第43話 意外と冷静なのね。

 「ウイークリー ネルソン」。いわゆる雑誌、週刊誌の一つで新聞や報道番組が取り上げない芸能ネタを取り上げ、面白おかしく想像で話を膨らませて書き立てる迷惑な連中だ。自分で言うのも何だが「Reluctant farewell」のMVで知名度が大きく上がり、「ビオール」のCMと「MOST」デビューで全国区のモデル、タレントになれた。売れている証拠というか代償というか、いくつかの雑誌が私とサーシャさんの共演NG説などつまらない記事を何度か掲載しており、「ネルソン」はその急先鋒で、11月には2週連続で私の特集を打ってきた。


 1週目は「朽木エリカ、憧れのサーシャ先輩に共演NGをくらう!」と大見出しをつけ、「人気ロックバンドのミュージックビデオで“泣いてる子”として注目を集め、大手化粧品メーカー、有名ホテル、生命保険会社等のCMやプロモーションで人気を集める朽木エリカ。自身の夢と語っていたファッション誌のデビューも果たして快進撃だ。しかし、朽木エリカに思わぬ誤算が。」と始まり、芸能関係者の話として「朽木エリカはモデルに相応しい体型ではなく、好感度と雰囲気だけで実力以上の評価を得てしまっている」、「先輩モデル達はエリカをモデルとして認めていない」とのことだ。さらにサーシャに近い人物のコメントとして、「サーシャは朽木エリカに目標と言われて迷惑している。あんなのは精々ティーン誌レベルでプロのモデルではない。同じモデルだと勘違いさせないためにもサーシャは共演にならないように避けている。いわゆる共演NGだ」と酷い事を書き連ねた。

 そしてさらに、別の芸能関係者の話として「朽木エリカは同じ事務所のタレントの中でも評判が良くない。熱心と言えば聞こえが良いが、生意気で先輩タレント達に遠慮すること無く、仕事やオーディションのチャンスを我先にと取っていく。例えば、エリカが世に知られるきっかけとなったロックバンドのミュージックビデオも、本来ならばエリカの様な新人ではなく、ある程度実績や経験があるタレントがやるべきところだが、何故か朽木エリカにアサインされた。芸能界ではよく聞く話であるが、制作会社にエリカが枕営業を仕掛けたのではないかと噂されている。また、エリカの行いで一番酷かったのは、有名女性写真家の撮影モデルになるチャンスを友人の女優から横取りし、ちゃっかり自分がモデルになった事件だ。その写真家に撮ってもらえると“売れる”というジンクスもあり、小浜カスミの妹分であり、エリカの友人でもあった新人女優が次に撮ってもらえるというのが事務所内での大方の予想だった。しかし、ここでも朽木エリカが出しゃばって写真家に取り入り、モデルの座を奪った。横取りされた友人女優は事務所内で他人を憚らずに大泣きし、エリカと絶交したらしい。」

 ネルソンの記者は最後に「若い男女に絶大な人気がある朽木エリカだが、目的のためなら手段を選ばず、他人を顧みず、自分の美貌や体さえ武器にして前に出てくる姿は、CM等の媒体で見る清楚、上品、優等生等のイメージとは異なると言わざるを得ない。」と記事を締めくくっていた。


 2週目は共演NGネタではなくて新しいネタを出してきたが、驚きの内容だった。「朽木エリカ、清純派が聞いて呆れる黒い噂」と大見出しがあり、「整った顔に白い肌と長い黒髪。有名私立大学に在籍し、上品ながら親しみやすい雰囲気。モデルとして女性に人気なのはもちろんだが男性にも人気で、今や『10代女性がなりたい顔第5位』、『お嫁さんにしたい女性No1』の朽木エリカ。その男性遍歴に迫る!」と書いてあった。

 朽木エリカと同じ学校出身者への取材として「朽木エリカは学内に留まらず近県でも有名な美少女で、この情報提供者はエリカの写真や画像を男友達に売っては小遣い稼ぎをしていたとのこと。元気が有り余る男子学生達はこのエリカの写真を夜な夜なオカズにしながら、男友達の中で回覧していたらしい。エリカ本人も男達が自分の写真でエッチな妄想をしている事を女友達から聞かされており、男達を睨みつけて「ジロジロ見るな」と声を荒げることもあったようだ。CMのエリカからは想像できない気が強い一面が垣間見える。

