第35話 夏はやっぱり仕事が無いね。
ユリエさんとの月一ミーティング。梅雨の小雨の中いつもの苦学生スタイルで「フレームズ」に着くと、マネージャーや職員だけではなくて、モデル志望や女優志望の所属タレントが思いがけずたくさん集まっていて驚いた。みんな小綺麗な格好をして事務所で一番大きな会議室の中や外の通路から会議室の中の女性を見ている。
「何があったんですか?」顔見知りの事務の女性に聞いてみる。
「カスミさんの写真集の撮影で、事務所内で打合せや他の女優とのオフショットとかを撮るんだって。」
「へえ~。私も見ていこうかな。」
「今は写真家の人がチェキの試し撮りしているみたいだから、もう少し時間がかかりそうだけど、ここでカスミさんの撮影って滅多に見られないから見学していくといいわ。」
「ありがとうございます。」お礼を言って、会議室を覗き込もうとするが、他のモデル志望や女優志望の女性たちの方が背が高い。背伸びしても会議室の中が良く見えなかった。ホノカもいるかな?と思ったが見当たらない。代わりに秀才社にバレンタイン営業に行った時の先輩達がいたのが分かった。
「あ!そこの帽子をかぶった子。」と会議室から声がかかり、周りが少しざわついた。たぶん私の事だ。他に帽子をかぶっている人はいない。
「そう。背伸びしていた帽子の子。君だよ。」私に視線が集まり、皆が少しずつすき間を開けてくれた。「なんであのチビが。」、「ダッサイ恰好のくせに出しゃばりやがって。」、「生意気よね。空気読んで遠慮しなさいよ。」と、先輩方の小声の悪意と舌打ちを浴びせられながらベージュのノースリーブにデニムパンツ、いつものリュックを背負い、ビニール傘を持ったまま会議室に入った。
「急に声をかけて悪いけど、チェキの試し撮りに付き合ってよ。」女性写真家が明るい口調で言う。
「はい。えっと、何かポーズの指定はありますか?」とりあえずリュックと傘を床に置いてキャップを脱ぎ、写真家の正面に立つ。
「いや、試し撮りだから適当でいいよ。」写真家さんはアシスタントからチェキを受け取りながら言った。
「分かりました。」小雨で窓から日の光は入っていない。部屋の照明だけだ。手櫛をしながら天井をチラっと確認して、照明の真下を避けて一歩後ろに下がる。特に合図も無さそうなので、こちらのタイミングで始めさせてもらおう。
クルリと反時計回り背中を向けて一周回って正面を向く、真剣な表情を作って右手は腰に左腕は自然に下ろす。一瞬止まって、右手は腰のまま左手で髪をゆっくり掻き揚げる。私がいくつかポーズを取っている間、写真家さんはフィルムが排出される時間をじれったい感じで待ちながら何度かシャッターを切っていく。私がまたクルリと背を向け、左肩越にはにかんだ笑顔のポーズをしている時に写真家さんは10枚撮り終わったのか、「カメラ。……早くかして。」とアシスタントから一眼レフをふんだくるように取り上げ、私を撮りだした。チェキの試し撮りって言っていたはずなのにいつ終わるのだろう。アシスタントさんもきっと慌てたはずだ。私がクルリクルリと回る度にポーズを変え、表情を変え、5~6回やったところでやっとストップがかかった。
「サンキュー。いい腕慣らしができたよ。」
「よかったです。私もカスミさんの撮影を見学しても良いですか?」
「ええ良いわよ。ところで君、名前は?」
「朽木エリカです。」
「ああ、あのCMの子か。映像とちょっと違う感じがするけど、面白いわね。もし良かったら日を改めて君の写真を撮らせてもらえないかな。」自然な感じでサラッと言われたが、また周りがざわつく。
「私ですか。」
「うん。」
「えっと、ユリエさん、じゃなかった、マネージャーに確認します。」
「ははは、そう。じゃあ私の名刺を渡しておくから、連絡ちょうだい。」名刺には和気サエとあった。
「エリカ、何やってるの?」ユリエさんの声だ。カスミさんと、今ではカスミさんの妹分を気取るホノカ、カスミさんのマネージャーとホノカのマネージャーとしてユリエさんがちょうど会議室に入って来た。
「こちらの和気さんと仰る写真家の方が私を撮ってくださると言ってくれたのですが、撮ってもらっても良いですか?」
「あ、当り前じゃない。和気サエさんだよ。普通、こちらからお願いして撮ってもらうんだから。」と慌てるユリエさん。ホノカも茫然としている。
「そうなんですか。」驚いて和気さんの方を見ると得意げに笑顔でVサインをしている。カスミさんを撮る写真家というところで本来気付くべきだったが和気さんはすごい写真家なのだ。「女性にしか撮れない女性像がある」と女優や女性モデルの写真を撮らせたら日本一と言わしめる方で、和気さんに撮ってもらったら、その子もその本も“売れる”というジンクスがあるくらいだ。芸能事務所やトップクラスの女優達が大金を積んで撮ってほしいとお願いしているらしい。だから先輩達も例え試し撮りででも撮ってもらえないかと小綺麗な格好をしていたのだ。
「和気さん、うちの若い子が失礼しました。是非、この子を撮ってあげてください。」ユリエさんが和久さんに謝る。
「マネージャーさんのOKが出たみたいだよ。朽木さんも良いかな?」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。」深く頭を下げて、改めてお願いをする。
「…さてと、じゃあカスミちゃん、撮影始めるよ~。」と笑顔の和気さん。カスミさんも「は~い。」とゆるい感じで答えてカメラの前に立つ。カスミさんが私の横を通り過ぎる時に小声で「良かったわね」と微笑みかけてくれた。私も「はい。」と答え、ずっと遠い存在だった大先輩と初めて言葉を交わした。
