第33話 エリカ、新しい仕事だよ。

 3年生の年末年始は実家に帰らなかった。理由は単純に帰りたくなかったからだ。お金も時間もかかるのに、帰っても私の成果を偶然と言い切って認めようとせず、「島に戻って働け」と言うだけだからだ。クリスマスまでバイトが忙しいのは例年通りだが、今年は秋以降たくさんお仕事をいただけて部屋の片づけや掃除ができていない。年末年始は大掃除の後、部屋でゴロゴロして過ごした。

 1月最初の土日が終わった後、近江さんへワンコール入れてみた。仕事やレッスンが本格的に始まる前に会っておこうと思ったからだ。ありがたいことに仕事のスケジュールが少しずつ入る様になり、近江さんとの時間が多少調整しにくくなったので、会える時に会っておいた方が経済的にも気持ち的にも楽だ。12月下旬に会ってから約3週間ぶりの再会になる。


 少し遡って12月に入ってすぐの頃、朝食を食べながらお話ししている時。

 「相手の素性を探るのはルール違反なんだけどさ。朽木…エリカさん、だよね?」

 「…はい。」これまで近江さんにはモデルを目指している事を話してきたから、私が朽木エリカである事を否定する方が不自然だ。

 「やっぱりか。すっぴんの顔が“泣いている子”に似ていると思ったんだ。…デビューできたんだね。おめでとう。」

 「ありがとうございます。実は前にも東通塾の車内広告とかにも出ていたんですけどね。」

 「らしいね。ネットで見たよ。すごいね。」

 「近江さんがこうして応援してくれているおかげです。」

 「そう言ってもらえると俺も嬉しいよ。『独占』のし甲斐もある。」

 このやり取りをきっかけに、お手当の額を一晩20万円に上げてくれて、パパ活時に一層周りの目に気を付けるようになり、待ち合わせや食事の方法を見直してくれた。

 待ち合わせは、近江さんが先にチェックインして先に客室に入り、私がホテルに到着したら1階エレベーターホールまで近江さんが降りて来てくれて、一緒に客室へ入るようにした。食事は、個室を予約するようにして先に近江さんが入り、時間を少しずらして私がレストランへ入るようにした。個室が取れない場合はルームサービスを取って客室で食事する。レストランで一緒に美味しい食事をするのも楽しいが、メインは客室での時間だからだ。とにかく、ホテルの共用部分でできるだけ一緒にいるところを見られないようにした。しかも、これらの工夫は私から言い出したことではなく、近江さんが気を遣って考えてくれたのがありがたい。


 1月「ルックミールトンホテル東京」の客室での夜。シャワーを浴びてお互いの年末年始のお話をした後、近江さんとのセックスが始まる。私が朽木エリカだと知った後も「マミコさん」と呼び、過剰な要求をすること無く、これまでと同じように接してくれる。部屋の明かりを点けたまま私のバスローブの腰ひもを解き、ゆっくりと開けながらキス。柔らかい手つきで胸の外周を指の腹で撫でたり、お臍の方へ手を伸ばしたりしながら、お口の方には近江さんの舌が入ってきてディープキスに繋がる。これまでの経験の中で私が気持ち良いこと、興奮することを探り、分析し、私を効率的にイカせるために計算した愛撫をしてくれるのだ。私が「もっと続けてください」、「さっきのをもう一度」と恥ずかしがりながらも近江さんに気持ち良いことをリクエストしてきた積み重ねで、私が撫でたり触ったりはソフトに、舐めるのは強めにされるのが好きで、ディープキスやクンニで興奮してしまうことも知ってくれている。

 「ねえ、近江さん。…今晩も舐めてください。」近江さんがディープをしながら愛撫してくれている合間に、鼻息を荒くしながら恥ずかしいセリフを吐く。

 「いいよ。」近江さんは躊躇なく私の股間に顔を埋め、舐め始めた。

 「はぁ、気持ちいい。」

 近江さんは私がイクまで無言で舐めたり吸ったりしてくれた。私はオナニーのやり方を教えてもらったが、自分では膣トレの前に濡らす程度しかしていない。自分ですることに心理的抵抗があるのと、自分でしなくても近江さんに指や舌でイカせてもらい、近江さんともコウジともセックスをするので、ムラムラする前に性欲が解消されるから必要性を感じないのだ。強いて言えば、近江さんのクンニが私にとってはオナニーみたいなものだ。気持ち良くてストレス発散になるし、股間を舐めさせるこの恥ずかしい行為は、私本人と絶対に秘密を守る近江さんしか知らない。

