第42話 憧れの芸能人も意外と普通の人だったでしょ?

 秀才社さんからありがたいお話をいただいたのはコートを羽織らないと外を歩けないくらい寒くなった頃だ。ユリエさんが日程調整をしてくれて、秀才社さんへ打ち合わせのためにおうかがいする。なぜ嬉しいかというと憧れのサーシャ=シホさんとそこで会えたからだ。

 私とサーシャさんが「MOST」での共演や同じ号に掲載されないのを、一部の週刊誌が根拠の無い不仲説や共演NG説で面白おかしく話を膨らませて煽っている。「MOST」発行元の秀才社さんがこの噂話を利用して、私とサーシャさんの「MOST」上での共演を大きく打ち出そうと私とユリエさん、あちらはサーシャさんとそのマネージャーさんが秀才社のミーティングルームに集まり、3者で打合せをすることになったのだ。

 「全くの偶然ですが、お二人が同じ号に載らなかったことが大きな話題になっています。変な噂もあってエリカさんには申し訳ない。」秀才社「MOST」編集長と名乗る方が打合せを進める。

 「いえ。私は新人ですから仕方ありません。一人前のモデルとして認めてもらえるように頑張ります。」

 「エリカちゃんは可愛くて人を引き付ける魅力があると思うわよ。なんだか私の方がエリカちゃんに意地悪しているみたいで困っちゃう。」

 「サーシャさんにも申し訳なく思っています。ですので、今の状況を逆手に取って「MOST」とお二人の注目度が上がる仕掛けを打ちたいと考えています。」

 「どんな手を打つんですか?」サーシャさんが聞く。美人なのはもちろんだが気さくで話しやすいお姉さんだ。

 「3月の「東京ガールズプライズ」に二人で出演していただいて、「MOST」共演を発表します。エリカさん出演は事前に告知せずサプライズ出演って形にさせてもらって、当日二人並んでランウェイを歩いて大々的にステージ告知する予定です。」

 「へぇー、面白そう。つまらない記事を書く週刊誌連中を黙らせてやりましょうよ。エリカちゃん頑張ろうね。」

 「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。…でも私「ガールズプライズ」さんと全くお付き合いがなくて、調整できていませんけど。」

 「秀才社の方で主催者とは調整済みです。エリカさんもランウェイを歩けますよ。安心してください。」編集長さんはニッコリ笑ってくれた。


 秀才社での打ち合わせが終わり、帰り際に勇気を振り絞ってサーシャさんにこちらから声をかけてみた。

 「あの、サーシャさん、今日はありがとうございました。お会いできて嬉しかったです。」紙面で憧れていた実物が目の前にいて、会話ができる。同じファッション誌にモデルとして載るのを夢見てきたが、それ以上のラッキーだ。

 「私もリアルのエリカちゃんと会えて嬉しかったわ。評判どおり可愛くて透明感があって、いい雰囲気を持っているわね。」

 「いえいえ、サーシャさんには敵いません。私、東京に出てくる前からサーシャさんに憧れていて…」握手をしてもらえないかと手を恐る恐る差し出してみる。

 「ははは、ありがとう。ネットの記事か何かで読んだわよ。デビューは2~3年くらいしか差は無いはずだけど、目標になれて嬉しいわ。そうだ、一緒に写真撮ろうよ。」ギュッと私の手を握ってくれた後、スマホで写真を撮ることになった。

 「やった、ありがとうございます。」セルフィにして二人で一緒に撮ってもらえた。サーシャさんも自分の携帯で私達の写真を撮った。サーシャさんは私よりも頭半個分以上高くて、胸もくびれも大きい。顔の造形も深く黒髪で肌は白い。ロシア人と日本人のハーフだからこそできる美の傑作だ。何代遡っても純血日本人の私では真似できず、カスミさんの『華』とはまた異質な美しさで、紙面よりも実物と会った方が圧倒的な迫力があった。

 「「ガールズプライズ」まで今日の事は内緒だよ。」そう言ってサーシャさんは去って行った。

 「良かったわね。でも、憧れの芸能人も話をしてみると意外と普通の人だったでしょ?」と私達を見守っていたユリエさん

 「はい。なんか頼りになるお姉さんって感じでした。でも、やっぱり綺麗だったな~。」

 「あっちは身体のつくりが違うんだから仕方ないわよ。エリカはエリカの長所で勝負する。いいわね。」


 コウジとの夜。「MOST」デビューを果たしてからはコウジの家に乗り込むことは極力避けて、ホテルで待ち合わせて会うようにしている。唯一の彼氏なのだから隠す事は無いが、ユリエさんが言うには「ファン感情を考えると彼氏と堂々とデートしたり、彼氏の部屋に入り浸っているのを写真に撮られるとマズイ」とのことで、今こうして都内のビジネスホテルの一室でコウジとこっそりと持ち込んだスイーツを食べている。近江さんや因埜さんとの時のような広くて大きい客室ではないが、コウジとのデートまでパパ活みたいになってしまった。

