第39話 「MOST」だよ、「MOST」が決まった。

 クラブの方では大きな節目を迎えようとしていた。9月で近江さんと関係を持って3年になるからだ。クラブでは例え『独占』であっても3年以上は同じ人と関係を続けてはいけないルールになっている。お互いに本気にならないようにという会員側の理由の他に、他の会員にも良質なパートナーを楽しんでもらい会員全体の満足度を高めるというクラブ側の理由もある。私と近江さんも9月からは別々の会員を選ばなければならない。


 ミナさんとゼタバースクラブの応接室でティータイム。

 「マミコさん、『独占』が3年間続いたんだね。なかなか期限切れって珍しいのよ。よっぽど相性が良かったのね。」

 「近江さんが紳士でしたから、私も安心して続けることができました。でも、終わりにしないとダメなんですよね。」

 「そうよ。クラブで特定のパートナーと長くなりすぎると、プライベートに悪影響が出るからね。今まで何組も家庭が壊れるのを見たわ。だから3年間って期限を作ったの。」

 「近江さんの家庭はそんなことなさそうだったけど…。」

 「まあ、ルールだからマミコさんにも従ってもらうわよ。で、次のパートナーだけど、近江さんと同じように『独占』をしてくれて、一晩20万円以上の条件を満たす会員の中から私が候補者を絞って、マミコさんに選んでもらう形でいいかしら。」

 「それでお願いします。『独占』をしてくれて、秘密を知る人が最小限の方が良いです。」

 「わかったわ。コレで評判もしっかり確認して、いい人を見つけてあげる。」ミナさんはタブレットを操作しながら得意げに請け負ってくれた。


 私が10分くらいスマホを見ながら紅茶とクッキーをいただいていると、ミナさんが候補者のプロフィールを見せてくれた。

 「こんな人はどうかな?因埜さんっていう旅館の専務さん。年齢は40過ぎで、会員歴も10年近いベテラン。顔も優しそうよ。見てごらん。」タブレットで因埜さんのプロフィールを見せてもらった。

 「はあ…。」確かに温和な雰囲気だ。生理的に受け付けないような不細工でも不潔でもなさそうだし、デブでもない。ミナさんによる因埜さんの紹介が続く。

 「もちろん三ツ星会員で評判も良いわよ。えっと、「ガツガツしてなくて落ち着いている。」、「乱暴やモラハラとは真逆の存在。」、「ザ・割り切った関係って感じ。」、「寝転がってるだけで良いから、とにかく楽。」、「ルールやこちらの要望を守ってくれるから安心。」だって。

 「何かマイナスコメントはありますか?」

 「マイナスコメントね。……「無口な方なので、食事中はちょっと気まずい。」、「良くも悪くも淡々と終わる。」、「やや遅漏」、「新しい発見や刺激は期待できない。」くらいかな。これで全部。基本的にはプラスコメントが多いわよ。」

 「なるほど。「ルールやこちらの要望を守ってくれるから安心」って言うのが一番嬉しいです。」

 「そうでしょ。ただ気になるのが、因埜さん『定期』は何度かあるけど、『独占』した実績が無いのよね。」

 「何か理由があるんですか?」

 「マミコさんはいきなり『独占』してもらえたけど、そもそも『独占』自体が珍しいんだよ。会員はたくさんの異性と遊びたいからクラブに入会しているのに、『独占』で一人の会員とだけしか会わないって入会動機と矛盾しているからね。」

 「私としては、変な男で時間を無駄にしなくて済むから楽だし、安心なんだけどな~。」

 「ふふふ。あとはマミコさんが因埜さんを満足させて、『独占』をしてもらえるかどうかじゃない?一度会ってみたら?」

 「分かりました。あと…、ミナさん、少し言いにくい相談なんですが…。」

 「どうしたの?」

 「村野マミコと朽木エリカが同一人物って分からないように、芸能人であることを隠しても良いですか?」

 「う~ん、お手当の額が下がるかもしれないわよ。本物の芸能人ってことで高額設定しているんだし。」

 「それでも良いんです。もう学費は払えましたから。レッスンや芸能活動に専念できるように生活費の足しになれば良いんです。」

 「マミコさんが良いならいいけど、勿体ないわね。じゃあ、芸能人であることは隠して、とても可愛い女子大生って感じで因埜さんにマッチングしてみるわ。」後日、ミナさんから連絡が有り、マミコと因埜さんとのマッチングが成立したとのことだった。『独占』してもらえるかは会ってから相談だ。


 9月の2週目、「ルックミールトンホテル東京」。因埜さんとは事前に電話でやり取りをし、先に因埜さんが部屋にチェックインして、ロビーで待ち合わせした後、その部屋に私がお邪魔する段取りにした。近江さんの時と同じやり方だ。因埜さんは終始優しそうな声で私のお願いを聞いてくれて、待ち合わせ後、二人で部屋に入ってから「本当に綺麗な子で驚いた。」と喜んでくれた。私は去年買った白ベースに花柄のワンピースに濃い赤のヒールで行ったが、それだけではない。ウォータープルーフのホクロメイクを左二の腕、右ふくらはぎ側面には大きめに、左目元には小さめに施した。手足はともかく目元はホクロのおかげで多少は印象を変えることに成功していると思う。因埜さんから「朽木エリカだよね?」と身バレすることは無かった。