チェキでの撮影が始まる。撮った写真は写真集のインタビューページで使うらしい。もちろんメインの写真ページは別の場所で一眼レフにたくさん撮りためていて、全ての撮影が終わったら編集をするのだろう。
小浜カスミ。我ら「フレームズ」のトップ女優。雑誌やCMはもちろん、ドラマや映画にも出演し、主演もある。現代のギャル役から時代劇のお姫様役まで何でもこなし、愛嬌ある美貌と演技力で出演した全作品が“はまり役”と言われるほど評価が高い。大先輩なのに失礼だが、身長は私よりも低くて約160cm、胸も同じくらいでお世辞にも大きいとは言えない。それでも日本中の老若男女を引き付ける魅力がある。知らず知らずのうちにカスミさんを目で追い、その表情に引き込まれてしまうのだ。
立ってポーズを取ったり、椅子に座ったり、ポーズや場所を変えながら撮影が進む。スッと目を閉じるのがスイッチなのか、目を再び開けるとカスミさんに何かが降りてきたみたいに雰囲気がガラリと変わった。綺麗すぎてこちらから目を合わせるもおこがましい程の凛とした表情。目を閉じて次に目が開くと幼馴染の様な親しみやすさ。次々と変わって行く表情や所作に見惚れてしまう。カスミさんが打合せをしている場面ではホノカもちゃっかり加わって談笑している。だからホノカも綺麗な格好をしていたのだ。インタビューページの添え物みたいな写真だからか、所属事務所で言わばホームだからか、終始リラックスした雰囲気でテンポよく撮影が進み、1時間もしない内に終わってしまった。
撮影と片付けが終わり事務所の入口まで和気さんをお見送りする。ユリエさんに私も来るように言われて、後ろを付いて行った。
「今日はありがとうございました。」カスミさんとそのマネージャーが送り出す。
「私も楽しかったよ。編集して原稿ができたら連絡するね。」和気さんはご機嫌に車に乗り込む。
「あと朽木さん。今度、デートしようね。」そう言いながら和気さんが乗った車がゆっくり走り出した。
私が事務所へ来た当初の目的、月一ミーティング。ユリエさんとスカスカのスケジュール確認をして「エリカ、夏はやっぱり仕事が無いね。」と二人で苦笑いをする。動画やCMで知名度が上がっても、ユリエさんが営業を頑張ってくれても、4年目の夏だと言うのに“まだまだ”だと思い知らされる。唯一の希望はつい30分前の和気さんとの写真撮影の約束だ。どんな形で撮ってもらえるのだろう。
「いきなり私も1st写真集を出す、…とかにはならないですよね。」
「そんな訳ないでしょ。」ユリエさんが冷めた返事をする。
「和気さんの目に留まっただけでもラッキーだと思いなさい。ホノカなんて泣いていたんだから。」
「なんでホノカが?」
「カスミさんの妹分って周りから持ち上げられて、本人もその気になっていたから、次は自分が撮ってもらえると思っていたんじゃない?」
「そうなんですか…。私、ホノカに悪い事しちゃったのかな。」
「まあ、仕方ないよ。実力社会だし、運や環境も実力の内って言ったでしょ。それにエリカだって辛い環境の中で頑張ってきたじゃない。」
「はい。…でも、ホノカと顔を合わせるの、気まずいな。」
「「ホワイトフレーム」の方はあなた達の後輩もバイトに入っているし、ホノカのシフトは既に週一程度だから、気にしなくて良いわよ。」
「そうですか…。また一緒にタオルたたみながらお喋りしたかったな。」
「大袈裟ね。別にエリカが意地悪をしたんじゃないし、ホノカは「二度と会いたくない」なんて言ってなかったから、しばらくしたら仲直りできるわよ。それよりも、エリカは和気さんのチャンスを活かす。良いわね。」
「はい。」
レッスン帰りにコウジの部屋に寄った。チャイムを押すと「お疲れ様。」といって優しい笑顔で扉を開けてくれる。部屋に入り正面からコウジに抱き着く。
「今すぐ抱いて。」リュックだけ下ろしてコウジに囁く。
「……」コウジは理由を聞かずに軽く口を吸ってくれた後、私の手を振り払い、服を脱いでコンドームを装着した。ボーっと突っ立っている私をラグの上に寝かせて、デニムとショーツを引き摺り下げると右足をデニムとショーツから抜き、股を広げられる。
「ありがとう。」コウジのが入って来た時、素直にそう言った。デニムで股間は蒸れているだろうし、腰回りも汗でべたついているだろう。一日中履いていた踝までの靴下も履いたままだ。部屋の明かりを点けたままだから適当なメイクが崩れているのもバレているだろう。それでもコウジはくたびれた私を抱いて、私の中で果ててくれた。
「私、事務所の友達のチャンスを横取りしちゃったみたい。絶交されるかも。」自分の股間を拭き取りながら独り言のようにしゃべりだす。拭き取る時にオリモノが出ていたからコンドームにも付いていたかもしれない。それでもコウジは何も言わず淡々と後片づけをしている。
「何がどうなっているのかよく分からないけど、俺はエリカが好きだよ。」
「うん。ありがとう。コ…ウジ…、コウジだけは…私の味方でいてほしい。」ポロポロと涙が出てきた。ついさっきセックスをしたのだ、「俺もエリカが嫌い」など言うはずがない。私はズルい。
「分かってる。」コウジは下半身だけ裸の不格好で、トップスの背中が汗臭い私を抱き寄せて、ヨシヨシしてくれた。
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