 「待って。」近江さんがコンドームに向かって伸ばす腕を握って止める。

 「どうしたのマミコさん?少し休みたい?」

 「えっと。…私、前回近江さんに会った後、3週間以上彼ともしていないんです。…つまり、その、…着けなくても大丈夫ですよ。たぶん。」

 「ははは、ありがとう。」

 「へへへ」顔を赤らめて恥ずかしそうに笑う。ちょっとした顧客サービスのつもりだったが、近江さんが思った以上の大喜びだったは正常位でイった後、穴から溢れ出てくる精液の量でも分かる。久しぶりに何枚もティッシュを使って股間を拭き取る面倒な作業をした。

 夜だけではなく翌朝も生のままセックスし、私が“締める”までもなく気持ちよさそうな表情で果てていた。私も「無しの方が気持ち良いなぁ」と久しぶりの感触を楽しんだのと、コウジの硬くて大きいペニスが生だとどんなに気持ちいいだろう?とも想像してしまった。そして、この日近江さんから頂いたお手当は5万円増額されていた。


 少し先の話になるが4月の「ゼタバースクラブ」会員更新時。近江さんは年会費とは別に私を独占する権利をクラブから買っているが、その価格が値上がりしたらしい。ミナさんからは「マミコさんはモデルのタマゴじゃなくて、れっきとした芸能人になったんだから、もっとお手当を貰ってもいいのよ。」と言われていたが、私から近江さんへ価格交渉をすることはしなかった。今のままでもありがたいし、増額を持ち掛けたがために『独占』を切られたのでは元も子もないからだ。しかし、そんな私の心配は杞憂だったようで、近江さんは12月に私の正体を知り、お手当を一晩20万円にしてくれた。そして独占権は、通常お手当の額の半額が相場らしい。近江さんから私へのお手当が20万円に上がったのと比例して、独占権価格は倍増したようだ。5万円×12月だったのが10万円×12月で、年間120万円を近江さんはクラブへ支払うことになる。しかし近江さんは何の不平も言うことなく、会員更新と私の独占継続をしてくれた。ミナさんの説明では、「マミコさんが全国レベルでの芸能人となったことで会員としての価値が上がり、その会員を独占するとなると相応の負担をしてもらう必要がある」、「クラブの大きな収入源だからマミコさんだけを特別扱いはできないわ。マミコさんはクラブにとっても私にとっても、大切な会員さんってこと」らしい。要するに、近江さんは私にとって資金源なだけではなく、クラブやコーディネーターであるミナさんにとっても金づるということだ。マミコは近江さんから金を引き出すことが出来る美味しい餌ということになる。


 思えばコウジは気の毒な存在だ。私にとって最初で唯一の彼氏であることに間違い無いが、マミコはパパ活で知り合った10歳以上年上の男で処女を喪失し、ピルで避妊してコウジとは一度もしたことがない生でのセックスを何度も経験しただけではなく、オナニーやディープキス、騎乗位等のやり方を仕込まれ、イクことも覚えた。コウジの前では経験が乏しく、何も知らないような顔をしているエリカだが、マミコとしてのパパ活は今も並行して続いていて、多額のお手当をいただいているだけではなく、クラブの売上を稼ぐ餌として囲われている。そして、私と近江さん、そしてクラブもコウジの存在を知っているが、コウジだけがマミコや、近江さんとクラブの存在を知らない不思議な三角関係なのだ。エリカとマミコが別の人間であれば何も問題ないが、両方とも私なのだ。

 マミコの存在については、不安な事もある。例えば大学卒業と同時に私がマミコという存在を止めたいと思った時、すんなり止められるのか?クラブでの活動の形跡を完全に消し去ることができるか?という事だ。卒業後、大学への学費が必要なくなったとしても、モデルとしての収入は知れているし、エステバイトだけでは生活の柱にならない。多かれ少なかれクラブを続ける必要があるのかもしれない。

 また、なお悪い事に、私は大学4年間の在学中、無事やり過ごすために目立たないようコッソリ生き延びれば良いわけではない。モデルをめざしていて、みんなに朽木エリカを知ってファンになってもらう必要がある。しかし、私に関心を持ってくれた人が増えれば増える程、その中の誰かが「何かおかしい」と違和感を持たれる危険性が付いて回るのだ。大学の学費やレッスンの費用、日々の生活費や彼氏とのデート代をエステのバイトと親の仕送りだけで賄えるというのは客観的に無理がある。夢のためにはマミコが必要だが、マミコは夢を台無しにする地雷でもある矛盾した存在になってしまった。ユリエさんから「エリカ、新しい仕事だよ。」と言ってもらえる度に光が射す方へ進む喜びがある一方でマミコの影が大きくなる。どこまで続くか分からない細い道を踏み外さないように進み続けるしかないが、今まで来た道を振り返るとマミコの足跡もしっかりと残っているのは言うまでもない。

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