 「なかなか会える時間を作れなくてごめんね。」

 「いいじゃん。それだけ仕事がたくさんあるってことだろ。」

 「まぁ、そうなんだけど。私は忙しくてもコウジには会いたいと思ってる。」実際、これまで何度もコウジの腕の中で愚痴をこぼし、涙や鼻水でコウジの上着を濡らしてきた。コウジは私の精神安定のために必要な存在だ。

 「でも、こうやって直に会うのが難しくなってきたな。」

 「なんか、面倒くさい事になってゴメン。」

 「大丈夫だよ。エリカが彼女でいてくれるんだから、このくらい我慢しないと罰が当たる。」コウジがソファの隣に座っている私の頭をポンポン撫でてくれた。

 「あと半年もしない内に卒業だね。1年生の前半は単位取れなくてどうしようかと焦ったけど、みんなと一緒に単位が取れた。みんな就職決まったんだよね。」

 「ああ、俺は伊予丹、クマは実家の粉もの屋、八瀬は公務員。あいつ官僚になるらしいぞ。」

 「すごい。みんな「あ~、なるほど」って就職先だね。」

 「エリカは卒業してもモデルを続けるんだろ。」

 「うん。もちろん。」

 「エトワールホテルのホームページ、見たよ。ウェディングドレス、すごく綺麗だった。」

 「ありがとう。…ん、どうしたの?」コーヒーカップをソーサーに戻すとコウジが真剣な表情で私を見ている。

 「あ、いや、その、エリカにリアルでドレスを着せたいと思った。そのウェディングの…。」

 「えっ、…何?今の…プロポ…」

 「ちが…、その時が来たら、もっとちゃんと言うよ。俺達まだ学生で、就職が決まっただけだから。…でも、真面目に考えている…」コウジが照れくさそうに視線を逸らす。

 「ありがとう。…でもコウジ、言っておくけど、私は今が最高点でこれから落ちていくだけになるかもしれないよ。モデルって旬が短いの。もう3年もしたら私は過去の人になって、「朽木エリカ?そんな人いたね」って感じになってしまう。それでも私のことを好きでいてくれる?」

 「ああ。」

 「モデルでも、タレントでもない一般人だよ。」

 「あたりまえだろ。おれは普通にキャンパスで出会った女子大生の朽木エリカと付き合っているんだ。一般企業で働くOLエリカでも、バイトで販売員をやっているエリカでも、ずっと好きだと思う。」

 「そっか、コウジは作品の中のエリカだけじゃなくて、私が泣いたり、ヘコんだりしているところも知っているもんね。」

 「うん。」

 「あと、もう一つ言っておくことがある。」少し姿勢を正して伝える。

 「今度はどうした?」コウジも少し姿勢を変えた。

 「私をたくさんの人に知ってもらえて、ファンって言ってくる人や褒めてくれる人がいるけど、逆に適当な噂話や誹謗中傷をネットや雑誌に書く人もいるの。私も全部中身を見ていないけど、たぶんほとんどが嘘だから。そんなのに騙されないで、私を信じて欲しい。」

 「サーシャさんとの共演NGとか…。」

 「そう。取材と言って私の周りを嗅ぎまわったりして、ある事ない事を面白おかしく書かれちゃうの。もしかしたらコウジやクマちゃんにも迷惑をかけるかもしれない。」

 「エリカが心配するかと思って言ってなかったけど、大学で同じ経済学部生にエリカや俺の事を聞き回っているヤツがいるらしい。なんか雑誌のライターらしいけど。」

 「そっか、もう迷惑をかけているんだ。」

 「気にするなよ。アンチがいるって事は、知名度も人気もあるって証拠じゃん。俺は朽木エリカの大ファンだからエリカを信じている。」コウジが笑顔で言ってくれた。

 「カッコつけるなバカ…。歯を磨いた後、私にエッチなことするつもりなんでしょ。」

 「うん。…したい。」コウジが私にもたれかかって甘えてきた。

 「ははは、もー、分かったよ。じゃあ私が先にシャワーと洗面所を使うから。」私はソファから立ち上がり、鞄から化粧品等を出して洗面所へ移る。


 「ねえ。」メイクを落として裸になった後、洗面所から少し大きい声でコウジに話しかける。

 「なに?」ソファでスマホを見ていたであろうコウジが部屋からとぼけた返事を返してきた。

 「私も、…ウェディングドレスが着たい。コウジの隣で。」言いたい事だけ言って、すぐ浴室の扉を閉めて勢いよくシャワーを出した。私の声はきっとコウジに届いたはずだ。ちょっと恥ずかしいことをしたな。

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