 一方、女友達同士の性体験の話では、エリカは話の輪に入れず、顔を赤らめて聞くばかりだったらしい。初体験を済ませた女友達が「勃起したチンチンは思ったよりも大きくなり、入れられると痛い。」とか、「男のチンチンからおしっことは違う白い精液が出る。」とか教えてあげると、エリカは口をポカンと開けて耳まで真っ赤にしていたが、興味津々だったようだ。このクッキー好きの情報提供者によると、朽木エリカは男嫌いで彼氏などいるはずも無く、18歳までは間違いなく処女だったとのことだ。」


 次に朽木エリカが大学進学を機に東京に出てきた後の話。芸能関係者からの取材として、「朽木エリカは同じ大学に彼氏がいるらしい。相手はバイト生活の普通の大学生で、エリカは1年生の時からそのイケメン彼氏一筋とのことだ。まわりに男をはべらせて、二股三股という派手な大学デビューを期待していた記者は肩透かしをくらったが、もっと面白い話が聞けた。」と始まり、「朽木エリカは某有名私立大学に進学し、学業の傍ら芸能事務所に入った。しかし、思ったよりも生活やレッスンにお金がかかり、エステサロンでバイトをしていたものの夏までにはお金に困る状況に陥っていたらしい。授業にはほとんど出席せずバイトばかり出ていたが、食事を抜いているのか痩せこけていき、ヨレヨレの服装で元気がなく、一時期は一見して生活が苦しいと分かるほどだったようだ。エリカは田舎では飛びぬけて美少女だったかもしれないが、東京では大したレベルではなく、さらにモデルにしては小柄で幼い体型だったから思うように仕事に繋がらなかったのだろう。

 では、どうやってエリカは東京で学生生活を続けながらモデルとして生き延びてきたのか?銀座のラウンジでホステスをしていたとか、エッチなマッサージ店でも働いていたとか様々な噂が飛び交うが、この情報提供者は、エリカがマッチングアプリ等を使ってパパ活をしているのではないかと話す。エリカが時給1,000円や2,000円の収入だけでは考えられないような生活をしているからだ。既に大学の学費は奨学金無しで完納しており、エステバイトの出勤が減っているにも拘らず芸能活動は継続できている。これだけでも不思議だが、決定的なのは月に数度全身ブランド物に身を包んだ朽木エリカが賃貸マンションからタクシーに乗り込み、どこかに出かけたり、帰宅してくるのを目撃されているからだ。このお姉さま系美人の情報提供者によると、朽木エリカにはパパやパトロンが複数いて、月100万程度稼げているのではないかとのことだ。そうでなければ借金無しで4年制私立大学の学費を納めた上に、某英国ブランドのワンピースも某伊国ブランドのバックも持てるはずがないし、タクシー移動を繰り返すことも無いなのだ。もちろん、パパはただでお金を渡す援助者ではない。大人の関係と引き換えにエリカにお金を渡しているはずだ。」

 記事はさらにこう続く。「記者も思い返してみると、有名学習塾のキービジュアルをつとめていた頃の朽木エリカは、本物の高校生だと思ってしまうほどの美少女で優等生役に打ってつけだったが、ミュージックビデオの彼女役の頃には完全に『メス』になっていた。男に抱かれチンポの味を知ったメスの顔。男を喜ばせ興奮させる方法を知っているメスの表情だ。これは男嫌いで処女だったはずのエリカに何故か急にできた彼氏の存在のおかげだろうか?色っぽい表情や仕草が出来ているのは敏腕女性写真家の的確な指示のおかげだろうか?そんなはずはない。何十人ものパパを射精させて身に着けた清楚系ビッチの技や経験が成せるものではないかと思う。記者はこの女性情報提供者のパパ活説を支持することにし、今後も朽木エリカの正体を暴くため取材を進めていく。」と締めくくられていた。


 「誰よこの芸能関係者って!」まずユリエさんが事務所の中で激怒する。特集1週目の後段や2週目の後段の芸能関係者の話は、同じ「フレームズ」の中の人間としか思えない内容であり、同じ事務所の人間の中に足を引っ張る卑怯者、裏切り者がいることになる。今回この情報提供者の正体は突き止めることが出来なかったが、ユリエさんだけではなく事務所全体が大問題ととらえ、「ネルソン」の出版社に抗議し法的措置も検討を始めた。また、記事にはご丁寧に私が『女の城』のマンション入口からタクシーに乗り込む写真も掲載されていたことから、応急措置として事務所が用意した別のマンションへ移るよう指示された。

 私には「こんなのは嘘だ。」という怒りもあるし、一方的にある事ない事を書かれる怒りもある。ただ、いつかはこんな日が来るのではないかと恐れていたのが「ついに来たか…」という諦めにも似た感情も同時にある。ユリエさんには「意外と冷静なのね。」と心配された。

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