第37話 いいの?無理していない?

 翌朝早起きして6時には花柄フレアスリーブのブラウスにデニムパンツ、小さ目のリュックを背負い、歩きやすいランニングシューズで河童橋に立っていた。時々行違う登山者をやり過ごしながら河童橋を渡り、梓川右岸遊歩道を歩き、岳沢湿原を通り抜け、穂高神社奥宮と明神池まで撮影をしながら歩いた。帰りは梓川左岸側を上高地バスターミナルまで写真を撮られながら歩く。普通に歩けばバスターミナルから反時計回りに約2時間の距離だが、5時間かけて回った事になる。バスターミナルのインフォメーションセンターで薄いグレーのTシャツと白のフレアスカート、ベージュのサンダルに着替え、もう一度河童橋のたもとまで行き、梓川へ降りて写真を撮ってもらった。

 河童橋近くのホテルでランチを食べて、「皇帝ホテル」にバスで戻った頃には13時を過ぎていた。一旦、部屋でシャワーを浴びてお昼寝をして17時頃からサエさんが撮影用に抑えてあるベランダ付きツインルーム撮影である。私とユリエさんも、サエさんとアシスタントさんも普通のツインで泊る事を考えたら贅沢な使い方だ。外が明るい間はピンクのノースリーブトップスにレースの装飾があるネイビーのプリーツスカート姿で、ベランダや窓際を中心に室内のソファやベッドでも撮り、日が陰ってからも洗面所やバスタブも利用して、バスローブ姿やパジャマ姿のきわどい写真も撮ってもらった。「エリカ、いいの?無理していない?」とユリエさんは心配してくれたが、昨日のサエさんとの対話で吹っ切れた気がしていた。

 20時からはサイドリボンの黒い細身パンツに白のボウタイブラウスに着替えてレストラン「マレンゴ」で夕食。今晩は食事後、他のお客様がいなくなってから撮影もさせてもらった。撮影が終わって、シャワーを浴び直してベッドに入ったのは23時を過ぎていた。

 3日目は特集記事用の短い対談をした。記事になるのはオフィシャルに出せる内容だけで、お話しながらこれはOK、これはオフレコ、と内容をお互いにチェックし合った。この間もすこしだけオフショットを撮った。


 思ったよりもハードだった2泊3日の上高地撮影が終わって約1ヶ月後、サエさんの特集が組まれた「ポートレートジャーナル」が発売される。使う写真のいくつかは事前に見せてもらっていた。

 コバルトグリーンのワンピース姿で、ラウンジ入口の短い階段を手すりに左手を軽く添えながら降りている姿。暗い照明のせいか、暗めのグリーンに見えるがラウンジの赤系色と緑の対比で私の存在感が際立つ。黒いパンプスを履いた右足が下から2段目、左足は下から3段目にまだ残っていて、ゆっくり降りている様な動きがある構図だ。ほんの少し顎を上に上げて、澄まし顔で上から見下ろすような凛とした表情が大人っぽい。これが「ポートレートジャーナル」のサエさん特集号の表紙に使われ、後にこの写真が朽木エリカのもっとも有名な写真の1枚。ファンなら必ず知っている1枚となる事を私もサエさんもこの時は知らなかった。

 この他には、花柄フレアスリーブのブラウスにデニムパンツ姿で、歩きながら後ろを振り返っている。振り向きで黒髪がフワッと浮き、お得意の「何か言った?」って聞いているような表情だ。

 薄いグレーのTシャツと白のフレアスカート姿で梓川に入り、スカートの裾を濡らしながら、弾けるような笑顔で両手で「おいで、おいで」と手招きをしている。

 黒い細身パンツに白のボウタイブラウス姿で、レストランの食事をいただいている様子。上目遣いで口角を上げながらメインディッシュにフォークとナイフを入れている。

 ピンクのトップスにネイビーのプリーツスカート姿の室内では、夕日が射す窓際に立ち、右手でカーテンを軽く押さえながら遠い目で外を眺めているのを横から撮ってくれている。部屋の照明を消して窓からの採光だけで撮った印象的な写真だ。

 室内の洗面所ではバスローブ姿の私が濡れた髪をドライヤーで乾かすのを鏡越しに撮ってくれていたし、ホテル備え付けのパジャマ姿でベッドの上に肘枕をして寝転び、真っ直ぐこちらを見ているのを近距離で撮った写真もあった。


