第46話 我慢してあげて。
年が明けた後「ゼタバースクラブ」の速水ミナさんから電話があった。
「マミコさん。明けましておめでとう。その後はご機嫌いかが?因埜さんのショックも少しは落ち着いた?」
「明けましておめでとうございます。落ち着きましたが、…でも、私、クラブを退会しようと思っていて。」
「そんなこと言わないでよ。マミコさんも私もたくさんお金が手に入ってwinwinだったじゃない。」
「もう学費の支払いが終わって卒業できるし、モデルの収入も増えてきたから、パパは必要ないんです。それに、相手の家庭や仕事を潰してしまうなんて、もうしたくありません。」
「因埜さんの件は、あの男が勝手にしくじっただけで、マミコさんは悪くないのよ。クラブとしてもアフターケアをしっかりしたでしょ?」
「そうなんですけど…。」
「1ヶ月休憩してリフレッシュできたでしょうし、また一緒に活動しましょうよ。今度はもっと稼ぎが良い相手を見つけてあげるから。」
「ですから、もうこれ以上にお金は要らないんです。」
「私やクラブにはお金が必要だわ。そのためには五ツ星会員のマミコさんにも手伝ってもらわないと困るの。マミコさんは単価が高くなりすぎたから『独占』は難しいかもしれないけど、五ツ星にランクアップしたプレミアム料金でもっと大きく楽に稼がせてあげる。」
「それでも私はやめたいです。」
「珍しく聞き分けがないわね。朽木エリカさん。」ミナさんの声色が明らかに変わった。
「え?」
「「MOST」モデルの朽木エリカが、デートクラブでパパ活しているってバレても良いのかしら?」
「そんな、素性は秘密にするのがルールですよね。」
「ええ、会員や会員の情報は守るわよ。」
「会員じゃなくなったら…。」
「ふふふ、さすがエイガクの優等生さん。お察しのとおり会員じゃなければ、クラブは朽木さんやその秘密を守る義務はないわ。今まで築き上げてきたキャリアを台無しにしたくないでしょ?」
「ユリエさんにも相談します。」
「あら、ママに言いつけるみたいな感じかしら?でもね~、「フレームズ」のあなたの先輩や後輩の数人はうちの現役会員で、朽木さんと同じように夢を叶えるためにクラブ活動を頑張っている子がいるのよ。その子達がどうなってもいいの?ユリエさんも「我慢してあげて」って言うんじゃないかな?」
「じゃあ…私は、ずっとクラブを続けないといけないんですか?」
「さすがに、「ずっと」とは言わないわよ。芸能界を引退するまでの話。…できるわよね?」
「……」電話口で私が鼻をすすり、泣いているのが聞こえているだろう。
「ふふふ、何も泣くことないじゃない。朽木さんも自覚していると思うけど、あなたがトップモデルとしてチヤホヤされるのは精々あと2~3年。その後は仕事も減って収入も減る。その時にお金が必要でしょ?今、調子に乗っちゃダメよ。」
「…でも。」モデルエリカの賞味期限があるのは事実だし、数年後お金の不安があるのも事実だが止めたい理由はそれだけではない。
「でもじゃないでしょ。もしかして、今さら彼氏に罪悪感が出てきたのかしら?お金が有れば男なんて必要ないのに…。彼氏が邪魔なら私が消してあげようか?」
「やめてください。彼だけは手を出さないでください。」
「あ~、心変わりの本当の原因は男かぁ。ふふふ、朽木さんって本当に分かりやすい子ね。」
「分かったなら止めてください。お願いです。」
「彼氏が心の支えになっていると思って何も言わないようにしていたけど、邪魔になるなら消えてもらうわ。朽木さんがパパ活で他の男にも抱かれてるって教えてあげたら、きっと彼氏はあなたに幻滅するでしょうね…。」ミナさんが笑いを堪えているのが分かる。
「彼は私の事を信じてくれます。」
「そうかしら、試してみる?コウジ君とお話しするついでに、私もコウジ君の大きなモノを味見してみようかなぁ。早漏だけどすぐにまた勃つんでしょ?若いって良いわね。」
「どうしてそんな事を…。」スマホを握ったまま、思わず立ち上がってしまった。
「あら、そんなに驚かれると思わなかった。会員を守るって事は、会員を知るって事でもあるのよ。あなただけじゃなくて家族や彼氏の事も調べているに決まっているじゃない。」
「……分かりました。…クラブを続けます。だから、コウジや家族には何もしないでください。」無理だ。私の負けだ。辞められない。
「それで良いのよ。マ・ミ・コさん♪クラブはクラブ、彼氏は彼氏で割り切って、世渡り上手にならなきゃ。五ツ星プレミアムの説明をしてあげるから、来週クラブにいらっしゃい。」
