第41話 変な誤解を受けないように気をつけなさい。

 「MOST」デビュー後、和気サエさんから事務所を通じてモデルのオファーがあった。「ホテル アーチ オブ エトワール東京」でのウェディングプロモーションに使う画像やムービーの撮影だ。このホテルも上高地のと同じく皇帝ホテル系列で、サエさんがお世話になったり、お世話をしたりwinwinの関係らしい。今回は数年ぶりにホテルのウェディング関連のホームページやパンフレット等の資料を一新するに当たって、ホテルからサエさんにオファーがあり、サエさんが私をモデルとして指名してくれたという関係だ。

 指定された平日の晴れの日、ユリエさんと現場入りするとサエさんとホテルの担当者の方が出迎えてくださった。

 「エリカ、久しぶり。」

 「サエさん。お久しぶりです。今回もありがとうございます。」

 「いいの、いいの。「ポートレートジャーナル」の特集号がバカ売れして、私も鼻が高いってもんさ。…えっと、紹介するね。こちらがホテル担当者の半蔵おじさん。やさしい紳士だから何でも我儘言っていいよ。」

 「サエさん、何でもは困ります。」半蔵おじさんなる年配ホテルマンが笑っている。

 「えー、こっちは『お嫁さんにしたい女性No1』の朽木エリカを連れてきたんだよ。美味しいランチぐらい奢ってくれたっていいじゃん。」そんな調査があっただろうかとユリエさんの方を振り返ってみたが、ユリエさんも首を振っている。

 「承知しました。映像素材として料理や飲み物もたくさんお出ししますので、撮影しながら思う存分お楽しみください。」

 「やった~。」サエさんは今日も明るく楽しそうだ。いつものアシスタントさんとユリエさんも目を合わせて微笑み合っている。


 初めてウェディングドレスを着ることになったが、慣れたスタッフさんだからだろうか採寸をパパっとして手際よく着せてもらい、ヘアもメイクもあっと言う間に準備ができた。

 サエさんからは「真剣なのとゆるいのと2種類を撮ろうと思うんだけど、他のホテルが真面目くさったのばかりだからさ、彼氏とウェディングフェアに来て楽しそうに見学したり試着したりしてる“ゆるい”のを多めに撮りたいんだ。」

 「本番というよりは下見や見学って感じですか?」

 「そうそう。フェアに来て「ここ良いじゃん!」みたいな雰囲気。」

 「わかりました。やってみます。」

 「こちらからも指示や設定を出すけど、エリカはエリカが思うように自由に歩いてポーズをとってみて。」

 まずはウェディングドレスでゆっくりガーデン内を歩き、時々立ち止まっては思い思いにポーズを取った。サエさんは私の後ろを付いて来て、私がポーズを取るとシャッターを切り、時々、花束を取り換えてみたり、花冠やティアラを乗せてみたり、新郎役や友達役を横に立たせてみたりと、同じ場所でバリエーションを変えて撮り直したりもした。これをチャペル内やホテルの宴会場内でも行い、カラードレスに着替えて、再度、宴会場、チャペル、ガーデンと戻りながら撮影を続けた。もちろんそれぞれの場所でサエさんやアシスタントさんの指示によるカラードレスの変更や持ち物の変更もあり、思ったよりも時間がかかった。

 私が着替えている間や準備をしている間にサエさんはチャペルや宴会場の雰囲気、食事や飲み物、アイテムの写真を順々に押さえていき、ランチや休憩の時間を決めて撮影をすると言うよりは、サエさんが撮り終わった食べ物や飲み物を順次その時々に食べたり飲んだりして撮影を続けていった。サエさんは手早く撮って行くが、それでも冷めてしまった料理は半蔵おじさんがシェフに新しく作り直しをさせたり、サエさんだけではなく私やユリエさん、アシスタントさんも人数分同じ物を用意してくださる心遣いも嬉しかった。実際、上高地のホテルの食事も美味しかったが、エトワールホテルのも美味しかった。半蔵おじさんのホスピタリティーはもちろん、対応してくださるホテル従業員の方々のサービスも素晴らしく、気持ちよく撮影をしてもらうことが出来た。

 ちなみに撮影の新婦役や両親役、友達等の参列者役もホテル従業員がやってくれていたが、中には私のファンと言ってくださる方もいて、合間合間に握手やサインを求められた。ファンと言ってくださる方々とこんなにたくさん直に出会ったのは初めてで、少しくすぐったい感じがするが嬉しかった。男女問わず握手にもサインにも応じ、写真だけはSNSに載せたり、転載しない事を条件にユリエさんが従業員さんへOKを出した。しかしそれでも、男性とは私と1対1では撮らせず、女性従業員も入って撮るようにした。ユリエさん曰く「エリカはもう一人前のモデルなんだから、男関係だけは変な誤解を受けないように気をつけなさい」とのことだ。