 発売後「ポートレートジャーナル」は異例の販売部数となった。専門誌というかカメラ好きのための雑誌で元々印刷部数が多くないのもあるが、「朽木エリカが脱いだ」というセンセーショナルな噂が広がると瞬く間に雑誌が本屋の本棚から消え、デジタル版の購入も止まらなかった。もちろん私は胸もお尻も見せていないが、ユリエさんが心配してくれたようなきわどい写真があるのも事実だ。一番話題になったのが、私が両腕をバスタブの淵に伸ばして寛ぐ様に浸かり、それをサエさんが斜め前から撮ってくれた写真だ。デコルテより上の胸だけしか写っていないが裸だった。ユニットバスだったから狭い上に、便器が邪魔でサエさんが悪戦苦闘しながら撮ってくれた一枚。

 この他にも、梓川でスカートの裾を濡らしながら肩幅に足を開いて立ち、眩しそうに左手で日差しを遮っている写真では、スカートが陽射しで透けて、下半身のシルエットが薄っすらと見えている。薄暗いラウンジのイスにスリットのワンピースで足を組んで座っていて、右足の膝下が露わになっているのがセクシーだ。

 私が陽射しの中キャップを被ったまま、ペットボトルのミネラルウォーターを勢いよく飲んでいる姿を首上だけのアップで撮った写真は健康的な女性に見えるし、ワザと髪をボサボサにしてベッドの上でペタンコ座りをしながら背筋を伸ばしている写真は寝起き姿のようで親近感がある。それぞれ刺さった写真は違うかもしれないが、カメラ好きのおじさん世代はもちろん若い世代の男女も喜んでくれたらしい。


 サエさんとの対談記事は、写真家とモデルの本音話で、これはこれで面白いと好評だった。「私が撮ったら売れるんじゃなくて、面白い子を撮っていたら、その子たちが勝手に売れてくれただけ」、「ギャラの多少よりもモデルの魅力の大小で仕事をしたい」、「朽木エリカには今回の撮影でただの美少女を卒業してもらった。今までとは違う、進化したエリカを見て欲しい。」等、写真家和気サエの本音や今回の特集の意気込みが書かれていた。私も「中学生の頃から姉のファッション誌を盗み見てモデルを目指すようになった。」、「モデルのサーシャ=シホさんが憧れの人。いつか共演できたら嬉しい。」「今回の撮影はとってもチャレンジングでした。」等、生意気ながら私の発言も対談の一部に載っている。

 自分の特集号の売上が大好評で、今も売れ続いている事に気をよくしたサエさんは「フレームズ」に感謝の電話を入れてくれて、応じたユリエさんも大喜びだった。サエさんの感謝は電話だけではなく、後に私の仕事という形にも繋がった。


 近江さんとの関係に終わりが見え始めた。私達の関係が悪化したからではない、「ゼタバースクラブ」のルールで、『独占』であっても3年以上は同じ人と関係を続けてはいけないことになっているからだ。

 近江さんはかなり寂しそうにしてくれていて、半袖の季節になってからは「リクエストのホテルやレストランはある?」と聞いてくれ、ベッドの上では「何かしてほしい事はある?」と聞いてくれる。私は「グランドハイマウントホテル」が特に好きで、何度か続けてリクエストをした。ベッドの上では、名残惜しそうに私の体中を舐めてくれる近江さんにゆっくりと股を開くと、私が何も言わなくても一生懸命クンニをしてくれる。私が後ろに手を点いて座って舐めてもらうことが多いが、寝転がる近江さんの顔に私が乗って舐めてもらったり、四つん這いの私を近江さんが後ろから舐めてくれたこともある。男性が女性器を舐めてくれるのがフィジカルに気持ち良いのはもちろんだが、メンタルにも気持ちいい事を教えてくれたのは近江さんだ。最初こそ汚くないのかな?臭くないかな?と心配や恥ずかしい気持ちがあったが、そんな股間を男がベッドに這いつくばって、自分から進んで舐めてくれるのが良い。知らず知らずのうちに薄ら笑いをしてしまうというものだ。近江さんとは最後までセックスでイクことができなかったが、クンニでは近江さんの顔に股間を押し付けるようにしてイってしまったのも2度3度ではない。何も知らなかった田舎娘を人並みに濡れる、イける女にしてもらった。普通の関係ではないが、私にとってもいい経験、いい思い出と言える。

 私もセックスの時には、膣トレの力を出し惜しみせず、近江さんのペニスを毎回締めあげ、気持ち良くイッてもらうようにした。近江さんの言葉によると、私は「忘れられない女」になったらしい。

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