週が明けた平日の午前中「ゼタバースクラブ」。五ツ星プレミアムの説明を受けた。要するにお手当の単価が高くなりすぎた女性と、人気で逆オファーが多くなりすぎた男性、それぞれの三ツ星会員を五ツ星会員と称して、クラブがマッチングをするらしい。男女ともに実績があり評価が高い会員だけが五ツ星で、お互いにハズレは無いはずだから会員からのオファーは聞くものの基本的にはクラブが勝手にマッチングするようだ。ミナさんが言うには、その会員の好みも性癖もお手当の金額もクラブは全て把握していることを意味しているから安心してほしいし、「これは名誉なこと」とのことだ。男女共に普通では知り合えないような相手とセックスができ、さらにオファーを受けた会員はたった一晩で大金を得られるからだ。あえて聞かなかったが、オファーを希望した会員からクラブへ支払われるプレミアム料金も相当高いのだろう。
2週間後の夜、本当に勝手にマッチングをされてしまった。
当日夜、わざわざミナさんが私のマンションまで迎えに来てくれて、二人で「コンボラックホテル東京」のダブルの客室に入った。部屋はミナさんの名義でチェックインしている。ルームサービスで簡単に夕食を済ませた後、私が苦学生姿から小綺麗な姿に着替えたり、メイク直し等していると21時位だったろうか、ミナさんのスマホに着信があり、二人で上層階の客室へ移動した。客室はリビングルーム付きのスイートで、スポーツ選手とそのマネージャーなのか付き人みたいな男性がいて、席に座るよう促された。ミナさんが持参した高級そうなチョコレートを付き人さんが淹れてくれた紅茶と一緒にいただく。
「相手は会うまで分からないからいつも楽しみにしているけど、まさか朽木エリカとはね~。」
「幾地選手、いつもありがとうございます。今回は最近五ツ星に昇格した朽木エリカをお連れしました。この子はずっと『独占』で可愛がってもらっていたので非公開会員だったんですが、約4年間ずっとうちの会員だったんですよ。しかも、高評価。」
「へ~、4年間も高評価で『独占』。さすがだね。」
「朽木さん、こちらはプロ野球選手の幾地さん。あなたもニュースとかで見た事あるでしょ?幾地選手もうちの会員なのよ。」私は野球に興味が無いが、確かにスポーツニュースやテレビCMで見たことがある。どの球団かも知らないが、実力も人気も高い選手のようだ。
「あの、クラブネームでお話しなくてもいいんですか?」恐る恐る聞いてみた。
「お互い有名人なんだから、今さら偽名を使っても意味ないでしょ。」というミナさんの答えに幾地さんが笑っている。確かに私は初見で言い当てられたし、私も幾地さんを画面越しに見たことがあった。名前を知らなかったが検索をすればすぐに調べられただろう。
「お互いその気になれば相手には苦労しないけど、気軽にナンパをしたり、風俗とかで遊ぶ訳にはいかないからね。後腐れなく遊べれば良いだけなのに、言い寄ってくる女性に手を出すこともできなくて困るよ。ははは。」私は自分から進んでセックスをしようと思う事はほとんど無いが、男は性欲発散したいのだろう。相手がいなくても自分で処理することだってあるらしいし、ある程度魅力ある女性と割り切った関係で遊べるのであれば、それに越したことは無い。デートクラブはうってつけの場所だ。
「では、そろそろお互いの付き人は失礼します。明日朝は10時頃お迎えに上がりますので、それまでには退出の準備をしておいてください。朽木さん、頑張ってね。」ミナさんと幾地さんの付き人が席を立ち上がろうとしている。
「ちょっと、どこに行くんですか?」私が聞くと、
「自分の部屋に戻るのよ。付き人がいたら気になって楽しめないでしょ?」
「え、じゃあもう始めるんですか?」
「そのとおり。何か問題ある?」と答えたのは幾地さんだ。
「いえ、そういうわけではないのですが…。」まだ会って15分程度しか経っていない。初めて会った男性とろくに会話もせず急にセックスしろと言われても、戸惑って当たり前ではないのか。幾地さんも席を立ち浴室を使う準備をしている。
「幾地選手、この子は『独占』のおかげで、クラブにいながらあまり男性経験が無い珍しい会員なんです。不手際があるかもしれませんが、色々と教えてあげてくださいね。」とミナさんは笑いながら部屋を出て行った。
「いいね~。楽しみだ。エリカちゃん、先にシャワーを浴びてくるよ。」と言いながら幾地さんは扉まで付き人を見送り、浴室へ入って行った。
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