 ルームサービスの食事をいただきながらお話をするが、口コミのとおりあまり喋らない方だ。数回会話した内容を総合すると、因埜さんは熱海温泉の老舗旅館で専務を務めていて、国内だけではなく外国人観光客が増えてお金には不自由していないらしい。英語が喋れるという理由で採用された新入社員だった因埜さんは女将に気に入られ、一緒にいる時間が長いなか関係が深まり、結婚に至った。しかし、今でも年上妻に頭が上がらず、仕事でも家庭でも肩身が狭い思いをしている。結婚してすぐに一人息子が出来た後はセックスレスとなり、「ゼタバースクラブ」に入会したようだ。「妻を女として見れない。」、「二人きりになっても仕事の話ばかりだから、そんな雰囲気にならない。」、「旅館は妻も女性従業員も中年ばかりでストレスのはけ口が無い。」とボヤいていた。何だかんだで10年以上、年上妻とはしていないらしい。

 初対面の夜から因埜さんと初めてセックスをする。ベッドの上でも、口コミどおり淡々としており、変な性癖があったり、無理難題を言われることはなかった。私から「跡が残ると友達や彼氏にバレるから困る。」と予め厳し目に伝えていたからか、強く吸ったり、噛んだり、抓ったり、叩いたりはされない。「脱いでも綺麗だ。」と鼻息を荒くしながら横たわる私の体を撫で回し、舐め回してくれた。

 コンドームをつけての行為だが、ペニスは近江さんと同じくらいで、コウジのように明らかに大きかったり早かったりしない。「やや遅漏」というコメントがあったが、私の名器の前には関係なかったようだ。「信じられない。こんなのは初めてだ」と言いながら、締めなくても普通にイってくれた。セックスが終わると順番にシャワーを浴びて広いベッドで眠りに就くが、必要以上に触ってきたり話しかけてくることが無い。やる事さえやってしまえば、後は私の自由にして良いといった感じだ。


 翌朝にお手当をいただいた時、私から『独占』の申出をした。

 「初対面の方に初日からいきなり失礼かもしれませんが、私を『独占』してくれませんか?」

 「どうしてマミコさんはそんなに関係を急ぐんだい?」

 「私は不特定多数の男性を相手にするよりも、私を大事にしてくれる一人の男性と長く関係を続けたいんです。」私は身バレする可能性を少しでも小さくしたいだけだ。

 「ふーん、さすが三ツ星会員さん。言う事が違うね。…今すぐ決めなきゃダメかな?」

 「いいえ。そういうわけではありませんが…」

 「もし俺が『独占』を断ったらどうなるの?もう会えない?」

 「そうですね。『独占』を断られたら、もうお会いすることは無いと思います。」

 「来月もう一度会おうよ。それまでに考えておく。」

 「……わかりました。」くそ!行為後あんなに満足気だったのに保留にされてしまった。これで『独占』にならなかったら、お手当を貰ったとは言えヤリ損で、身バレリスクが増えただけになってしまう。


 私も淡々と書き進めれば、翌月、同じく「ルックミールトンホテル東京」での関係の後、因埜さんから『独占』をすると言ってもらえた。「あの吸い込まれるような気持ちいい感触はたまたまではなかった。最初は自分が久しぶりで溜まっていたからだと思っていたけど、マミコさんの具合が良かったんだね。」と、名器を持つマミコの価値を認めてくれたようだ。2回目で『独占』を決めてくれたのは、やはり私の美貌と名器の賜物だろう。自分で言うのも何だが、中途半端なくせにプライドが高い緩マン女や、胸が大きいだけのバカ女と遊ぶことに無駄な時間やお金を使うよりも、マミコと確実に関係を持てる方がメリットが大きいはずだ。さらにマミコにはまだ男を喜ばせる奥の手もある。朽木エリカと同一人物である事を差し引いても『独占』するだけの価値がある。


 スケジュールがスカスカで暇な私は、クーラーが効いたコウジの部屋で昼間からじゃれ合っていた。2回目が終わり裸のままコウジの腕の中でおしゃべりしていた時、私のスマホに突然電話があった。鞄の中のスマホを取り出し、通話ボタンを押すとユリエさんからだった。

 「もしもし、エリカ?…今、大丈夫?」ユリエさんは興奮気味だ。

 「はい。大丈夫です。」彼とエッチ中でしたとは言えない。

 「ついにやったよ。「MOST」だよ、「MOST」が決まった。」

 「えっ、「MOST」?モデルとしてですか?」

 「そうよ。モデルとして起用されることが決まった。夢が叶ったのよ。」

 「やった!ありがとうございます。」

 「詳しい事は明日話す。明日空いているわよね?」

 「もちろんです。何時でも事務所に行きます。」

 電話を切った後、小さい胸を上下に揺らしながら飛び跳ねて喜ぶ私をコウジが抱きしめてくれる。

 「よかったな、エリカ。」

 「うん。頑張って良かった。…夢が叶った。」

 「おめでとう。」

 「ユリエさんやコウジが支えてくれたからだよ。本当に嬉しい。」

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