第32話 エーリーカちゃーん。お待たせ。

 「一気に火をつける」の言葉どおりユリエさんによる怒涛の営業は続いている。年内ギリギリまでお仕事を取ってきてくれた。

 「エーリーカちゃーん。お待たせ。」事務所に呼び出されて何事かと思ったが、ユリエさんはご機嫌だ。

 「何なんですかそのキャラ、正直怖いです。」

 「ふふふ、そんな事を言っちゃっていいのかなぁ?」

 「お仕事ですか?」

 「そうよ。「MOST」…」

 「やった。」とカットインすると、ユリエさんに手で“ちょっと待った”をされた。

 「…の記事欄っていうのかしら、流行りの商品やスポットを紹介するやつ。」雑誌のライフスタイル記事の事だ。メイクのコツ、スキンケア、季節の体調管理等のコラムや特集記事で、実際に商品を使ってみたり、簡単なロケ的なことをして物やサービス、お店や活動を紹介する。

 「それでも嬉しいです。」

 「モデルの方でも押してみたけど、やっぱりまだ早かったみたい。全国レベルの実績はミュージックビデオだけだし、あれの一発屋で終わるかもしれないって思われているみたい。」

 「そうなんですね。」

 「エリカに出番が回ってくるのは不定期で、何のネタかも分からないけど、記事のところでだって実績を積めば、そのうちモデルとしても使ってもらえるかもしれないよ。1つ1つやってみましょ。」

 「はい。」

 実際にお仕事をいただけたのは1月中旬で、3月号への掲載になった。その後も時々、忘れた頃にくらいのペースでお話をいただいた。


 9月下旬頃の撮影が忙しくなってからはコウジと中々会えていない。できるだけ毎日メールや電話でコミュニケーションするようにしているが、撮影やレッスン、近江さんやバイトの予定が重ならない時にやっとコウジとの予定が入れられるのだ。彼氏よりもパパ活が優先なのか?と後ろめたい気持ちはあるが、近江さんと会わなければ今の生活を続けることが出来ない。これまでレッスンを続けてこれたのも、大学生でいられるのも近江さんのおかげだ。コウジに電話やメールだけで我慢をさせて悪いという気持ちはある。コウジも不満はあるかもしれないが、私を振らずに恋人のままでいてくれている。

 私の認知度が上がってからは「デートで目立つようなことはするな」とユリエさんから言われているが、普段の私の苦学生スタイルは出演したいかなるキャラクターとも違い過ぎるのだろう。一人で買い物をしている時も、デートをしている時も、今まで誰からも「朽木さんですか?」と声をかけられたことがない。それでも「用心せよ」とのことで、最近は伊達メガネやマスクをつけるプチ変装もするようにしている。パパ活の時よりも彼氏と街を歩き、レストランで食事するデートの方が後ろめたいことをしているような格好をすることになる。変装し始めてすぐの頃、苦学生スタイルにマスクを着けて待ち合わせに行くと、コウジに「どうしたんだよ、それ」と笑われた。


 12月最後のデート。去年と同様、コウジも私もクリスマスやイブに近づくほどバイトが休みにくい。結局、今年もクリスマスより1週間以上早い平日の夜に「ヴァンデミエール」のクリスマス特別メニューをコウジが予約してくれた。去年はコウジのお姉さんに偶然遭遇し、苦学生スタイルでも「可愛い彼女さん」と言ってもらったが、あれだけ綺麗な人からだと逆に嫌味にも聞こえた。今年はコウジに恥ずかしい思いをさせないため、私が気後れしないためにも着飾ろう。上から丈の長いダウンのコートを着れば、外ではただの学生に見えるだろう。「グランドプリンセスホテル品川」に着て行ったワンピースを引っ張り出し、デート用ショルダーバッグと合うようにコーディネートした。もう一つ準備した物がある。去年のクリスマスは、コウジにショルダーバックを貰った。後日、年が明けて落ち着いてから出丸百貨店に一緒に行き、お返しに革靴をプレゼントしたが、今年は今晩渡せるようにネクタイを準備しておいた。

 コートと荷物を預けて、ワンピース姿の私とスーツ姿のコウジが席に案内される。

 「今日、本気じゃん。」

 「うん。たまのレストランデートだからね。」ちょっと得意げに答える。

 「すっげー綺麗だよ。」

 「忙しくなって、中々会えなくなってゴメンね。」

 「いつもメールや電話くれているから大丈夫だよ。俺の方も年末年始バタバタだし。」

 「ありがとう。」

 「それにしてもすごい事になったな。俺も見たよ。」とミュージックビデオの話になる。

 「へへへ。コウジからしたらいつもの私が曲にのせて動画になっているだけで面白くなかったんじゃない?」

 「そんなことないよ。可愛かった。…あと、エリカを泣かしちゃダメだなって思った。」

 「ははは。何よそれぇ。」

 「エリカが泣いているのを見てすごく可哀想で、俺も胸がギュってなった。あの歌詞もズルいよな。完全に泣かせに来てるじゃん。」

 「まだ言えないけど、あれだけじゃなくて別のお仕事のも年が明けたら公開されるはずだから、楽しみにしててね。」

 「分かった。」

 「マネージャーさんがさ、「一気に火をつけるわよ」って言ってくれてるから、私も頑張らなきゃ。」伝わるはずがないユリエさんのモノマネを入れて言った。

 「嬉しい悲鳴じゃないか。」

 「コウジと芸能神社のおかげだよ、きっと。」その他、年末年始は帰省するかとか、1月は定期試験対策でまた大学に行かなきゃとか、就活準備の事とか、会話と食事が進む。

 「帆立貝とムール貝のブイヤベースソース…だっけ?とにかく美味しい。」

 「ははは、言えてないじゃん。」

 「長いし、言い慣れない言葉なんだから仕方ないでしょ。」

 「動画ではお肉を大口空けて食べていたのに。」

 「あれは、ああいう設定だったの。ディナーにステーキって分かりやすいでしょ。元気よく食べてって指示だったから、大きく切り取ったら口に入らなくてさ、3テイクくらいやり直したんだよ。」