 1日目の洋装での撮影を終え、2日目は和装と私服でも撮影を行った。予約をしてウェディングカウンターに相談しに来たようなシチュエーションだ。


 サエさんから半蔵おじさんだけではなくホテルの支配人など偉い人達向けの説明プレゼンを経て公開された特設ページでは、サエさんが撮影現場でも言っていたとおり、式当日のような緊張感がある画像だけではなく、ウェディングフェアに彼氏と来て話を聞き、しかし楽しく理想の式を思い描きながらエトワールホテルで過ごしてもらうヒトトキをイメージしたページになっていた。他でありがちな空席のチャペルでドレスとタキシードを着た新郎新婦だけが指輪交換をしている写真や、宴会場の上座で新郎新婦だけがポツンと座っているような写真、装飾されたガーデンにずらりと料理が並んでいるだけの意味がない写真も無い。あるのはサエさんが意識したリアリティや自然さだ。

 フェアに足を運んだ男女が主人公で、ホテルで担当者から説明を聞いているところから始まり、衣装選びや会場見学、料理の試食といったフェアの説明にもスペースを十分に取り、もちろん式本番もキリスト教式から和婚まで本番さながらの画像を駆使しながら丁寧な説明をする作りになっていた。式の主人公の一人である新婦役の私の画像が一番多く、ウェディングドレス、カラードレス、白無垢、着物、私服姿と色んな種類の画像が使われていた。


 後日「フレームズ」にわざわざ報告に来てくださったサエさんの話によると、ウェディングドレス姿でガーデンに出て、アーチモニュメントの前で肩幅に足を開いて右足にやや重心を置き、小道具で持たせてもらった花束を持った右手をダランと下げ、頭の上に左手を乗せてピースサインで笑っている“ゆるい”写真は、彼氏とフェアに来てリラックスして楽しんでいる感じが出ているとホテル上層部が一番気に入ってくれた写真だったようだ。

 他にも試着室でカラードレス姿の私が腰に手を当ててドヤ顔で立っている写真や、チャペルの祭壇で小道具のティアラを自分で頭に載せて喜んでいる写真は特に若い広報担当者が推してくれた写真だ。もちろん本番をイメージした写真もたくさんあり、チャペルでウェディングドレス姿の私がヴェールを両手で摘み上げる彼に上目遣いで微笑んでいる写真や、白無垢姿の私が三々九度の盃を半眼で慎ましく口に運んでいる写真も評価が高かったらしい。

 説明を聞かせてくださった後、こんな話もしてくれた。

 「まあ、説明するとこんな感じ。ホテルのみんなもいいページが出来たって喜んでくれていたよ。そう言えば「ゼクシィ」に載せる画像も変えるって言ってた。」

 「うわー、何か嬉しいですね。」

 「ねえ、エリカ。今回撮ってて思ったんだけどさ、これからは白色を大事に使うと良いよ。エリカは白が似合う。」

 「白ですか?私、色白って言われるからベージュとかに逃げて、白はあまり使わないようにしてたんですけど。」

 「色白って言ってもエリカの場合は黄色人種の肌色だ。白人のそれや病人の様な白とは違うから、きっと似合うよ。現にエリカのウェディングドレス姿は広報担当者との打ち合わせや偉い人へプレゼンした時も大人気だったんだよ。」

 「そうだったんですね。良い事教えてもらった。今度、意識して使ってみます。」

 「うん。それに、知っているかい?すべての色を混ぜると白色になるんだよ。白は混じりっ気がない純粋さや透明さの象徴だけど、すべてを包括し受け入れても白になるんだ。」

 「なんかよく分かりません。」サエさんは何を伝えようとしているのだろう。

 「ははは、エリカの生き様にもピッタリだと思ったんだけど、難しい事は良いや。とにかく白を大事に使ってみなよ。」


 エトワールホテルのウェディング特設ページが公開されると閲覧者や実際にフェアに来てくれた方、式を挙げてくれた方から嬉しいコメントがたくさんあった。

 「MOSTモデルの朽木エリカを起用した贅沢なウェディングページ。すげ~。」

 「プロポーズはまだしてもらってないけど、彼氏を連れてランチだけでも行ってみようかな。」

 「エトワールホテルのウェディングフェアは自由度が高くて、すごく楽しかった。」

 「俺達のエリカもいつかは誰かのお嫁さんになっちゃうんだよな…。」

 「女神降臨!エリカちゃん綺麗すぎるだろう。」

 「式場選びの時はエトワール東京も絶対に行くよ。」

 「ウェディングフェアに行った時、エリカさんと同じポーズで写真を撮らせてもらった。彼氏に笑われたけど。」

 「さすが清純派モデル。ウェディングドレスや白無垢が似合いすぎる。」

 「実際に式を挙げました。綺麗な式場でスタッフさんのサービスも良かったですよ。オススメです。」

 「披露宴でエリカちゃんが写真で使っていたティアラを載せてみた。みんなに可愛いって褒めてもらえたよ。」

 「元々可愛いだけど、ドレスや和服姿の朽木エリカは10倍可愛い。」

 そしてしばらくすると、このホームページやゼクシィのおかげか、某リサーチ会社の調査で『お嫁さんにしたい女性No1』に本当に選ばれてしまった。

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