第44話 応援してくれる人の方が圧倒的に多いんだから。

 9月から『独占』してもらっている因埜さんとのパパ活に大きな変化があった。月に2晩どころか隙あらば次週でも、次の日でも会いたがっていた因埜さんからの連絡が寒くなってからしだいに減り、12月頃には途絶えた。あちらは温泉旅館だ、きっと稼ぎ時で忙しいのだろうと思っていたが、ミナさんからの連絡で、事情を知ることになる。

 「マミコさん、お久しぶり。今、大丈夫かしら?」

 「はい。部屋で一人です。」

 「よかった。言いにくい事なんだけど、因埜さんがクラブを退会することになったの。だからマミコさんとの関係も『独占』も解消されることになったわ。」

 「どうして急に?私に何か問題がありましたか?」

 「いいえ、マミコさんも無関係ではないけど、因埜さんの旅館が経営破綻して、クラブ活動どころじゃなくなったの。」

 「そんな。外国人観光客も増えて、忙しいって言っていたのに。」

 「競争が激しい中、部屋や設備の洋式化をしたりして費用が嵩んだのと、あと…」ミナさんが言い淀む。

 「どうしたんですか?」

 「因埜さんが会社のお金をクラブに使いこみしていたことがバレたみたいなの。その、…マミコさんに会うために。」

 「えええ!」驚きで思わず大きな声が出てしまった。

 「因埜さんはだいぶマミコさんに夢中になっていたみたいね。」

 「私がお願いしたんじゃなくて因埜さんが「会いたい」って言ってくれて、私が断ろうとすると『独占』解消を持ち出すから…。」

 「そんな事だろうと思った。マミコさんとの夜が最高に気持ち良くて、嵌まってしまったのよ。家や会社が傾くほど男を夢中にさせるなんて、マミコさん、さすがね。膣トレや私のアドバイスをちゃんと活かしてくれているのね。まぁ、おかげでクラブとしても、だいぶ儲かっているんだけど。」

 「これからどうなるんですか?私、警察に捕まるんですか?」

 「マミコさんは大丈夫よ。因埜さんの方は、クラブとは別の事に会社のお金を使っていた事にしてもらって、クラブやマミコさんのことは隠し通してもらう。クラブからもエージェントを派遣して隠ぺいするから安心して。」

 「エージェントって…。」

 「そういう裏の業者よ。マミコさんは気にしなくても大丈夫だから。」

 「ただでさえ週刊誌や雑誌で私の悪い噂が流れているのに、どうしよう。」

 「「ネルソン」とかの事でしょ?大丈夫よ。朽木エリカと今回の事が繋がるはずがないわ。」

 「本当ですか?」

 「本当よ。男性会員の会社が潰れたり事業が失敗するのは、滅多にある事じゃないけど初めてではないわ。前例がある。だから安心して。また落ち着いたら連絡するからピルを飲み続けて待っててね。」と事なげに言われて、電話を切られた。


 心配で旅館の倒産をネットで検索すると、記事を見つけることが出来た。某地方新聞によると「熱海温泉の老舗「日の出旅館」が経営破綻。」と因埜さん、本名は有明日和さんの小さな顔写真と一緒に短文の記事が出ていた。「日の出旅館(代表取締役社長:有明杏実)は、夫で専務の有明日和氏の横領で12月xx日に経営破綻。有明氏は旅館の資金を着服し、高級ホテルでの飲食費や違法賭博等の遊興費に使っていたとのこと。負債額は旅館改修費の借入等を含めるとxx億円にのぼり、経営再建を断念。破綻に至った。」とある。検索していくつかの記事を見たが、どの記事にも「ゼタバースクラブ」やデートクラブ、パパ活といった単語は出ていなかった。ミナさんが言っていたエージェントが上手く繕ってくれたようで安心した。


 今年もクリスマスが来る。いつもなら「ヴァンデミエール」で食事して、ビジネスホテルでゆっくり愛し合うところだが、今年は「グランドプリンセスホテル品川」に現地集合で会うことにした。二人で初めて夜を共にした、あの思い出のホテルだ。コウジは大学生最後のクリスマスデートだから「グランドハイマウント」や「ルックミールトン」、「インターソイル」とか高級ホテルで思い出作りをしようと言ってくれたが、断った。今までコウジとビジネスホテルに泊まるようにしていたのは、コウジのバイト代が消し飛ぶのもあるが、高級ホテルでは近江さんや因埜さんとの夜を思い出すからというのもある。因埜さんは「ルックミールトン」を使うのがほとんどだったが、近江さんは色々な高級ホテルで、エグゼクティブフロアやスイートフロアの色々な部屋に泊めてくれた。全く同じ部屋にアサインされることは無いだろうが、同じレイアウトの部屋になることは十分あり得る。そうなった場合、コウジとセックスしている時でも近江さんの指捌きやクンニを思い出して複雑な気持ちになるはずだ。幸い「グランドプリンセスホテル品川」は近江さんとは使ったことが無かったので、今回コウジに「私達二人の思い出のホテルがいいなぁ」と甘えた声でリクエストをした。


