電話やメールで応援してくれて、私は何度もコウジの腕の中で愚痴って泣いた。コウジはホテルのベッドでもコウジの部屋のフローリングでも私を抱いてくれて、ありがたいことにウェディングドレスを着せてくれるとも言ってくれた。私は男性を嫌悪しなくなったわけではないが、コウジと恋愛が出来て、女性で良かったと心底思っている。

 幸せな人間だけが放つ輝き。そして、レッスンで積み上げた基礎力と現場での経験値。うまく言い表せないが、これらの合わさった到達点がユリエさんの言っていた『華』の正体なのかもしれない。いつどこで『華』を持てるようになったのか分からない。『華』が身に着いたから売れたのか、売れたから『華』があるのかも分からない。でも4年前の私と今の私が違うことは確かだ。


 暗転した会場。ステージには「秀才社「MOST」」とだけ映し出されている。ステージの下手からスポットライトを受けたサーシャさんが中央へ歩き出すのと同時に、私もステージ上手から中央へ歩きはじめる。私にはライトは無い。その時にステージには筆記体で英文字が一文字ずつ書かれていき「Sasha meets Erika in MOST.」と文全てが明らかになった時、スポットと共に中央に歩いてきたサーシャさんと、ライト無しで舞台中央へ歩いてきた私が二人揃ってポーズを取っている。サーシャさんと私、朽木エリカの二人が舞台に立っていると観客から視認された瞬間、会場が揺れるような大きな歓声と拍手が沸き上がった。BGMも流れているはずだが歓声で音楽がかき消されている。

 サーシャさんはランウェイのステージ下手側を私は上手側を並んで歩く。最初、秀才社さんの案では私が後ろを歩いて1列で歩く事になっていたが、打合せの時にサーシャさんの方から二人横に並んで歩くことを提案してくださった。さらにありがたい事に、今、サーシャさんは背が低くい私のために歩幅を小さくして歩く速度を合わせてくれている。まっすぐ前を見て普通にモデルウォークをしているだけのように見えるが、大先輩のさりげない配慮に感謝しかない。ランウェイの先端で左右を入れ替わり、また舞台へ戻って歩く。サーシャさんへの歓声が多かったが、エリカの名を呼んでくれる声も間違いなく聞こえていた。近くからは「おめでとう」、「かわいい」等の声も聞こえた。

 舞台中央に戻り、最後のキメポーズ。打合せではこのまま二人で上手にハケる段取りだったが、サーシャさんが「ハイタッチ。」と両手を構えて声をかけてくださり、ポーズを解いた後、ハイタッチをさせていただいた。私もサーシャさんも達成感にあふれた満面の笑みだった。満席の観客はハイタッチをしている私達に割れんばかりの拍手で祝福してくれた。


 「ガールズプライズ」でのサプライズ共演は間違いなく成功だった。4月号「MOST」ではサーシャさんと私が同じ号にモデルとして掲載された他、「ガールズプライズ」特集として秀才社さんが私達二人のインタビューをしてくださった記事も載った。

 私達の共演に対しては、基本的には好意的な評価が大勢を占めるが、ごく少数批判的なコメントも無いことはなかった。

 「エリカちゃん、サーシャさんとの共演おめでとう。二人が着ていたセットアップ。色違いで2色とも買ったよ。」

 「エリカさん、夢が叶ったね。これからも応援しているよ。」

 「サーシャさんの迫力があり過ぎて、隣を歩く朽木エリカが子供に見えた。」

 「朽木エリカがあの日の出演者の中で一番輝いていた。」

 「エリカちゃんが「可愛いは正義」である事を証明してくれた。背が低くても童顔でもすごく魅力的だった。」

 「エリカとサーシャの異なる美しさの対比が面白かった。同じデザインの衣装でもモデルが違うと印象が全然違うんだな。」

 「サーシャさん、エリカに足を引っ張られていたんじゃない?いつもより歩くのが遅かったような…。」

 「エリカさん、サーシャさんと共演しない方が良かったのでは?モデルとしての体型差がありすぎてメッキが剥がれていますよ。」

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