 「モデルも大変だな。」


 今晩はお姉さんと出くわすことなく食事を終えて、去年と同じようにビジネスホテルへ場所を移した。

 「はい。これクリスマスプレゼント。」ツインの客室に入ってからコウジへ紙袋に入ったプレゼントを渡す。

 「ありがとう。何だろう?…ネクタイだ。」長くかさばる包装だったのでショルダーバッグの中に入るはずもなく、ずっと紙袋を持っていたからバレバレだったろうがコウジは喜んでくれた。早速、今着けているネクタイを外して、プレゼントしたネクタイを着けてくれた。我ながら良いセンスだ、カッコイイ。

 「似合ってるよ。」

 「ありがとう。大事に使うよ。…俺からも、これ…、プレゼント。」コウジがビジネスバックから小さい箱を出して、手渡された。ブランドロゴがある箱を開けるとネックレスが入っている。

 「ありがとう。でも、高かったんじゃない?」

 「安物というと語弊があるけど、学生がバイトして買えるくらいの物だよ。…いきなりアクセサリーをプレゼントして重かったかな?」

 「そんなこと無い。嬉しいよ。…着けて。」ネックレスを箱から取り出してコウジに渡し、髪を束ねて留め金をつけやすくした。コウジは私の後ろに回ってネックレスを着けてくれて、私が髪を下ろして客室入口近くにある姿見へ駆け足で行くと、コウジも付いて来て後ろに立った。

 「どうかな?」

 「綺麗だよ。今日のワンピースともよく合ってる。」確かにシンプルかつ上品なデザインで映える。

 「私も大事に使うよ。へへへ。」


 交代でシャワーを浴びて、窓側のベッドに二人とも上がる。

 「エリカ。良いんだよな。」

 「何が?」

 「あ、いや、その…今までどおりセックスして。」

 「私、コウジの事が好きだよ。」両手でコウジの頬をそっと包み、私から口づけをする。少しあざといかな?と思ったが、コウジはキスで答えてくれて、私を優しく押し倒してくれた。

 いきり立った男根が私を貫く。久しぶりのホテルで時間も声や物音も気にせずに集中できるし、映像作品のおかげでコウジが気後れするほど私の女性としての価値が上がり、コウジは大いに喜び興奮してくれているのだろう、いつもよりも大きくて硬い気がした。例によってコウジの1回目は早い。「ヤバイ、イク。」と呟いたと思ったら、私の中で脈打っていた。お互いに背を向けてティッシュで拭いながらの会話だ。

 「もっとエリカにも気持ち良くなってほしいのに、俺だけ先にイってゴメン。」

 「謝ること無いよ。私も気持ち良かったし。」

 「気付いていると思うけど、俺…、早いんだ。」

 「そうなの?…。私は経験が少ないんだから、言わなきゃ分からなかったのに。」初回から気付いていたがとぼけた。何より今更どうした?と思った。

 「あ、でも、女友達同士で「うちの彼氏は」的な話を聞いてガッカリされるより、今更でも自分から申告した方が良いかなって思って。」

 「ははは、そんな事クマちゃんとも、バイトの友達とも話さないよ。考えすぎだって。」自己申告で謝る事があるのは私の方だ、パパがいてごめんなさい。パパ活の日程を優先してごめんなさい。処女じゃなくてごめんなさい。今なら私の処女喪失をユリエさんがあんなに憐れんでくれたのかが分かる。コウジでもきっと優しく処女をもらってくれて、喜んでくれただろうと思う。お金には代えられない喜びや思い出になっただろう。彼氏の存在がこんなにも楽しくて、精神的な安定をもたらし、セックスで気持ちが満たされると知っていたら、私の1年生の時の判断は変わっていたかもしれない。

 「そっか。」

 「それにコウジはすぐ元気になるでしょ。」少し俯いて恥ずかしそうに言う。

 「うん。もう戻った。」

 「ほらぁ~。ははは。」コウジの方を向いてみると確かに勃起している。二人とも笑顔になって、ハグして、キスをしたらコウジが手を添えて寝かせてくれて、もう一度前面の胸を中心に舐めて気持ち良くしてくれた後、俯せにされて背中やうなじも丹念に舐めてくれた。舐めながら小ぶりな胸を揉んでくれるのもいつもどおりだ。コウジは放っておいたら覆いかぶさるようにして、いつまでも舐めてくれるので、気持ちよく満足したら私から合図を送る。

 「コウジ。」

 「うん、分かった。」もう回数を覚えていないくらいセックスをしてきたので、これだけでもコウジは分かってくれる。コンドームを装着してくれて2回戦が始まった。私は後ろから入れてもらうのが好きだ。京都旅行の時にコウジにも打ち明けたが、奥まで入っている感じが強くて興奮する。はっきりとは分からなかったが、イったかもしれない。セックスでは私史上初めてだ。


 3回のセックスの後にシャワーを浴び直して、セックスで使っていない方のベッドに二人で眠る。コウジは私が眠りに落ちるまで腕で包んでくれる。温かい体温を感じる。落ち着いた鼓動が聞こえる。彼と楽しい食事をして、プレゼントも貰って、気持ち良いセックスをして、心身ともに満たされて「幸せってこんな感じなんだ…」と思いながら眠りに就いた。

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