 クリスマスよりも数日早い平日の夜。宿泊客や食事客は多くは無いが、少なくもない。私が彼氏といるところを芸能記者はもちろんファンの方にも目撃されないように、私はタクシーでホテルに乗り付けてすぐに化粧室へ入り、他人のふりをしたコウジとエレベーター前で待ち合わせをして、同じフロアで降りてコウジが先にチェックインした部屋に入るようにした。コウジは「なんか芸能人のお忍びデートみたいで面白い」と喜んでいたが、こちらはモデル生命がかかっている。パパ活で慣れているとはいえ、写真に撮られていないか、急に声をかけられないかと毎回緊張するが、部屋に入ってしまえば二人でゆっくり寛ぐことができる。

 食事を摂ってお腹を満たし、シャワーを浴びて愛し合う。やる事は決まっているが、毎回コウジと会うのが楽しみで仕方がない。レストランで二人でご飯を食べているところ等を見つかれば、今は何を言われるか、何を書かれるか分からないので、今回二人としては初めてルームサービスで食事を取ることにした。

 「ルームサービスって、このメニューブックの内線番号に電話するだけでいいんだよな。」

 「たぶん、そうだと思うけど。私も初めてだから分からないよ。」困り顔で答える。悲しい事だが嘘をつくのにも慣れた。近江さんや因埜さんがやっているのを何度も見ている。

 「まあ、ここにかけて教えてもらうよ。エリカはフィッシュ&チップスでいいんだよね。」

 「うん。お願い。」

 私はフィッシュ&チップスを、コウジはクラブハウスサンドを食べて、備え付けのネスプレッソマシンで淹れたコーヒーを飲み終わって、ソファで一息ついたところでコウジが甘えてきた。

 「エリカ、今日も綺麗だな。」

 「ありがとう。せっかくの高級ホテルだからって張り切り過ぎたかな?」白ニットに赤のタイトスカート。外ではキャメル色のチェスターコートを羽織っていた。この冬「スールト」が新しく売り出したコーデが可愛かったので、「MOST」の撮影で着た後に買い取らせてもらった。

 「普段も可愛いけど、本気を出したエリカは何を着ても綺麗。俺がプレゼントしたバッグもずっと使ってくれて嬉しいよ。」ライティングデスクに置いてある私のショルダーバックへ二人の視線が向かう。

 「そうだよー。大事に使ってるよ。」コウジとの外デートでしか使っていないからへたりや傷みが少ない。

 「コウジもプレゼントしたネクタイを使ってくれてるじゃん。待ち合わせの時、すぐに分かったよ。」

 「うん。俺の方はヘビーローテーションで大活躍してもらってる。」

 「役に立っててよかった。」

 「エリカ、ちょっと元気ないな。仕事、忙しそうだもんな。」

 「ん?仕事は順調だし大丈夫だよ。それよりも前に話した週刊誌とかネットの書き込みとかの方がキツイかな。」苦笑いをした。

 「そうか、俺もネットの記事を見たよ。無茶苦茶だな。」コウジも下を向いて頭を掻いている。

 「コウジが言ってくれたようにアンチがいるのは、みんなに知ってもらえたって事だし、マネージャーさんも「応援してくれる人の方が圧倒的に多いんだから気にしないように」って言ってくれたけど、人間の悪意って言うのかな?怖いね。」

 「そうだな。誰が何を言っているか分からないのって気持ち悪いな。」

 「私、…さっさと引退しちゃおうかな。」

 「え?やっと「MOST」モデルになれたのに。」

 「そうなんだけどさ、仕事以外の事がこんなに大変だと思わなかった。ほんの1年くらい前まで仕事が無いって泣いていたのに、有名になったらなったでアンチが怖くなっちゃった。」平静を装おうとしても声が震え、涙が出てくる。確かに私はレッスンや仕事をコツコツ頑張って、やっと夢だったファッションモデルになれた。でも、男性のアンチからは性処理のオカズに使われ、女性のアンチからは心無い誹謗中傷を受けた。一番辛いのは、私を貶めるその想像や言葉が全くの事実無根ではなく、あながち間違いではないというか、一部正しいところさえある事だ。朽木エリカと村野マミコが完全に結びつかないうちにさっさと止めてしまいたくなる。今なら失うのはモデルのエリカだけで、コウジとの恋愛関係は守ることが出来るが、マミコの事を知られたら目の前にいるコウジまで失うかもしれない。

 「……せっかくのクリスマスデートなのにゴメン。」私が泣いている間、コウジは無言で横から優しく肩を抱いてくれていた。

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